P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ ☆
自由民主党経済企画庁長官衆議院参議院
総発言数
9,704 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
経済企画庁長官
直近の発言日
1958/03/12

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 商工委員会37 件・37%
  • 予算委員会21 件・21%
  • 大蔵委員会21 件・21%
  • 外務委員会10 件・10%
  • 社会労働委員会7 件・7%
  • 物価問題等に関する特別委員会4 件・4%

※ 全 9,704 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

9,704 件中 20 件を表示
外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 これは別に向うが制限をつけると言ったわけではないのでありまして、明瞭にいたしますが、そういう人をなるべく希望しないということを言ったわけであります。われわれとしてもできるだけ日・イ国交回復のためにそういう向う側の気持を尊重したいと思っております。

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 特にそういうことはいたしませんし、ただいま申し上げたのは、向うがそういう気持でいるということであるわけであります。一般的に広く入れるという意味を申し上げるためにそう申したわけであります。

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 さよう理解されてよろしゅうございます。

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 ただいまお話のブリッツ所載の記事は事実無根である旨アメリカ政府から説明されているわけであります。外務省としてもこれらの情報等につきまして十分検討はいたしておるわけで、決して無条件で楽観をしているわけではないのであります。しかしながら、現在の実情から見ると、西欧側から出ますニュースがやや誇大であって、それをそのまま現実にとるのは少しく事実を誇大に見過ぎるのじゃないかと思います。しかしながら、御承知のようにこういう革命運動が…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 私どもは、先般申し上げたような立場でインドネシアにおける政情の混乱につきましては、十分関心を持っていかなければならず、またインドネシア共和国が四分五裂になるような状態に導きますことは、日本として好ましいことではなし、絶対にそうあることを希望いたしません。従ってわれわれとしてはむろん中央政府を支持して、それが十分成果を上げるようにと考えているわけでありまして、内政に干渉するようなことについては、日本として避けなければならぬ…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 インドネシアをめぐりまして、西欧側あるいはアメリカ等にいろいろな動きがあり、またそれがお話のように石油資本をめぐっていろいろな取引が行われているということを、私どもは必ずしも真正面から信ずるわけには参りませんが、しかしながら、そういういろいろな動きが将来起り得る可能性はあり得る、こう考えておるわけであります。従いまして日本としては一日も早く、ただいま御指摘のようなインドネシアの弱体化を防ぐ意味からいいましても、賠償を通じ…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 移動大使は御承知のように特定地区の中の各国を訪問をいたしまして、その地域内を総合的にものを見、視察し、そうして結論を得ることを目的としておるわけであります。しかしながらそれぞれ個々の関係の国を訪問することでありますし、そのときどきの現地の現実の提起されておりますいろいろな問題については情報を収集し、あるいは向うの政府の意図を、説明を受けるということは、これまた当然な移動大使としての任務だと思います。直接に賠償の関係の交渉…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 積極的に取り組んだ方がいいとまでの意図ではないわけであります。しかし、当時インドネシアと日本間には一番大きな問題は賠償交渉の問題であります。従いましてこの問題について正常ルートをもって話し合いはしておりますけれども、移動大使の立場等で高官等にも会うことができるわけでありますから、そういう機会には問題について向う側の意向あるいは考え方、最高首脳部の考え等が率直に聞けるなら聞いてもらうことが便利だということをわれわれは考えた…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 当時ただいま申し上げたような経緯によりまして小林大使は政府首脳部等とも話をされたわけです。従ってこの問題を公館長に伝え、また小林大使は御承知のように移動大使でありますからその後の任務があるわけで、従ってもし賠償等の問題についていろいろ向う側の意向がわかるならば、やはり早期にこれを知ることが必要でありますので、白幡参事官を出したわけであります。その結果、白幡参事官及び高木公使は、小林氏に向うから伝えてきました意向を聞いて、…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 協議して作ったといいますよりも、向う側の意向を伝えるというのが本質でありまして、特に小林試案というような非常に確然たるものがあったわけでもないのであります。ただそれに対して小林氏が一応の意見を述べられたことはありますけれども、世上伝えられるような、何か非常に確定的な小林試案というものがあったわけではないのであります。

