青木盛久
会議録に記録された「青木盛久」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 100 件
- 直近の所属会派
- —
- 直近の役職
- 特命全権大使ペルー国駐箚
- 直近の発言日
- 1997/05/13
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 住宅・不動産1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 外務委員会98 件・98%
- 文教委員会1 件・1%
- 決算委員会1 件・1%
※ 全 100 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) 私が参りまして前回が実は三度目の国祭日のレセプションでございましたが、一回目のレセプションは着任直後ということもございまして前任者のリストを受け継ぎましたが、二回目から先ほど申しましたような日系人の皆さんを大量にふやしまして、従来千組程度であったものを千二百組というような規模に拡大した次第でございます。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) そのとおりでございます。まことに申しわけありませんでした。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) 西崎大使は、JICAの専門家暗殺事件が起こりました一九九一年、その起こりました直後に現地に赴かれまして、九二年の十二月には大使館の爆破事件といったものも経験しておられます。いわばペルーの治安情勢が最も悪かった時期に現地にいらっしゃったわけであります。それに対して、私が赴任した時点では、その後のさまざまな推移、特にセンデロ・ルミノソとMRTA、両方とも最高幹部が全員逮捕されたということもございまして、治安情勢は顕著…
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) 私の年賀状は実は週刊新潮の松田編集長あてのものを全部あれしたわけですが、私自身はあのような認識は持ちつつも、しかしそれが例えば大使館に対する直接のテロ攻撃に結びつくというふうなことは予想していなかったということでございます。まことに申しわけないと思っております。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) 難しいところとは思いますが、私はあれで十分だと思っていたわけでありまして、これは全く間違いであったということでございまして、まことに申しわけございませんでした。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) 私がいただいた訓令は、日時及び規模については事後に報告せよということでございました。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) これも最前御報告申しましたとおり、もしこれは危険というようなことでレセプションの中止、延期ないしは大幅な規模縮小を必要と考える場合には請訓せよという訓令でございましたが、私は請訓をいたしませんでした。これは私の判断でございました。申しわけございませんでした。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) あれは、両陛下のお写真と橋本総理の写真をテロリストたちが私どもに返してくれまして、保管していたのをあのときに公邸から持って出たわけでありますが、実はあれはフジモリ大統領が私にくれたのでございます、あの写真を。総理のお写真をフジモリ大統領が私に渡されたということでございます。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) そのとおりでございます。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) 私の前任者が帰国する時点ではあの家は空き家だったわけでございます。そこにドイツのNGOが入って事務所にしたということでございまして、私もその点については一応安心をしたわけでありますが、やはり夜間は無人になるということに思いをいたさなかったことはまことにうかつであったと深く反省している次第でございます。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) そのようなことではございませんで、つまり交通規制という中には当然車両の規制、車両のチェックも入るわけでございますが、私どもといたしましては、とにかく人の出入りが非常に多い機会でございますので、これの規制を中心にした警備を実施していくということでありました。また、最前もお答え申し上げましたとおり、ペルー側から警備の強化の申し入れがあり、それを私どもが拒否したということは一切ございません。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) まさに私としてはその点責任を痛感しているわけでございまして、進退をお伺いするだけでは不十分であろうということから、大臣に対しまして辞意を表明させていただいたということでございます。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) まず、テロリスト側が部分解放ということを実施していた間は、何とか日本人の皆さん、特に民間の皆さんを一人でも多く釈放してもらいたいと思っていろいろ努力をしてまいりました。しかし、彼らがもうこれ以上の部分解放をしないと言った瞬間から私としては、実は私も人質でございますので、動きがとれなくなりまして、交渉はできなくなったという状況がございます。そして、武力解放につきましては、それが起こるまで全く気がつかなかったというこ…
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) 私は実はそのようなことをやることが私の心身を疲労させるゆえんではないかという判断を持ちまして、とにかく黙って生きてくるということだけを考えておりました。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) 最初の時期でございますが、突入されてから彼らが部分解放を行うことしの正月初めまでの時期でございます。この時期は私はできるだけ多くの人質たちを解放してもらいたい、その中にあって日本人の皆さん、できるだけ多くの方を、できれば民間の方は全員解放してほしいという方向で努力してまいりましたことと、たまたま公邸でございますのでさまざまな備蓄の品がございます。こういったものも活用しながら人質の皆さんの生活環境をできるだけ改善し…
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) 私も人質でございまして、やっぱり人質としての私の最大の責務は元気で生きていること、そして人質の皆さんが元気で生きているということが政府の平和解決へのさまざまな努力の少なくとも邪魔にならないということで、私の今の気持ちではそれ以上のことは実は人質の立場からできることはなかったのではないかなと思っております。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) この点につきましては、現在この場で私が軽々に申し上げるより、やはり調査委員会の結論の中でしっかりとした判断を下していただくのが適当ではないかと存じます。申しわけございません。
第140回 参議院 外務委員会 第11号
○参考人(青木盛久君) 最前申し上げましたように、平和解決に向けての日本政府の御努力に対して人質全員が非常にうれしく、心強く思ってきたということはぜひこの際御報告させていただきたいと思います。 ただ、日本政府がどうすべきだこうすべきだということは現在この場で私が申し上げることは適当ではないと存じます。
第94回 衆議院 文教委員会 第3号
○青木説明員 本来、文部省の御所管の事項ではないかと思いますが、御質問がございましたので、お答えさせていただきます。 ユネスコの調べによります一九七七年の数字でございますが、米国、英国、西独、フランス及び日本が、その国内に受け入れております外国人留学生の数でございます。米国が約二十三万六千人でございます。それに続きましてフランスが十万四千人、英国が五万九千人、西独が五万四千人、日本につきましては、その当時一万五千人の外国人留学生がおられ…
第91回 衆議院 決算委員会 第16号
○青木説明員 お答えいたします。 ただいま文部大臣から申し上げたとおりでございます。