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日本社会党・護憲民主連合衆議院
総発言数
3,054 件
直近の所属会派
日本社会党・護憲民主連合
直近の役職
—
直近の発言日
1978/10/14

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 予算委員会54 件・54%
  • 外務委員会46 件・46%

※ 全 3,054 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,054 件中 20 件を表示
日本社会党1978/10/14

第85回 衆議院 外務委員会 第2号

○高沢委員 では次に進みたいと思います。 この条約が、日中間の戦後処理は日中共同声明で済んだ、こういうことで、その上に立って、しかもなおかつ今度の日中平和友好条約を結ぶということになったのは、そこにはやはり覇権反対という問題が非常に大きな目的であったということではないかと私は思うのであります。この平和友好条約がまんじゅうであるとすれば、覇権反対はそのあんこであるというふうな関係ではないかと思います。それほど重要な覇権反対なんでありますが…

日本社会党1978/10/14

第85回 衆議院 外務委員会 第2号

○高沢委員 そうすると、具体的なケースで、相手が中国でありますから、その中国との関係で言いますと、これももう何度も議論されたことですが、いわゆる安保の台湾条項の問題についてもう一度お尋ねしたいと思うのです。 この台湾条項は、あの台湾地域においてもし紛争が発生したときは、日本から米軍が台湾地域へ出動していくということなんでありますが、その出動していくときは米軍の戦いの相手はだれかと言えば、これは当然中国が相手だ。台湾が相手じゃないのですね…

日本社会党1978/10/14

第85回 衆議院 外務委員会 第2号

○高沢委員 それでは、今度はなかったというのは大臣のお話のとおりに受け取って、そういたしますと、共同声明を結ばれるときに田中総理が、中国側もそういうものはあってもいいと言っておる、こう言われるその中国側というのは、一体だれがそういうことを言われたのか。これは大変重要な問題ですから、ひとつ確認をしておきたいと思うのです。これをお聞きしたいと思います。

日本社会党1978/10/14

第85回 衆議院 外務委員会 第2号

○高沢委員 それではこの点は後へ保留いたしまして、最後に、今後の日ソ関係ということでお尋ねをしたいと思います。 いま、日ソというと、何といっても善隣協力条約という問題が問題になっています。それで、この関係でことしの二月の予算委員会において、わが党の岡田委員と外務大臣との質疑応答の中で、ソ連側から善隣友好条約の草案が渡されたけれども、これはもう検討する対象とか外交ルートにのるものじゃないのだ、こういうやりとりがあって、では、そういうものな…

日本社会党1978/10/14

第85回 衆議院 外務委員会 第2号

○高沢委員 私は前に外務委員会において、ソ連側が善隣友好条約の案を向こうでは発表した、そうすると、日本も平和条約の案を向こうへ渡してあるわけですから、こちらもこちらの案を発表したらいいじゃないかということをお聞きした。しかし、その際大臣は、それは発表する考えはない、こういうお答えであったわけですが、私はもう一度、発表したらいいじゃないか、こう思うわけです。 ただ、その内容として一つお聞きしたいことは、恐らく政府が主張されている四島返還と…

日本社会党1978/10/14

第85回 衆議院 外務委員会 第2号

○高沢委員 じゃ、もう時間が終わったと催促されていますから、もう一つやって、それで終わりたいと思います。 私は、日ソ間の善隣協力条約とそれから平和条約、これについては、私見でございますが、むしろ並行審議をやったらどうか、こう思うのであります。並行審議で交渉を進めて、妥結については、同時妥結ということもあろうし、あるいはまた、片方のめどがついたときには多少時間の前後があっても片方も妥結できるというようなこともあろうかと思うのですが、そうい…

日本社会党1978/10/14

第85回 衆議院 外務委員会 第2号

○高沢委員 それでは以上で私の質問を終わります。

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 私は、日本とベトナムとの間における経済協力、あるいは過去にさかのぼれば賠償ということにもなるのですが、そういう関係できょうはひとつお尋ねをいたしたいと思います。 最近、新聞の報道するところによりますと、この四月のうちに日本とベトナム社会主義共和国との間で交換公文の調印が行われる。その交換公文の内容は、ベトナム側は、日本が旧南ベトナム政権に与えた経済援助約百六十八億円を時間をかけて返済をする。それに対して今度は、日本はベトナム…

