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日本社会党・護憲民主連合衆議院
総発言数
8,329 件
直近の所属会派
日本社会党・護憲民主連合
直近の役職
—
直近の発言日
1971/12/02

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 安全保障委員会68 件・68%
  • 逓信委員会31 件・31%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 8,329 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

8,329 件中 20 件を表示
日本社会党1971/12/02

第67回 参議院 内閣委員会 第3号

○上田哲君 調査をすることができますね。

日本社会党1971/12/02

第67回 参議院 内閣委員会 第3号

○上田哲君 法務大臣、お聞き取りのような事情であります。私は、先ほど冒頭に申し上げたように、日本国国籍を有する者の重大な人権の問題、いやしくも令状が殺人容疑ということになっている。しかも、全く殺人事件とは関係のないことは捜査当局も明らかにしている。そうしてフィルムの返還を求めるということの中で、これは容疑もあるんだということもれっきとした警備課長も言っているというような事態になりますと、これは乱用のそしりも免がれないと思います。もう一つ…

日本社会党1971/12/02

第67回 参議院 内閣委員会 第3号

○上田哲君 きょうは時間がないということで、非常に緊急な質問になりましたので、私もデータは持っておりますけれども、またそちらの調査ができていないということもあわせて、後日に譲ります。次回には、当然法務省設置法の問題が議題になりますから、ひとつ七日に予定されている委員会までにしっかりした御答弁をいただけるようにお願いをいたします。

日本社会党1971/11/08

第67回 参議院 予算委員会 第6号

○上田哲君 関連。 総理にお伺いをいたします。 ただいま国連の問題あるいはアメリカ上院の問題が焦点になっておりますが、政府の対外情勢の分析その他の把握については、たいへん私はあいまいな、正確でない点が多いように思います。その点について二、三お伺いいたしたいと思います。 私自身が、このたび国連のアルバニア決議案が議決される瞬間に、野党ではたった一人立ち会ってまいりました。その前後の事情をつぶさに目撃いたしますと、まことに日本外交というもの…

日本社会党1971/11/08

第67回 参議院 予算委員会 第6号

○上田哲君 ただいまの総理のお話は、現場で見ておりました、国連で見ておりました感じからすれば、はなはだしく実感に遠いものであります。失敗したというお話でありますから、そこのところを重ねてひとつお伺いしたいことは、いかにしても、共同提案国になることが一つのポリシーでありましょうけれども、そのポリシーを受けて、いかにも諸外国の評価で言えば、日本は戦後二十六年間最初の外交活動をやったのがこれだと言われておるのであります。いつでも引っ込み思案で…

日本社会党1971/11/08

第67回 参議院 予算委員会 第6号

○上田哲君 それはないんですか。

日本社会党1971/11/06

第67回 参議院 議院運営委員会 第7号

○上田哲君 決議案の発議者として発言をさしていただきたいと思います。 アメリカ時間の十月二十七日の午前十一時に、アメリカ国務省のスパイヤーズ政治軍事局長がアメリカ大使館の山崎参事官を招きまして、アムチトカ島の実験命令についての大統領令ですか、を通知をいたしました。その直後に私は国務省を訪れまして、日本社会党及び原水禁の署名をいたしましたニクソン大統領あての抗議文を手交いたしました。これは、二十七日までは大統領が実験を差し控えるということ…

日本社会党1971/11/06

第67回 参議院 議院運営委員会 第7号

○上田哲君 私は議事運営手続あるいは解釈論について知悉しておりませんからわかりません。わかりませんが、この発議者という立場と、たまたま現地に抗議文を持って行ったという実感から、一言ぜひ言わしていただきたいのでありますが、いまお二人からお話がありましたように、私は、この問題を日本国国会の、アメリカからいえばセネターズですね、この見識ある参議院が、一方から、この程度に争うべきところのないまるこい文案が出たにもかかわらず、これを否決し去ったと…

日本社会党1971/11/06

第67回 参議院 議院運営委員会 第7号

○上田哲君 藤田、山崎の両理事のロジックに最終的に一言だけ御警告を申し上げたいのは、いま問題となっているのは議事手続上の問題で内容的の問題ではないとおっしゃる。確かにそういう段取りだろうと思います。しかし、もしわれわれがそういうロジックに従って、いまこの議院運営委員会で本会議に上程することなくこの問題を葬り去ったということになれば、これは、日本国の参議院は、上院は、多くの国民の核実験反対の声を無視して、単なる手続論にかまけてこの内容を葬…

日本社会党1971/10/07

第66回 参議院 内閣委員会 閉会後第4号

○上田哲君 全日空機事故調査委員会の山県委員長以下におかれましては、長期にわたりまして現地でつぶさに実情あるいは事故原因究明に当たられておりまして、たいへん御苦労さまでございます。 そこで、まだ最終結論には至っていないと承っておりますが、今日までの段階において、ひとつ御質問を申し上げたいと思います。 最初に伺いたいのでありますが、事故調査委員会が事故発生以来航空自衛隊の松島基地や岩手県全日空等々関係機関におもむかれまして種々調査をされて…

