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自由民主党衆議院
総発言数
22,414
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
直近の発言日
1970/09/08

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会84 件・84%
  • 公職選挙法改正に関する調査特別委員会16 件・16%

※ 全 22,414 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

22,414 20 を表示
自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 生きておったということがわかれば、これはもう問題はありゃしないのですよ。私が言うのは、死んでおったとは認められない、確認されない、そうすれば、生きておったかもしれぬということになるでしょう。生きておったでしょうとは私は言うておらない。生きておったかもしれぬという結論にいかざるを得ぬじゃないか、こう言うのですよ。どうですか。

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 じゃ、死んだと言えますか。

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 だから、それを言うとるんですよ。死んだとは言われない。それで、生きておったかもしれぬ、当然じゃありませんか。言わぬでもわかっておることだと思うが、私はあなたに念を押したのですよ。

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 それは何べん言うても同じだ。生きておったということがわかっておれば、それはたいへんなことですよ。けれども、生きておったということは言い切れぬけれども死んでおったということも言い切れぬと、こう言うんでしょう。したがって、生きておったかもしれぬという疑いが残ると、こう言うのですよ。そんなことは言わぬでもわかっておることでしょう。あなたに死んだか生きたかを言えと言うんじゃない。そういう疑いが残るだろうということ、そんなことは言わぬ…

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 よくわからなかったが、どういうのですか。生きておるということがわかっておる場合にはやっちゃいかぬ、そんなことはあたりまえですよ。そういうことをやったら故意の殺人罪です。だけれども、死んだとはわからない。死んだとはわからぬとは、生きておったかもしれぬということですよ。そういうときに、医学上死んだと認めた以上はやってもいいんだ。これは犯罪になるか、起訴するかせぬかは、検察当局の訴訟上の問題ですから別の問題だ。私の言うのは人道上の…

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 法務当局は、これを法律的に見てどう思いますか。これは大臣がおられるといいのですが、大臣がまだ見えないから……。

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 医師道徳、それは医者に対して言うには、医者としての道義ということも言えるが、そういうことよりか人道上の問題です。人命尊重、人命尊重と言うておるときに、そういう場合にやってもいいのだという結論は私は出ぬと思うのだが、法務省ではその点はどうだと、こう聞いておるのですよ。これは明白に答えてください。

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 私ははなはだ遺憾だ。この間の不起訴決定については、公判の維持ができないと思うから起訴しない、結局証拠不十分ということに帰着する、こう言うておられる。これは訴訟上の問題です。私の言うのは、それを言うておるのじゃないのですよ。それはまた別に聞きます。医学上と言われるが、医者だけではありません。人道上、そういう場合には殺してもいいものだと思われてはたいへんだと思うから、訴訟上のテクニックは別として、あなた方のほうで、そういう場合は…

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 あとでそれはもっとはっきりしておかなければいかぬと思うが、その次は移植された人間です。 移植をするときにはその者から現在持っておる心臓を抜き取ります。そしてよそから持ってきた心臓を入れるのです。もちろん医者としてそれをやれば生きるという考えでやったのでしょうが、われわれはその点に疑問があるのだが、理屈よりかどうですか。世界じゅうをながめてみて、移植して生きた例は幾つもございますか、いかがです。理屈以上、実際論としてこれから聞…

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 この点に対して法務当局でも、この間の決定を見ますと、「宮崎信夫君がはたして心臓移植手術適応の患者であったかいなか疑問がないではない」こう言う。そして次に、当時は諸外国における心臓移植手術の成功が伝えられたときでもあったから云々とこう言っておられます。そうしてみると、これは間違いなくなおるという信念のもとにやったとは認めていないことですね、疑いはないでもない、こう言うのだから。間違いなくなおるものだという信念を持ってやったとは…

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 間違いなく生きるという確信のもとにやって、その上で死んだとすれば、これは責任はないかもしらぬが、道義上はおもしろくないことですな。いわんやこの場合には、法務当局として「適応の患者であったかいなか疑問がないではない」こう言う。そういう疑問があるのにあえて手術をした、そしてその結果死に至らしめた。こうなれば、そういうことはいいものだと言われますか、いかがです。さようなことがあってはたいへんだと私は思うが、あなた方はどうお思いにな…