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 いま御説明の内容ですが、わが国から向こうに対する四十億円の援助、これはつまり五十三年度ということですか。あと五十四年度、五年度、六年度、そういう関係はどうなるのか、それをちょっと説明願います。

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 そうすると、将来のことは、そういうふうに合意ができた段階で、そのときどきでまた交換公文を結ぶということになるわけですか。

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 そこで、ベトナム側から日本に対して返済をするというのか支払いをするというのか、これの性格は、先ほどの説明で債権債務関係という言葉もちょっとありましたが、これは交換公文の中では、ベトナム側は日本に対して債務を返済するという文章になるのか、あるいは別な表現になるのか、その辺はどうなんですか。

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 その点はわかりました。そうすると、いまの無償のことし四十億円、あとまた将来それがつけばその都度交換公文で無償の協力をするということですが、ほかに有償の話はあるのですか。

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 ここで若干過去にさかのぼりまして、旧南ベトナムの政権に対して日本は賠償の支払いをやりました。三千九百万ドルですね、当時円の表示ですれば約百四十億円。この賠償の支払いと別に、日本から旧南ベトナムの政権に対して経済協力や援助というものがあったと思いますが、それは実態として、年次、金額というふうなものはどういうふうな実態になったか、ちょっと御説明願いたいと思います。

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 そうすると、今回の交換公文の百六十八億円を、その性格づけはたな上げにして、とにかくベトナムから日本に支払うというそれと、いま言われた過去の有償協力、つまり向こうに対れはなりませんいますぐにはドルの数字は出せませんので、御了承いただきたいと存じます。

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 いまの点は、私の考えるところでは、恐らくドルの表示では三千九百万ドルではないかと、こう思うのです。たしか当時の新聞の報道でも三千九百万ドルというふうな金額で出ていたと思いますが、そうであるといたしますと、この三千九百万ドルという金額は、ちょうど南ベトナム旧政権に対して賠償としても支払った、あれが三千九百万ドルであるわけですから、ドル表示ということで言えばそれとちょうど同じ金額ということになるはすですが、その点はそういうことじ…

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 いまの武藤さんの御説明では、これはベトナムの復興に対する援助として行ったということですが、しかし百三十五億円のベトナムに対する援助の、その間のベトナム民主共和国との交渉あるいは今度はベトナム社会主義共和国との交渉の過程で、相手側からは賠償という要求で出たんじゃないんですか。その経過をちょっと説明をお聞きしたいと思います。

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 私は先ほどドルの表示が三千九百万ドルではないかということを言ったわけですが、それが偶然の一致なのかどうかわかりませんが、南ベトナムに対する賠償の三千九百万ドル、それと今度は、ベトナム戦争の終わった後、ベトナム民主共和国あるいはベトナム社会主義共和国に対する援助協力がドルで換算すると、やはり同じ三千九百万ドル、この関係は、私の考えでは、これは実際上、南に対してかって三千九百万ドルの賠償を出したとすれば、今度はわれわれに対しても…

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 昭和三十三年の国会で、当時のいわゆる南ベトナム賠償ということはこの国会で審議されて、そして賠償の協定が成立をした、こういう経過があるわけですね。その当時の日本の国会の議論において、一体ベトナムに対する賠償というものは南ベトナムだけで済むのかどうかという議論がずいぶんありました。これについてはまた後ほど触れたいと思うのですが、同時に、当時ベトナム民主共和国、すでに北ベトナムというものができていたわけですから、そちらの側からすれ…

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 三宅さんがとにかくそういうふうに、直接ベトナム側と話をされた立場ですから、あなたのそういう説明は私はそれとして受けます。それに対してそうじやないだろうと、こう言う材料は私何も持っておりませんから。しかし、歴史的な経過からいって、先ほども言いましたように、これは南ベトナムに対して行われた三千九百万ドルの賠償に実際上見合うという内容を持って出てきた問題である、私はそう認識をするわけです。 そこで、この百三十五億円の支払いがそうい…

日本社会党1978/04/28

第84回 衆議院 外務委員会 第18号

○高沢委員 外務省の側からすれば、当然そういう説明になるだろうと思いますが、その当時、これを非常に類似の性格のものとして、たとえばラオスに対して経済協力、技術協力、こういう協定に基づく支払いの十億円、これは一九五九年から六五年までの間に支払いが行われております。それからカンボジアに対するものとしてもやはり経済、技術の協力、こういうことでございますが十五億円、これも五九年から六六年まで支払いが行われておりますが、こういうものはちゃんと国会…