日本社会党1971/10/07

第66回 参議院 内閣委員会 閉会後第4号

○上田哲君 それはたいへんけっこうであります。そこで、そうした各方面の協力を得られ、資料も十分にそろう中で究明が行なわれていると理解いたしますが、そこで、現在までどのような調査が進められ、どのような事態が明らかになったか、幾つかの点があろうかと思いますが、まず、墜落いたしました全日空機のフライトレコーダーの解析が終わっていると思うのです。その内容はいかがでございましょうか。

日本社会党1971/10/07

第66回 参議院 内閣委員会 閉会後第4号

○上田哲君 御報告のように高度二万八千フィートーそれで速度は大体マッハ〇・七九で松島NDBに向かって定常水平飛行をしていた。これについてはさらにこれから風向、風速等のさまざまな調査、あるいはそれに関連するいろいろなデータの処理はありましょうけれども、よろしいわけでございますね。

日本社会党1971/10/07

第66回 参議院 内閣委員会 閉会後第4号

○上田哲君 つまりたいへん正常に、定められたとおり飛んでいたということは、ここに簡単に言えば出てきたわけでありますけれども、次に、F86Fの側ですが、F86Fが当時どういう訓練飛行をしていたのか、そしてまたその航跡等はどうであったのか、今日までの状態を御説明いただきたいと思います。

日本社会党1971/10/07

第66回 参議院 内閣委員会 閉会後第4号

○上田哲君 たいへんよくわかりました。これから関係位置を模型でシルエットをつくり、写真判定などが専門的に行なわれると理解いたしておりますけれども、そういう細部を詰めていくという作業が残っているものの、衝突時一、二分というところのものはほぼ確認することができたというふうに理解をさせていただきます。 で、大まかにひとつ伺いますが、つまり衝突までの時点で言いますと、ボーイング727二百型五十八便は、計器飛行方式の承認を得て十三時三十三分東京国…

日本社会党1971/10/07

第66回 参議院 内閣委員会 閉会後第4号

○上田哲君 そこで、調査団等におかれては、現地において弾道計算などの計算方法を使って、飛散した両機の破片を拾い集めて復元作業をされた。承るところでは、左の第一エンジン、おもなものでいえばそれを除いてはほぼ復元が可能であった、こういうふうに承っておりますが、そのとおりでありましょうか。

日本社会党1971/10/07

第66回 参議院 内閣委員会 閉会後第4号

○上田哲君 非常によくわかります。もう少し詳しくまたお伺いをしたいのですが、概要を御説明いただいたところで、一つだけ委員長さんに伺っておきたいのは、たとえば四十一年のときの事故ですね、四つばかり大きいのがありました。そのうち二つは、いろいろ調査は進められたけれども、原因が十分究明できなかった。で、今度の事故は、このあと風速、風向というようなところなどなどの調査を積み重ねられていくと、秒単位の出入りがいろいろあることはあるでありましょうけ…

日本社会党1971/10/07

第66回 参議院 内閣委員会 閉会後第4号

○上田哲君 もう一ぺん簡単なことを先にお伺いしておきたいのですが、たいへん御苦労さまでありますけれども、そういうさまざまな検証が行なわれて、究明が行なわれて、この事故は原因不明になるというような事故ではないというふうに、もはや考えられる段階だろうと思っておるわけですが、その点はよろしゅうございましょうか。

日本社会党1971/10/07

第66回 参議院 内閣委員会 閉会後第4号

○上田哲君 それではもうちょっと詳しくお伺いをいたします。いまの御報告の中にはまだ触れられておりませんが、問題は全日空機側とF86F側のどことどこが触れたのかということであります。先ほどお話の中に、左の第一エンジンの部分、それ以外は復元ということばでも何だがというお話がありましたが、ほぼそういう形ができている。そこで、当初この事故が起きましたときには、二番機が、全日空機側の右側にいたとか、あるいは左側であったとかというような、いろいろ見…

日本社会党1971/10/07

第66回 参議院 内閣委員会 閉会後第4号

○上田哲君 非常によくわかりました。 太平洋側と言われたのはつまり左側ということであって、つまり両方とも全日空機の右前方にいたんじゃないかというようなことじゃなくて、市川機はいわゆる左側にいた、そしてはすかいに水平尾翼にぶつかり、86の腹が垂直尾翼にぶつかる、こういう経過をたどっていった、簡単に言えばそういうことですね。

日本社会党1971/10/07

第66回 参議院 内閣委員会 閉会後第4号

○上田哲君 F86Fの右内側、フラップが727の左水平尾翼と激突して、その激突部分が飛散をして、86Fの右の足の取りつけ部分の右の翼の構造が727の左水平尾翼の前縁——前げた、うしろげた、昇降舵等をだんだんに破壊していった。そして86Fの右主翼の翼の取りつけ部分が破壊されて、このあと86Fの機首の底部が727の垂直尾翼左側面に触れて、727の垂直尾翼の一部と86Fの機首底部が破壊されて、そこで両機が操縦不能となって落ちていった、こういう…