諫山博
会議録に記録された「諫山博」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 6,055 件
- 直近の所属会派
- 日本共産党
- 直近の役職
- 弁護士
- 直近の発言日
- 1992/05/19
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 労働・賃金6 件
- 社会保障・年金4 件
- 防衛1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 地方行政委員会39 件・39%
- 決算委員会28 件・28%
- 建設委員会,地方行政委員会,農林水産委員会,商工委員会,逓信委員会,土地問題等に関する特別委員会連合審査会27 件・27%
- 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会3 件・3%
- 災害対策特別委員会雲仙・普賢岳火山災害対策小委員会2 件・2%
- 本会議1 件・1%
※ 全 6,055 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 部門別に仕分けをしようとしまいと、三十七条一項七号で警衛及び警備に関する経費は国庫が負担するとなっているでしょう。毎年金を出しているわけでしょう。毎年総計幾ら出してきたのかということです。
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 私が聞いているのは極めて簡単なことですよ。 法律で国庫が支弁するとなっている。内訳を今聞いているのではないです。毎年幾ら支弁したかということを聞いているわけです。しかし、これは会計検査院などではわかるけれども、この場では説明しないという趣旨ですか。
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 国家公安委員長に質問します。 わかったでしょう、今の趣旨は。法律では警衛、警備に関する経費は国庫が負担するとなっているんですよ。警衛というのは、これは天皇家を守るのが中心のようですからそう大きな金額ではないはずです。 問題は、警備に要する金です。法律で、警察法三十七条一項七号で国庫をして支弁するとなっている。一年間にどのくらいな金を支弁しているんですかという質問に対して、答えられないとかわからないということがありましょうか。…
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 私は、国家公安委員長はもっと警察の詳細を掌握していると思って質問したんですけれども。これはどうも私の誤解だったようです。 いずれにしましても、警備警察のために国がどれだけの金を支出しているのかということは今大問題になっているわけです。法律では国庫が支弁するとなっておりますけれども、結局今の説明では警備に対して幾らの金を国庫が出したかということは説明しませんという態度のようですから、このことに強く抗議しながら、次の問題に移りま…
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 わかりました。 上級職でない一般の警察官の中で警視まで昇進する人は何%ぐらいありますか。
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 私が警察庁からいただいた資料では、この十年間に一般の警察職員で警視以上の職についた者が千三百三十三人ということです。警視に何名なったのか、警視長に何名なったのか、警視監に何名なったのか、数字だけ教えてください。
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 警視長。
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 一般職の警察官で警視長になった人は一人もいないんですか。六十四人いるんじゃないですか。
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 もう私が一々数字を挙げて聞きます。 この六十四人の中で大学卒は十六人、高校卒は四十八人、間違いありませんか。
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 つまり、十年間を平均しますと、高校卒で警視長までなったというのは四十八人、一年間に四・八人。 そこで、私は菅生事件で重大な役割を果たした戸高公徳のことを質問します。 戸高公徳というのは、いわゆる菅生事件で日本共産党に現職警察官でありながらスパイとして潜り込んだ男です。福岡高等裁判所で爆発物不法所持の事実を認定され、上司に自首をしたということで刑の免除になりました。これはもちろん有罪の判決です。この戸高公徳は一時警察を退職しま…
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 前科はどうですか。
