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日本社会党参議院
総発言数
682
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1973/07/03

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文教委員会84 件・84%
  • 沖縄及び北方問題に関する特別委員会16 件・16%

※ 全 682 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

682 20 を表示
日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 それは戦前の教育を民主化するためにつくられたんでしょうが、当時はアメリカの意見が多分に含まれているわけでしょう。その当時のアメリカの意見をお伺いします。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 アメリカ教育使節団は幾度ぐらい来ているんですか。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 第一次の報告書は、大体アメリカ側の簡単に一番いいところでいいですから、どういうようなことを言っているんですか。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 この第一次アメリカ教育使節団の報告書の中に、いまの言い方ではちょっと民主主義の概略にもならないんですけれど、当時アメリカ使節団はこういうことを言っているんです。「デモクラシーの生活のため、組織は個人の価値と尊厳との承認を基礎とする。人間のうちには自由へ向う、また、個人的及び社会的成長へ向う測り知れない可能性が存在している。窒息させるような諸条件を除去することは、人間のエネルギーを解放する。子供のもつ測り知れない資質は、自…

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 補足された部分を、おっしゃってくださいませんか。ただ、「補足」と言うことばだけじゃわからないので。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 第二次のときに状況が変わってきたと。だから、基本的には私が最初に読みましたアメリカ教育使節団の言っていることは、第一次と変わらないのだというわけでございますか。第二次の内容がわからないんですね。日本の状況が変わってきた。第二次のときにはアメリカの教育使節団が来て、最初のときとあまり変わらないと言うけれど、その辺のことがわかりにくい。第二次に来たということは、どういうことを教育問題で言っていたのか。いまの御説明ではまるでわ…

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 私は子供たちに大事なことだものですから、聞くのですが、補足したというのは何が補足されたかわからない。私は内容を聞きたい。「補足」とか、そういうことばの内容を知りたい。何を補足したのか、それをちょっとおっしゃっていただけませんでしょうか。私も、その点について勉強したいと思いますので、その第二次の補足、アメリカの使節団の、報告書の内容が知りたいのです。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 それではあとでそれも刷って皆さんに渡していただきたいと思います。 いま手元にないとおっしゃったので。教育使節団が戦争のああいう時期にただぶらぶらと来ないと思うものですから、やっぱり知っておくことが日本人として大切なことだと、私は思いますので。いま第二次が昭和二十四、五年とおっしゃいましたね。それ見せていただくとたぶんわかると思うんですけれども、どうぞ勉強さしてください。 私の知った限りなんですが、ちょっと局長さん聞いてい…

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 このアメリカの第一次に来た教育使節団の先ほど読み上げた内容がすばらしいから私は御質問申し上げているんです。そうすると、昭和二十八年、MSA相互安全保障条約の中の教育と宣伝により、これは平和憲法の九条を変えるようにというような注文があったらしいのですが、昭和二十八年の段階においては、戦争の体験者がいるうちはだめじゃないかという意見を池田さんは言っているようでございますね。その時期以後はどうしたらいいかということの中で、教育…

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 中央教育審議会ができてから、文部大臣は何人おかわりになっているのですか。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 十八人ですか。それでは奥野大臣は十八人目ですね。文部大臣の教育政策決定のための諮問機関というのはいまでもあるのですか。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 これが骨子になっているのですね。大臣は十八人おかわりになってもその骨子の中で問題をお出しになっているわけでございますね、文部大臣。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 昭和二十七年の六月に発足したのが骨子になっているとはいえ、流動しているわけでございますか、内容については。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 諮問機関の中の教育制度、学術、文化、それらに関する基本的施策について調査し、審議すると、こうなってるわけですね。またばく然と文化といってもいろいろあるし、学術ということも私はお伺いしたいし、教育制度——昭和二十七年六月にその制度について、基本的施策について調査し、審議するという、このことが今日この法案の問題として出てきてるんですね。局長さん。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 それでは、たいへん長くかかってつくり出した重要な教育問題をこの文教委員会でもほんとうに審議が短時間で法律化しちゃうんですね。ちょっとその点について、局長さん。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 長い間大学の先生その他を集めて十年以上もかけたことを審議するのにたった三カ月だけですか、十年かかったものを衆議院、そして参議院で三カ月足らずで法律化しちゃうというのは、たいへん日本のために、子供のために——子供は日本の未来なんだから、私はそういうことは十分審議をやっていただきたいと思うんです。大臣、その点について。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 私はことばであげ足をとるような感じしますけど、ことばってのは内容を持ってるわけですから……。戦後の、開放性。大学で専門教育を受けて教師になるという、開放性がございましたのに、今度昭和四十四年の四月に文部大臣に提出した答申書では、まるで開放性とは違う問題が出て来ました。中央教育審議会で「開かれた大学」ということばがいろんな雑誌に出ていたのを私、記録しといたんですが。それには、大学の閉鎖性や独善を改め、社会の要請に即応でき、…

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 じゃこれ、単に宣伝ですか。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 どうして昭和四十四年にそういう方向をとり出したのですか。

日本社会党1973/07/03

71参議院 文教委員会 第16号

○鈴木美枝子君 大学生のああいう行為に対してですか、学生運動の行為に対してですか、昭和四十四年に「開かれた大学」と言い出したのは。