立木洋
会議録に記録された「立木洋」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 6,739 件
- 直近の所属会派
- 日本共産党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1995/10/31
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛35 件
- 労働・賃金6 件
- 宇宙5 件
- 社会保障・年金4 件
- 半導体1 件
- デジタル行政1 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 沖縄及び北方問題に関する特別委員会78 件・78%
- 外交・防衛委員会21 件・21%
- 本会議1 件・1%
※ 全 6,739 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第134回 参議院 外務委員会 第4号
○立木洋君 国連から要請されているこの自衛隊派遣、つまり自衛隊隊員に与えられる仕事といいますか任務、それから滞在する、向こうに駐留する期間はどのくらいの期間か、それから携行する武器はどういうものか、それから共同訓練についてはどういう態度が今検討されているのか。その四点だけ、簡潔で結構です。
第134回 参議院 外務委員会 第4号
○立木洋君 カンボジアに派遣された場合には共同訓練なんというのはなかったですね。モザンビークも共同訓練というのはなかったです。それぞれの任務の範囲内において必要なことは行ったと。しかし、今度の場合には共同訓練という言葉になっているんですが、SOPには共同訓練ということについてはどういうふうな目的のために共同訓練を行うというふうに規定されていますか。
第134回 参議院 外務委員会 第4号
○立木洋君 UNDOFが行う共同訓練については、基地内外の国連要員と財産を防衛するということが任務として規定されているんです。そして、それに基づいて具体的に実施をしなければならないと。 言うならば、問題は、基地内外における国連要員の生命の安全、それから財産の保護ということになれば、これは完全に日本の国会で禁止された、協力法ではやってはならないものになっているその共同訓練に、自分たちの都合の範囲内で何かかかわりがある部分だけ訓練すればいい…
第134回 参議院 外務委員会 第4号
○立木洋君 私は共同訓練という言葉にだけこだわっているんではなくて、今度のこのシリア・イスラエル間におけるPKOの任務というのは言うならば明確な兵力引き離し、だから停戦監視ですね。問題は、それが妨げられる事態が起これは応戦をする、そういう戦闘までしなければならない部隊として派遣されているわけですよ、兵力引き離しが目的なんですから。ですから、それを一体化してやらなければならない。 〔理事寺澤芳男君退席、委員長着席〕 あるいは、この間の、い…
第134回 参議院 外務委員会 第4号
○立木洋君 川島さん、先週後半、私は国連に確かめたんです。国連事務総長の報道官にこの問題について聞きました。 PKOへの各国部隊派遣の条件について、原則として特例はない。個別のPKOを総体として成り立っており、すべての国が一つのルールのもとにある。各国がそれぞれの特例を主張すればPKOは成り立たない、こういうふうに述べて、その後、派遣国の事情があれば協議はするが、しかし最終的に決定するのは国連の側であり、その決定に従えなければ派遣を見送…
第134回 参議院 外務委員会 第4号
○立木洋君 ここに出してくださいという国連との取り決めについては。
第134回 参議院 外務委員会 第4号
○立木洋君 ちょっと一言だけ。 もし文書で出せないならば、口頭ででも報告をしていただきたい、この場で。そうしないと、五原則に反しないのかどうなのか、いわゆる凍結しているPKFに反しないのかどうなのか。先回も大臣は、我々行政官がやるのは、行政府が行うのは、勝手に法律の枠外にはみ出してやることじゃない、決められた法律でやるんだ、忠実にやるんだということを言われました。だから、そのことのためにも、その趣旨を明確に貫くためにもそれは必ず実行して…
第134回 参議院 外務委員会 第2号
