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自由民主党大蔵政務次官衆議院参議院
総発言数
825 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
大蔵政務次官
直近の発言日
1957/05/07

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 大蔵委員会66 件・66%
  • 科学技術振興対策特別委員会19 件・19%
  • 科学技術振興対策特別委員会動力炉開発に関する小委員会3 件・3%
  • 科学技術振興対策特別委員会科学技術の基本問題に関する小委員会3 件・3%
  • 予算委員会3 件・3%
  • 大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会2 件・2%

※ 全 825 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

825 件中 20 件を表示
自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 私は紀元節を復活するために、この建国記念日を制定するために、先ほども申しましたように、昔の神格化したような天皇復活の考えはもちろんないのです。紀元節それ自体というものは、天皇制とも、また軍国主義とも、全然関連がないのであります。そうしてまた時勢というものがだんだん変ってくるのであります。この神武天皇のみことのりにもそれがちゃんと書いてある。世の中がだんだん違うようにまつりごとを変えていかなければならない、こういうことなんです…

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 このみことのりにも、まだ周辺が騒いでおるということで、ここへ都を建ててそういう者を言向けやわするということが書いてある。うちてしというのは、行くということです。征伐の征です。征という字が書いてある。行くということなんです。そうしてそれぞれ行かれた国を言向けやわして話をつけて、そうして平和をあれしてだんだんやっていくということ、そうしてしかも大和に政府を作られても、その途中で神武天皇に争ってきた連中と話をつけたわけです。そうし…

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 それは存じません。

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 日本書紀の第三巻に辛酉の年の春に神武天皇が橿原の宮で御即位になった、こういうことが書いてある。それを、先ほど小川先生もちょっと言われましたように、明治になって記念の日を祭りたいということで調べたところ、ちょうどたまたま神武天皇が正月元日に御位につかれたのですが、その年はちょうど一月二十九日であったわけです。ところが、旧暦と新暦とは毎年日が違ってくる。そこで毎年違ってくるようなお祭りでは工合が悪いから固定した日にしたい、こうい…

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 お説の通り、何年違っておりますか、古事記は稗田阿礼、太安麻呂——稗田の語りべが伝えたものを編さんしたのでありますし、それから元正天皇の養老四年に日本書紀ができたのでありますから、日本書紀が新しいということはお説の通りでございます。

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 古事記は語部が言い伝えたことでございまして、中にはいわゆるおとぎ話といいますか、神話的のものもありましょうし、それから伝説もありましょう。今、淡谷先生がお説になったような、ちょっと常識的に考えてあれのこともありましょうが、しかし文字のない時分にそうして語り伝えてきたことというものは、私は一つの民族の気持というものを現わしたものである。また伝説というものもそういう意味において私は相当これは意義のあるもんだと思うのです。そこでヨ…

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 淡谷先生のまことに学のあるところを承わりましたが、古事記は午前中にも申し上げましたように、やはり語部の言い伝えでございましたものを、太安万侶が書物に編んだわけでございます。それからこちらはやはり太安万侶が舎人親王を主任として元正天皇の命を受けて歴史を編んだわけでございます。この当時はおそらく字が書けるようになったのですから、今伝わっていないようなものがいろいろあると存ぜられますが、午前中にも申し上げましたように、日本書紀とい…

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 その「シシ」と言うものが今の牛を言っておるのか。おそらくイノシシなんというのは野生であったでありましょうし、あるいは野牛というものはその時分にもあったんじゃないか、これも想像にすぎないのでありまするけれども、今淡谷先生がおっしゃったように、そういうものは日本になかったとは言い切れないんじゃないかと思います。

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 先ほど淡谷先生もお読みになりましたおみことのり「然して後に六合を兼ねて以て都を開き、八紘を掩ひて宇と為むこと、亦可からずや。」。この「六合を兼ねて以て都を開き」ということは、当時の古いときでは、いわゆる中心だけが文化が進んでおって、その周辺はきわめて文化が及んでいない、こういう状態というように想像されるのでありますが、くにのうちを兼ねて以て都を開きということは、都を中心として六合にもその文化を広めようというまことにおおらかな…

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 それにはいろいろの原因があったのじゃないかと私は思います。とにかく日本はだんだん人口がふえてくるのでありますし、日本の発展のためにそういう気持ができたかもしれませんが、これはやはり天ツ神の国を授けたまいしいつくしみにこたえ得なかったのが、ああいう結果を見たのではないか、こういうふうな感じがいたします。