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 私は、警察の人事のあり方として戸高の処遇に対して、遅まきではありますけれども厳重に抗議します。 彼は、爆発物を所持していたということで有罪判決を受けて刑を免除された男なんですよ。日本共産党に現職警察官として潜入したスパイなんですよ。そして、長い経歴の中で七年間は警察を離れていた。こういう男が、一年間に五人足らずしか警視長にならない警察の世界において警視長までなった。しかも、これは退職した後で、警察の関連企業である、たいよう共…
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 人事政策が改善されることを期待しまして、次の問題に入ります。 警察の中心的な任務は、法律でもありますように、犯罪の予防、鎮圧、被疑者の逮捕です。ところが、今刑事事件の検挙率が非常に低下してきました。統計では全刑法犯という統計のとり方があります。これは、全刑法犯の中から交通事故による業務上過失致死傷事件を除くということになっているようですけれども、全刑法犯の認知件数は昭和三十年に百四十三万件、その後だんだんふえて平成三年に百七…
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 検挙率の低下がどういうふうな動きをしてきたのか、具体的に質問します。 検挙率が急激に低下し始めたのは昭和六十三年からです。全刑法犯の検挙率は昭和六十三年に五九・八%、平成三年に三八・三%、つまり三年間に全刑法犯の検挙率が二一・五%低下しています。 もう一つひどいのは窃盗事件です。窃盗事件にはいろいろ類型があるようですけれども、すべての窃盗事件を調べますと、昭和六十三年の検挙率は五二・〇%、平成三年の検挙率は二七・二%、つまり…
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 私が挙げている数字はほとんどすべて警察白書からの抜き書きですから間違いないはずです。 それでは、昭和六十二年はどうだったか。全刑法犯は前年に比べて一・五%プラス、窃盗犯は前年に比べて一・五%プラス、若干たりとも昭和六十二年は検挙率が上がりました。昭和六十三年になると、全刑法犯が前年比でマイナス四%、窃盗事件がマイナス四・五%、間違いありませんか。
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 昭和六十三年という年に私は注目しているわけですけれども、昭和六十三年を起点として全窃盗犯の検挙率がどのように低下していったかを調べ上げました。昭和六十三年の検挙率が五五・七%で前年に比べてマイナス四・五%、平成元年の検挙率が四一・七%で前年比マイナス一四%、平成二年の検挙率が三七・二%で前年比マイナス四・五%、平成三年の検挙率が三二・八%で前年比マイナス四・四%、つまり三年間で窃盗の検挙率が二二・九%下がりました。数字は間違…
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 窃盗事件だけ挙げたら偏ったと言われるかもしれませんから、今度は恐喝事件を挙げます。 昭和六十二年の検挙率は八三・九%、六十三年の検挙率は八一・四で前年比マイナス二・五%、平成元年の恐喝の検挙率は七五・八%で前年比マイナス五・六%、平成二年は七二・六%で前年比マイナス三・二%、平成三年は七〇%で前年比マイナス二・六%、驚くべき検挙率の低下です。この数年間の話です。 わいせつ事件はどうだろうか調べてみました。 昭和六十二年は八六…
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 今度は、贈収賄事件がどのくらい検挙されているかを質問します。検挙率ではなかなか把握しにくいようですから、検挙件数を聞きます。 昭和六十一年の贈収賄の検挙件数は三百四十二件、六十二年が三百三十一件、六十三年が三百十二件、平成元年が百九十五件、平成二年が百九十四件、平成三年は何件になりますか。
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 法務省に質問します。 法務省からいただいた資料の中で、件数ではなくて起訴人員の数字があらわれております。昭和五十七年から平成三年まで収賄事件の起訴人員はどのように減少してきましたか、数字だけ挙げてください。面倒だから私が挙げましょうか。 昭和五十七年起訴人員四百八十三、五十八年三百六十九、五十九年三百三十二、六十年二百七十七、六十一年二百三十六、六十二年二百二十一、六十三年二百三十七、平成元年百二十六、平成二年百三十、平成三…
第123回 参議院 地方行政委員会 第6号
○諫山博君 今度は贈賄側です。 贈賄側には、公判請求と略式請求と二通りあるようですけれども、これを合計すると五十七年に六百三十六人、五十八年に四百二十八人、五十九年に四百五十五人、六十年に三百七十八人、六十一年に二百五十七人、六十二年に二百九十六人、六十三年に三百十一人、平成元年百七十三人、平成二年百八十一人、平成三年百三十八人、驚くべき起訴人員の低下ですけれども、間違いありませんか。