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公明党・国民会議衆議院
総発言数
7,255
直近の所属会派
公明党・国民会議
直近の役職
直近の発言日
1976/06/23

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 内閣委員会70 件・70%
  • 建設委員会17 件・17%
  • 予算委員会第一分科会13 件・13%

※ 全 7,255 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

7,255 20 を表示
公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 いついつですか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 先週だけと言うんですが 先週一週間の間に三回も呼ばれたのですか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 これはあなたの方がずっと専門的なんですよ、実はいま申し上げたのは。私がいま申し上げましたいわゆる大臣通達で、そしていまの五十八便をこなしますと、十三機で済むんですよ。十三機で済んで、さらに一機ぐらいは予備とかそういうようになると、十四機で済むんですよ。ちょっと二十一機じゃ多いんじゃないですか。これはどうして認可を与えましたか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 そうでしょう、多いでしょう。これは私は専門家に聞いているんですよ。ですから、少なくとも七機から八機多いんじゃないですか、どうですか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 それじゃ、その発注の許可を与えた根拠は何ですか。 〔大橋(武)委員長代理退席、委員長着席〕

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 要するに、全日空はボーイング727−200ですね、これが昭和四十五年が五機それから昭和四十六年が十二機、昭和四十七年が二十機あったわけです。これは全日空の資料から私いま見ましたんですよね。そうなりますと、トライスター八機の——大変に多いとお認めになりましたけれども、どうしてこういう言うならば効率が非常に下がってしまう、そういうものに対して御認可を与えたのでしょうか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 この問題については、一応あなたが、ちょっと多かった、トライスターは確かに多かったということをお認めになったわけですから、それ以上こちらの方で細かく聞くことはちょっとあれしましょう。 昨日、全日空の三人が逮捕されましたね。このときの金の受領は、八機分余分なトライスター購入に対しての金でありますけれども、当時運輸省は、全日空に八機分余分に購入許可を出したというのは、国際線チャーター便としてトライスターを内々に認めていたのではない…

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 昨日全日空の三人が逮捕されましたね。これは御存じのとおりです。このときの金の受領は八機分の余分なトライスター購入に対しての金であるというように新聞報道で言われております。当時、運輸省は全日空に八機分余分に購入許可を出したというのは、いわゆる国際線のチャーター便としてトライスターに内々それを認めるということの話し合いがあったんじゃないかということなんです。だから、それは八機多くやったということじゃないでしょうか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 やはり現実な問題を聞きませんとちょっとわからないのですけれども、あなた地検に呼ばれてトライスター購入について聞かれましたか。これは記憶あるでしょう。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 いま私はこのトライスターの問題を聞いているわけですから、だからトライスターの購入について検察官から聞かれたのか、それだけしか聞かないのですから。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 それから、機材購入の承認を与えるのは、運輸省のどこの場所で、だれの決裁によってなされましょうか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 じゃ、監督課長が承認を与えれば、あとは上へ上がっての承認は必要ないのですか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 四十七年の七月一日の丹羽運輸大臣の通達決定の経緯についてお聞きをしたいのですけれども、これはわりあいと頭に入っておられると思いますね。だれが文章を起草されましたか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 具体的には監督課の監督課長ですか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 最終立案の作成段階ではあなたは参加されておったのでしょうか。ほかに参加されておった方はどういう方です。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 この内容は省議あるいは局議にかけられたのでしょうか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 通常は下から積み上げて大臣の決裁を受けるという形が多いわけでしょうけれども、この場合、政務次官から持ち出されたものであるというふうに言われているわけですが、航空局の第一線の事務官との詰めはなされたのでしょうか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 当時丹羽運輸大臣は病気だったと思いますけれども、どういう形で、だれがその通達について大臣の決裁を得られたのでしょうか。決裁を得られないで、もう政務次官だけの判断で……。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 エアバス導入は四十九年以降とすると、明文化されたのはたしか昭和四十七年七月一日の通達が初めてだと私は思うのですけれども、NHKの報道になるのですけれども、私ちょうど聞いておりましたけれども、佐藤さんは、私が政務次官になる前にすでにもう四十九年ということは決まっておったのだ、こういう発言をされたということを私ニュースで聞いたのですけれども、四十九年以降と決まったのはいつなんでしょうか。

公明党1976/06/23

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号

○鈴切委員 そうじゃなしに、七月一日の通達が出されたときに佐藤さんが、私が政務次官になる前にすでに四十九年度の導入ということはもう決まっておったのだ、私はその決まっているのに従ってやっただけのことなんだというような趣旨のあれなんですね。そうしますと、七月一日にすでにあれは通達をして明文化されたものですけれども、佐藤さんは、第三次佐藤改造内閣、丹羽喬四郎さんが昭和四十六年七月五日、それからちょっと後で政務次官になられたと思うのですけれども…