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 お答えしますが、言向けやはすということは、今ちょうど国会で正常化を話し合うように、お互いに話し合っていくということであります。掃ひ平らげたまひてというのですから別に——先ほど撃ちてしやまぬというお話がありましたが、これはやはり武力を使わずに、お互いにいわゆる邪を排するためにはらい清めてこれを穏かに持っていこう、こういう思想なんでございますから……。私はそういうふうにこれを解釈しておるのでございます。

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 それは信仰の問題にもなりますから、はらうだけでそこに以心伝心でありますか、精神的のあれがあるごとに、また神の前へ来て非常におごそかになったところではらわれることによって、精神が清められる。大体日本の文明というのは精神文明からきておるものでありまして、はらい清め平らげるということも、そうした意味合いにおいて日本民族の思想統一のために——昔はまつりごとと祭り、いわゆる信仰と政治というものは一致しておったのでありますから、そういう…

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 西暦にも、御承知のように、キリストが生まれた日が科学的な根拠がないということで、学者の間に玉相当議論をされております。また仏様の誕生につきましてもそういったことが言われて、いろいろの説があるように承知いたしておるのであります。やはりこの日本の建国の日というものも、一つの民族意識というものが結集して、むしろ信仰的な面も相当あるんじゃないか、そういうことで、今科学的に二月十一日の日が証明されなくても、これがある程度は信仰的な点に…

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 信仰もある程度加わっておる日本の歴史に関する国民の思想というものも、そういうふうにおもむいてきておりますばかりでなく、やはり日本書紀にそういうことがはっきりうたわれており、しかもそれが、明治になってからでありますけれども、国祭日として祝われてきておるわけでありまして、さればこそ、独立いたしまして後に、紀元節を国祭日にしてくれという声がほうはいとして起ってきて、年々その気分が高まってきておるのですから、やはりそういう国民の気持…

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 秋分の日、春分の日というのはやはり仏様の関係から来ているものでございます。

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 それはやはり信仰的なものが相当加味されておると私は思っております。

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 お答えします。ただいま昔の天皇の在位の年数が非常に長いということ、それからいわゆる辛酉革命説というものがあって、辛酉の年に神武天皇の即位を持ってきたという那珂博士の説を御引用になったのでありますが、実はこれは朝鮮の古い、たとえば高句麗の始祖の東明王から十一代の東川王まで二百六十…年ですが、これは平均五十三年になっておるのであります。五十三年というのはシナの歴史にもあるわけでありますし、ことに先日の稻村先生の御質問の際にも私は…

自由民主党1957/05/07

第26回 衆議院 内閣委員会 第37号

○纐纈委員 ただいまの床次先生の御質問にお答えいたします。これは昔の歴史でございますから、これに一つも間違いないということは私どもも言い切れません。しかしまた反対者の言うように、これがでたらめだということも、われわれは絶対に承服はできないのであります。そこでむしろこれは日本歴史と直接の関係なくして、そういう問題はもう少し学者の研究に待って、これが間違っておるということであれば、そのきまったときに私どもはこの日を改めることにはやぶさかでな…

自由民主党1957/04/23

第26回 衆議院 内閣委員会 第33号

○纐纈彌三君 先ほど稻村先生からお話がありましたが、文字のないときにえとがなかったとおっしゃいますが、もちろんこれは日本では支那から渡ったものでありますが、少くとも古事記におきましても日本書記におきましても、えとが使われておるのであります。そしてそれを逆算したのがでたらめだとおっしゃるのでありますが、御承知のように、えとは六十年で一回りしてくるわけでございます。そしてその間においてうるう年というものが出てきて、また四百年目には一回うるう…

自由民主党1957/04/23

第26回 衆議院 内閣委員会 第33号

○纐纈彌三君 ただいま日本の紀元はでたらめだということが定説だとおっしゃいますが、これは二十七年すなわち占領行政になってから、進歩的の歴史学者の間においてそういう説がされておるのでありますけれども、これはやはりそういった同志の間だけでそういうことを言っただけで、決してまだ定説になっておりません、そうしてまた反対論も出ておるわけてありまして、一応那珂博士の説というものは、相当学者間には問題になっておったのでございますが、それに対する反発も…