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 つまり小林試案という、たとえば小林さんがコンクリートに作ったような案でないことはただいま申し上げた通りであります。当時向う側ではやはり四億ドルの賠償というものを強く主張していた。それから経済協力その他については問題はありませんが、焦げつき債権の問題については、別個の問題として扱いながら何か適当に解決する方法はないだろうかという意味の考えを述べられたのでありまして、それが小林試案というのでなく、むしろインドネシア側の意向を…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 インドネシア側は当時四億という線を主張しておったわけであります。それから焦げつき債権の問題につきましては、向う側としては何らかの形でもって据置年限を置く、あるいは適当な形でこれを一括払いするというような考え方でおったわけであります。むろんわれわれとしては四億という金額について当時コミットしておりませんし、われわれとしては二億という金額を主張しておったわけであります。向うが四億と主張し、こちらが二億と主張しておったのであり…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 当時、ただいま総理大臣が言われましたように、小林さんが帰って来られて、ある程度の試案といいますか、考え方を述べられ、それを白幡参事官からも述べられた。こういう問題については、大蔵省とも協議をいたさなければなりませんし、われわれとしては十分慎重に検討して、ただいま総理も言われましたハッタ氏が来られまして、初めはハッタ氏はこういう問題について話をし得るのかどうかということを私ども疑問に思ったわけでありますが、会合してみますと…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 形は、果して小林さんのようになるかならぬかは別として、とにかく向うは四億という線を固執しておりますので、日本としては純賠償は二億しか出せない、あとの二億というものをどういうふうに取り扱うかということは、小林試案通りでいいのか、あるいはその他の方法があるのか、あるいは向う側からすれば、もう少し四億をおりて三億にして、何とか妥協してくれないかと言うか、そこらの点はまだ必ずしも明確ではなかったわけでありまして、そういう意味にお…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 ビルマ大使は、先般帰国されました。その帰国されます前に私をたずねてこられまして、インドネシア賠償の経緯についてお話がありまして、私どももその経緯についてこれを説明すると同時に、ビルマとインドネシアと別段差別的な待遇もしておらぬし、またわれわれとしては適当な方法で結論がついておるのだという説明をいたしたわけであります。それに対して特にビルマ大使から再検討条項を持ち出すというようなお話もございませんし、そういう日本とインドネ…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 御承知のように、ただいまお話のありました国連中心主義、アメリカとの友好関係、アジアに対する友好、信義を厚くしていく、これは岸内閣の外交の三原則でありまして、従いまして今回の東南アジア公館長会議においても、当然その外交三原則に沿いまして会議の運営をいたし、それぞれの意見を聞くことにいたしているわけでございます。

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 昨日も大西委員からお話が出ましたように、現地へ参りまして、教育の施設を賠償等で作ることについては、向う側の希望がありますれば、私は賠償で学校を建てる、あるいは病院を建てるというようなことはできますし、また日本としてもやるべきことだと思います。ことに今お話の医者の養成というようなことは東南アジア一帯に医者が非常に不足しておりますし、衛生状態も改善して参らなければならぬ。何かそういう点で日本が貢献し得るならば、非常に大きなサ…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 私がまだ外務省の仕事をしません前に、下中弥三郎氏がそういうことを考えられまして御奨進がありましたので、私も参加してその計画も伺ったわけであります。何か古い学校の、位置の関係か何かからして不要になって新設ができる古い校舎——紀州でありますか、そこでもって一つ仕事をやりたいという話を承わったのでありますけれども、そう後私の立場も違いましたし、特に下中さんから特別なお話は、それについて承わっておりません。しかしそういうようなこ…

外務大臣1958/03/12

第28回 衆議院 外務委員会 第12号

○藤山国務大臣 ただいま田中委員の御指摘のありました通り、これは必ずしも戦争中というだけじゃなしに、過去長い間外国なり東南アジアなりに関係しておられました方の中には、今日の時代において真剣にこういう教育上の問題等について自分が努力するというよりも、あるいはそれを立場にして仕事を見つけるという状態のあることは私も存じておるわけであります。従いましてこういうような問題を取り上げますときには、やはり教育のことでありますから、その主唱される方々…

外務大臣1958/03/11

第28回 衆議院 大蔵委員会 第15号

○藤山国務大臣 御承知のように、インドネシア賠償の問題につきましては、長年にわたっての交渉でございます。初めにインドネシア側は、御承知と思いまするが、百七十億ドルというような膨大な数字を出してきて参ったわけであります。その後数年の経過、また数度の折衝等によりまして、だんだん金額が減って参りましたことは御承知の通りであります。最終的には、御承知のようにフィリピンの賠償が片づきまして、インドネシア側も、非常に進んでこの交渉を妥結に導きたいと…