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 私は先ほどから断わっているように、何もこの間の検察当局の決定に対して言うておるのじゃないのですよ。人道上の問題から言うておるのです。だから、なぜ起訴せなんだと私は言うておるのじゃありません。結論はそういうことになるかしらぬが、私の質問の趣旨はそういうのじゃありません。間違いないと思って手術した、それでも死んだ。そうすれば、責任はないかしらぬが、やはり医者としては申しわけなかったと言わなければならぬ。その点は間違いないでしょう…

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 では何べんでも言いますがね。起訴できるできぬという問題よりか、そういうことは好ましいものだと思いますか。それだけですよ。間違いないと思ってやっても、死んだらお気の毒だと思わなければならぬ。いわんや、どうもこんなことはいいか悪いかわからぬがなと思ってやった。その結果死んだ。これはどうもそういうことがあってはいかぬと私は思いますが、あなた方そう思わぬというのですか。それを私は聞いているのです。

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 その次に問題になるのは、抜き取られる者の近親者の同意を得ておるということです。これも何かこの中に載っておりますが、私は同意を得るということも、これは道義上はいいことかは知らぬが、同意を得たからといって、犯罪になるものは犯罪を阻却するものではないと思う。それから同意を得ておっても、いまはこういうことを聞かされるとまことにどうも残念でたまらぬと母親が言うておる。これらの点から考えて、同意を得たからいいんだという議論は成り立たぬと…

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 その点をはっきりしておいてもらいたいと思う。 その次には、これは日本であったかどうか知らぬが、新聞で見ると、どうも危篤になったというと危篤になった病人を追っかけて、心臓をくれ心臓をくれといって歩くのがある。そういうことが出ていました。そういうことになって、いまのような問題で死んだと断定のできない人間を殺してもいいんだということになったらこれはたいへんだと思いますから、この点を私はやかましく言うのです。これはこれでいいんだとい…

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 ぜひそうでなくちゃいかぬと思う。だれが見ても、どうもまだ生きたか死んだかわからぬときに、死んだものとしてやられてはいかぬということを前提で、その点をお認めの上でもっと研究するということは私はぜひ必要だと思う。 そこで、この前も申しましたが、医者が死んだと断定しても生きた例が幾つもあるのですよ。いわんや死んだとは断定できない、そういうときにいいということになったらたいへんだ、こういうことを申し上げておるのです。それじゃもう一ぺ…

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 どうもいかぬですね。あなたはどうも検察の弁明ばかりに一生懸命になっておるからこっちの質問の答えにならぬじゃありませんか。私はそんなことを言うておるんじゃないですよ。間違いない、死んだと言うてさえ生きる場合があるのだから、それならそのときに死んだというて心臓を取ったら、それは殺人ですよ。そういうことさえあるのだから、死んだと認められない限りはそういう者を殺す手術はやってはいかぬものだと思うがどうだ、これが第一です。 その次は、…

自由民主党1970/09/08

63衆議院 法務委員会 第30号

○鍛冶委員 きょうは両大臣がおられないからはなはだ遺憾ですが、この次に大臣がおられるときにこの結論だけを聞くことにするから、きょうの質問をひとつ大臣に報告して、当局としての責任ある御返答をもらうことにして私はこれで質問をやめます。 もう一ぺん繰り返して言いますが、死んだと決定してさえ生きることがあるんですよ。いわんや、死んだと認められぬときには死んだものとしてやるわけにいかぬ。死んだとしてやれないならば殺す手術はしていかぬ、こういうこと…

自由民主党1970/09/07

63衆議院 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第8号

○鍛冶委員 結局お三人に問うことになりますが、安藤さんが先におっしゃったから、順序ですからまず安藤さんにお聞きしたい。 選挙のビラの弊害、それからシンボルマークの弊害、これを廃止するという御議論が出ました。ところが、これはどうしてこういうものが出たかと申しますると、われわれ実際ここで議論したところから思い出してみますると、われわれとしては、いま土屋さんがおっしゃったように、選挙にはどうも実にむだな金がかかる、何とかして金のかからぬことに…

自由民主党1970/09/07

63衆議院 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第8号

○鍛冶委員 たいていわかりましたが、私のもう一つ聞く根本論として、個人の選挙はおっしゃったとおりなんです。これはいかぬから、しかたないやめろということ、そこで政党にしたわけなんですが、政党にしたら、いま政党で許した中で、ここでいう選挙のビラを、シンボルマークなんというものを無数にやって弊が出る。シンボルマークやビラを制限するということは、それはそれとして、個人の選挙を制限するかわりに政党の選挙ならばある程度自由にしてもいいじゃないかとい…