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自由民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣参議院衆議院
総発言数
4,540 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
内閣総理大臣臨時代理・外務大臣
直近の発言日
1955/03/29

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 外務委員会86 件・86%
  • 予算委員会13 件・13%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 4,540 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

4,540 件中 20 件を表示
日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/29

第22回 参議院 予算委員会 第3号

○国務大臣(重光葵君) いや、そのドイツ並みで一つやろう。しかし日本としては、実を言えばもう少し有利な条件で一つやりたい、こういう方針でもって交渉を進めておるのです。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/29

第22回 参議院 予算委員会 第3号

○国務大臣(重光葵君) 三分の二ですよ、全体の。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/29

第22回 参議院 予算委員会 第3号

○国務大臣(重光葵君) 金額はどうなるか、今私ははっきり申し上げられません。しかしこういうことは、三分の二放棄しておるということははっきりしております。それがあるいはそういう額になるのでございましょう。残りの三分の一を、利率二分五厘で、二・五彩で五年間据え置き、その後三十年間に元利を支払うというようなことが、ドイツとアメリカとの関係でございます。この大体のなにで一ついこうじゃないかというのが、アメリカ側の考え方のようでございます。その条…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 当委員会における野党各派の御協力は、政府側としても非常に多としておるところでございます。これはぜひ熱心に一つ暫定予算を討議して、なるべく早く御承認を得たい、こう考えております。昨日の政府並びに与党幹部の会合におきましても、私は終始出席をいたしておりました。これは議会の運営について、また予算をめぐっていろいろな意見の交換をいたしました。雑談もいたしました。しかし何らの決定をいたしたことはございません。新聞にいろいろあるよう…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 私もその席におりましたが、その問題については何も話し合いはございませんでしたことを申し上げます。またほかの政府当局も同様なことを申しております。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 その問題につきましては、従来の考え方、方針を少しも変えておりませんことを申し上げておきます。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 この問題については、過日総理からお答えした通りでございます。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 総理の答えられた通りでございますから、さよう御承知を願います。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 その事情をよく確かめてみました。それは米軍司令官ハル大将が今回更迭するので、ハル大将にも会い、かつその後任者であるテーラー大将等に面会することが必要となったわけで、そのために欠席したそうでございます。どうぞ御了承を願います。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 先ほどの問題について釈明をいたしておきます。一昨日の予算委員会中に、渉外事項のため、公用のために一瞬退席を許可されたのでありますが、総理大臣がその際に引続き私的会合に先方の都合で若干の時間を用いまして、そうしてそれが若干長引きましたことは、ほんとうに遺憾にたえません。私からそのことについておわびを申し上げておきます。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 鳩山総理がドムニツキー氏の文書を受け取られ、その会見は、実は唐突の間に、初めから前もって準備の時間なくして起ったものでございます。従いまして私はその前には存じませんでした。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 鳩山総理がドムニツキー氏の書簡を受け取られて、それをそのままこれは外交交渉の問題であるからと言って、すぐその文書を私に渡されました。そうしてその後の処理方を私にすべて委譲されました。そこで私はその文書の中の主題である国交の正常化ということについては、鳩山内閣の考え方と向うの文書とは一致するのでありますから、その趣旨を了承しました。しかし交渉地の問題につきましては、その文書の中にありました東京またはモスクワと書いてあるとこ…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 私は鳩山総理からすぐ今の文書を受け取った。そのときのお話では、このことはアメリカ関係においても重要であるから、アメリカとの連絡も手落ちなくやってもらいたい、こういう御希望がありました。そのときに交渉地はどこでもいい、向うの言う通りでもいいというようなお話は少しもございませんでした。鳩山総理は、私が考えておるニューヨークを交渉地とすることについて終始賛成の意を表せられて、その総理の考え方を私は受けて、すなわちその指示によっ…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 その点は、私は少しも承知をいたしておりません。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 日ソ交渉はこれからやろうというのでございます。今実はその準備をしておるのでございますが、鳩山総理の述べられた歯舞、色丹というのは、サンフランシスコ条約でもきまっておるところであるとわれわれは解釈しておるのでございます。それでこの問題については、サンフランシスコ条約の体制を維持するということからいっても主張しなければならぬことである、それは当然と考えております。しかしそのほかにどういう日本の立場を主張するかということについ…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 さようなことがあったようにも記憶いたしておりまするが、はっきり私今申し上げられません。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 サンフランシスコ条約には、たしか四月の二十八日だったと思いますが、二十八日以前にソ連は加入ができるようになっております。ソ連が加入すれば、サンフランシスコ条約の体制にソ連は加わるわけであります。もしそれまでに加入しないということになれば、もしくは加入しない意思を明らかにして、その前においてもこれは別個の交渉はできることになる、こういうのが条約上の解釈のようでございます。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 さようなことに相なろうかと私は考えます。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 お話のヤルタ協定は、日本は何も関知しておらぬということは御承知の通りであります。ヤルタ協定は、日本はこれに加わっておらぬわけでございます。従いまして日本はそのことを関知しないわけであります。しかしサンフランシスコ条約は、これは日本が調印したもので、そのサンフランシスコ条約ははっきり責任を負わなければなりません。しかしながらサンフランシスコ条約といえども条約に調印しないほかの国に対して、日本が責任を負う必要のないこともむろ…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/03/28

第22回 衆議院 予算委員会 第4号

○重光国務大臣 日ソ交渉の方針をきめまして、当初これを推進して行こうという熱意を非常に持っておりました。そのために、その熱意を当時表示いたしたのでございます。私も、さようなことにおいて、鳩山総理と全然その気持を一にしておりました。しかしながら、やはり交渉の段取りをだんだん進めて行くに従って、初めの思う通りには行かなかったということ、これははっきり申し上げられます。しかし今後も同じ気持でもって進めて行きたい、こういう点においてはかわりはご…