鈴木美枝子
会議録に記録された「鈴木美枝子」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 682 件
- 直近の所属会派
- 日本社会党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1973/09/11
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 文教委員会84 件・84%
- 沖縄及び北方問題に関する特別委員会16 件・16%
※ 全 682 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 そうなりますと、いまの寿原教授の問題は昭和四十四年でございますけれども、その前に申しました教官選考基準についての申し合わせ、評議会がつくることができたのは昭和四十五年という、そのあくる年になるわけでございます。それに対して裁判官はこう言っています。「そうしますと、移転に伴う新設というような形で、まあいってみれば、学長のやり方に賛成しない者をパージするといいますか、排除するというようなことが具体的に行なわれたことがあるとい…
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 そうすると、学長の権限ということが問題になってまいりますね。筑波大学の学長の権限というのも同じ質を持つんですね。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 学長の権限は、多数決の問題ではないのですね。それでは文学部の反対するところの教授方が、自分たちはこうしたいという、先ほど申し上げました大塚の地区に現状のままこうしたいという問題は、文部大臣、残しておいていただけますね。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 村山文部次官——「前」と書いてあるんですけど、村山さんはいつごろ、文部次官をなさった方でございましょうか。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 村山文部次官当時、こうおっしゃってるんですけどね。東京教育大学は「素材」なのである、この「素材」を料理する主体は文部省なのである、このことの最もはっきりした証拠は、教育大の内部で文部省に忠実な学長、理学部長が、学内の移転賛成派の中においてさえ孤立し、ついに去る二月二十三日不信任案を突きつけられた。村山文部次官は、東教大学の昭和三十七年から行なわれた初期の移転問題は、いまの時点については「素材」に変革させられたんでしょうか…
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 言われるまでもなく、審議をいま行なっているんでございますけど。 で、私は、教育大学の先生方が大塚の地区にこういう大学をつくりたいんだということは、審議できないのですか。審議の可能性を持てるんじゃないんでしょうか。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 文学部提案につけ加えて言えば夜間大学を持ちたい、国立大学の中に夜間の大学はいままでにないのだということまで練って考えていらっしゃるのです。木田さんがおっしゃるように、単に反対のための反対じゃないんです。「大学改革についての話し合いをしたい」。ですから文部省は話し合いをしてもらいたい。法案を通すことによって東京教育大学をなくすのじゃなくて、筑波大学に移転を希望していない教授たちと文部大臣は話し合いをするとお答えください。審…
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 ほんとうは「東京教育大学をつぶしたいのですね」と、はっきり聞きたいところです。やはり話し合いを進めて、反対のための反対でなく。先日私は、東京教育大学のある現場へ見学に行きました。たいへんすばらしい、きれいな大学です。どうして廃校にしたいのですか、大臣に伺いたいです。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 御審議の結果でということで、話し合いを残していただけますね、大臣の答弁を私はそう受けとめましたから。結果的には「素材」という形にさせられ、東京教育大学では、たいへん苦しいプロセスを十年たどってきているということをはっきり申し上げます。 今までにも何度かお願いしていることですが、話しあいの場を必ずつくってください。そして、現在ある大塚の地の東京教育大学を大学として残すことを約束していただきたい。さきほど大臣は国会で御審議を…
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 在学生も、朝日新聞の四十八年の六月十五日にやはり「声」欄で言っておりますように「東京教育大学に入学して二カ月目だが、わが大学の矛盾を感じている。筑波移転問題については率直な賛成を述べたいけれど、これは学長によって宣言されたもので、大学の主体である学生には何ら承認を得ずに、一方的にされたという。そしていま、学生の大部分と教授の約六割が反対しているにもかかわらず、何ら反応を示さない学長に不審の念を感じざるを得ない。大学とは一…
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 まだ審議が続行中ですから。東京教育大学がなくなるという。そのなくなるという一方的な「ことば」を承服することはできません。 木田さんが「大学改革への道」、この本をお出しになりましたね。昭和四十七年二月出していらっしゃる。その中で大学改革の道ですから、これは全大学ですか、日本じゅうの全大学の道なんですか。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 そして、この一ページに書かれたことが、その道でございますか。書かれた内容についてのお考え、そして、日本の全大学の改革の道について御説明ください。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 私は、全大学をと、こう申し上げましたのは、全大学が過去の大学というふうなことになるのですか。ですから新しい大学ができるのですか。その新しい大学についてのたたき台は一体何だったんでしょうか。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 話を戻してすみませんけれども、個々の大学の特徴を生かしてというならば、最も特徴的な提案をした東京教育大学の文学部長の提案したことも、「育てる」という木田局長の意見と一致しますね。いままでの大学が古いと言ってみたり、新しい、提案を出すと、取り合わないような御意見を出すし、やはり東京教育大学の移転ではなく、教育大学をつぶすことになるのですね。全大学に及ぼす影響は筑波大学の法案にあるんでしょう。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 新しい大学をつくろうとした考え方の中に、その意図の中にとは言いませんが、考え方の中に、経済の問題があるんだと私は思います。経済の問題について、経済協力開発機構という世界的な動きが出てきています。日本の代表として参加なさいました天城理事長さんにお答えを願いたいと思います。私は、筑波大学のたたき台として受けとめましたので、ちょっとお答え願いたいと思います。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 いま、木田局長が新しい大学、多様化、大衆化、このことばだけではちょっとわかりにくいものでございますから、私は、そういう新しい大学という中に現在の経済の状況が裏側にすごくあるんじゃないかと思っているわけでございます。そして、そこでいつも世界に対応していくということばを年じゅう聞いておりましたので。世界に対応する中でということになりますと、この経済協力開発機構が問題に出てくるわけです。日本側の代表として参加なさいました天城さ…
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 経済協力開発機構教育政策調査団、いつも木田局長がおっしゃいます世界の経済的動きの中で、たたき台ということばがないにしましても、大きな参考資料、骨子になっているという点は言えるんじゃないか。木田さんの御発言を通してみますと。そしてその中での教育政策調査団ということになっておりまして、お二人の先生が参加している。 ちょっとこまかく伺わさしていただきます。経済協力開発機構ができましたのは何年ぐらいでございますか。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 ここに調べましたのによりますと一九六一年発足となっておりますから、やや六〇年代とおっしゃいましたのは近いんじゃないか。そしてまた日本が加盟したのは、何年ぐらいでございますか。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 そのときは、真剣なる討論がされたと思うのです。けれども、いま年数がはっきりしないというのは、年数のことでございますので了承するとしましても、そのメンバーはどういう国でございましたか。
第71回 参議院 文教委員会 第26号
○鈴木美枝子君 天城先生は、いま文部省は関与しないというふうにおっしゃいましても、一九六四年に正式に加盟したという当時、日本代表者としてそこに参加したという、当時の天城先生は文部次官でいらっしゃいますから、ですから文部省が関与しないでも、文部次官として関与されたことは文部省が関与したのだと、そしてまた西田さんは、日本代表団として加盟をなさったときには、当時は文部省の文部官房審議官でいらっしゃいましたのですから、お二人の参加は文部省が参加…