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自由民主党文部大臣参議院衆議院
総発言数
2,077 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
文部大臣
直近の発言日
1971/12/10

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文教委員会99 件・99%
  • 外務委員会1 件・1%

※ 全 2,077 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,077 件中 20 件を表示
自由民主党文部大臣1971/12/10

第67回 衆議院 決算委員会 第4号

○高見国務大臣 確かにお話しのとおりであります。私みずからこの目で確かめてみたいと思っておりますが、就任以来、臨時国会が二度もありまして、ほとんど寸暇もないような状態なのであります。しかし、いま吉田先生が御指摘になりました点は、私身をもって実行いたしたいということを申し上げておきます。

自由民主党文部大臣1971/12/10

第67回 衆議院 決算委員会 第4号

○高見国務大臣 全く御意見に同感であります。私は、教育というものは人と人との魂の交流から生まれるものだという理念を持っております。その意味におきましては、教師のいかんということが教育の成果を左右する。しかし、現在におきましても、教師みずからがみずからをいやしくしておるような、自分を労働者だというようなことを言っておりますけれども、子供のほうはどうかというと、おじいちゃん、そんなこと言ったって先生はこう教えたのだというので、先生のほうを尊…

自由民主党文部大臣1971/12/10

第67回 衆議院 決算委員会 第4号

○高見国務大臣 全く同感でございます。 —————————————

自由民主党文部大臣1971/12/09

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第11号

○高見国務大臣 日本の教育の中でとおっしゃいますけれども、沖繩の教育の中で、社会科の教育の課程の中に沖繩の現在置かれておる地位というものを、学習指導要領の中につけ加えておる。それだけが日本の内地の教育と違っておったところである。私は、そういう意味において沖繩の教職員の方々というものは、非常に何と申しまするか、日本人的な感覚の方々の集まりであったという感じを持っておるのであります。

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 お答え申し上げます。 沖繩の教育というものを考えてみまして、非常に尊敬をいたしておるところは……

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 心というのはどういう意味でございますか。

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 戦争中、島ぐるみのあれだけの戦いをいたしました。アメリカの戦史を見ましても、今度の戦争における沖繩戦というものが世界の戦史の中の最大の激戦であったということは、アメリカ自身が認めておるところであります。私は、沖繩県民が、県民あげてほんとうに国土の防衛に当たってくれた、このことこそ日本人の心であり、この事実が——戦後において、この沖繩県民の皆さんは異民族の支配下に置かれた。その異民族の支配下で二十数年を経られた沖繩の皆さん…

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 私は、沖繩の皆さん方がそういうお気持ちをお持ちになるのもやむを得ないほど悲惨な事態をこの四半世紀なめてこられた、戦中、戦後を通じまして沖繩の皆さん方が経てこられた気持ちの中には、そういう違和感があるのがあたりまえだ。これを私どもがあたたかくお迎えを申し上げ、何とかしてその違和感をなくすることに努力することが私どもの仕事である、かように考えております。

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 確かに歴史的な意味から申しますると、慶長の昔からのいろいろな行きがかりがあることは私も承知をいたしております。それなればこそ、今度お迎えする沖繩県民の方々に対して、私どもは、今度こそほんとうに日本人としての共通の利害関係に立つ状態をつくらなければならぬ、これが沖繩の教育に対する願いであります。

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 私は端的に申しまして——明治二十一年でございましたか、沖繩県が県として成立をいたしましたのは。それ以来の沖繩というものは、日本におけるれっきとした地方自治団体であった。この事実を無視して考えるわけにはまいらないと思うのであります。したがいまして、そういう違和感を一刻も早く解消することが、教育をあずかる私の仕事である、かように考えております。

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 お話しのとおり、沖繩の皆さん方が今日まで経てこられました苦労の中で、わずかに沖繩らしい生活をなすっておられたのは自治であるという御趣意には、私も異議はございません。ただ問題は、私どもは、今度はほんとうに沖繩を日本本上と同等の自治体として迎えたいというこの情熱に立っておるのでありまして、この点は御理解をいただきたいと思います。

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 沖繩の教職員の方々が、異民族支配下にあって非常に勇敢に戦ってこられた。たとえば教育法にいたしましても、教育法の中に日本国民のと、「日本国民として」の教育をするという一項目を入れておられます。これは相当の圧力があったことも伺っておるのであります。にもかかわらず、断固として日本国民としての教育をやるのだということをうたわれた。それから、いまお話のありました公選制の問題でありますけれども、この公選制も長い間かかって、異民族の任…

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 お説のとおりでございます。

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 理解いたします。

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 私はごくすなおに考えてみまして、沖繩の皆さんが異民族支配下にあって公選制を主張せられた、その勇気と努力には満腔の敬意を表するものであります。しかし、沖繩は今度は本土へ復帰するのであります。少なくとも教育という基本的な問題について、同じ教育制度のもとに同じ教育を受けるということこそ、本土復帰の一番大事な問題ではないかと思うのであります。これが異民族支配下にありますときには、公選制というものの意味があったのでありまするけれど…

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 私は、教育という国民共通の課題に対しては、少なくとも本土並みでなければならぬ、この観点に立っておるのであります。

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 私は、国民共通の基盤に立つ教育行政制度というものを本土並みにするということは、沖繩復帰の最も大きな要件でなければならない、かように考えておるのであります。なるほど、ほかのところで違うところがあるかもしれませんけれども、少なくとも国民共通の基本的な問題であるとしての教育制度というのは、ところによって違うというようなことがあってはならぬ、かように考えておるのであります。

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 義務教育の課程における私立というものは、きわめて限られたものであります。限られたものでありまするけれども、確かに制度の上ではお説のとおりであります。お説のとおりでありまするけれども、教育委員制度というものが日本でも、昭和三十一年に制度が改正されて任命制になりました。これは政党政派によりましてはいろいろ御反対もあったのでありまするが、現にこの制度が、すでに十三年定着をいたしておるのであります。これから考えてみまするというと…

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 教育の手段、方法につきましての研究、改善というものは、常時加えていかなければなりません。しかしながら、教育行政制度というものはおのずから別な問題であります。委員会の制度というのは、教育行政制度でございます。この辺は誤解のないようにお願いをいたします。

自由民主党文部大臣1971/12/04

第67回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号

○高見国務大臣 私は、教育の手段、教育の方法というものについては、不断の改善を加えていかなければならぬ。教育行政制度というものは、少なくとも地域が違うから異なった教育行政制度があるということは、望ましい姿ではないと思っております。