○立木洋君 きょう私は今議題になっておる二つの協定の問題についてお尋ねしたいと思うんですが、この二つの協定については当外務委員会でこれまでも私は何回かお尋ねしてきた経緯があるので、二つの問題そのものではなくて、これに若干関連してお尋ねすることにしたいと思います。時間が極めて短いものですから、大臣もそれから原口局長さんもできるだけ簡潔に御答弁いただけるように最初にお願いしておきたいと思います。 戦後、御承知のように、第一次産品についての交…
第134回 参議院 外務委員会 第2号
○立木洋君 商品協定を何も私はやめた方がいいなんという意味で言ったわけじゃなくて、改善の方向をどう見出していくかというのがやっぱり問題だろうと思うんですね。しかし、ガットとのかかわりでいきますと、なかなかやっぱり問題があるんですよ。これはここで私は議論をし切れるとは思いません。 ただ、問題になったのは、一九七六年に行われた第四回のUNCTADの会議でこの第一次産品についての総合計画が決められました。当初これについては価格安定のための十八…
第134回 参議院 外務委員会 第2号
○立木洋君 それはもうわかっています。
第134回 参議院 外務委員会 第2号
○立木洋君 私は、この問題の将来性について決して何も悲観的な見方をしているわけじゃなくて、ことしの三月六日から十二日までコペンハーゲンで御承知のように世界社会開発サミットが開催されました。これは私は意味のある会議じゃなかったかと思うんです。もちろん、ここでの問題になった市場経済論の問題だとかあるいは軍事費を削減して財源をどう生み出すかだとか、いろいろな問題が議論されて、全部それが解決されたということではございません。 しかし、今の問題の…
第134回 参議院 外務委員会 第2号
○立木洋君 私たちもこういう問題を非常に重視しているんだということを大臣にもぜひとも知っていただきたいので、きょうは短い時間ですけれども私は強調させていただいたわけです。 ただ問題は、これまでUNCTADの会議は八回総会が開かれていますね、九二年までの間に。近くまた、二年後になりますか開かれることになるわけですが、この中で見てみますと、確かに日本のODAというのは世界で第一位だという形でやられてきていますけれども、この間のDACの統計を…
第134回 参議院 外務委員会 第2号
○立木洋君 最後に。 今、同僚議員が述べられた線で、今まで日本の政府が沖縄問題が発生してから後アメリカ側に要求した具体的な項目、例えば基地の問題ではどういう要求をされたのか、それから地位協定の問題、特に十七条の問題に関してはどういう要求をされたのか、その他の問題ではどういう要求をされたのか。その要求された項目を、漠然とした形ではなくて、こういう問題を要求したということをひとつ明確にしていただきたいのですが、いかがでしょうか。
第134回 参議院 外務委員会 第2号
○立木洋君 あとは次の機会にして、もう時間が来ましたので終わります。
第134回 参議院 外務委員会 第1号
○立木洋君 しばらくぶりの外務委員会で、大臣に聞きたいことがたくさんあるんですけれども、きょうは先般の沖縄での少女暴行事件、これは凶悪な犯罪ですし、この問題に関連してだけお尋ねすることにしたいと思います。 普通の場合、その国で犯罪が起こったら、それについて犯人を逮捕し、調査し、そして裁くということは当然のことなんです。ところが、日本の場合には米兵であるがために警察権が及ばない、逮捕ができない、そして司法権が制限される。こういうことになる…
第134回 参議院 外務委員会 第1号
○立木洋君 いや結構です。林さんの方はいいです。
第134回 参議院 外務委員会 第1号
○立木洋君 我々は反対していたんですよ。賛成していませんよ。
第134回 参議院 外務委員会 第1号
○立木洋君 いや、それは結構です。
第134回 参議院 外務委員会 第1号
○立木洋君 もうわかっていますから、話は聞いていますから。 結局、外国の軍隊が駐留している国においては、その国の法的な制度に一〇〇%服するわけにはいかないんだという、これはもう栗山さんも述べているように事実そうなっているんです、日本の地位協定自身も。 この点について私は、例えばどういうことかというと、韓国の場合、ことしの五月、いわゆる米兵による暴力事件が起こりました。これは大変な事件でした。この問題が契機となって、七月から韓国の外相とレ…
第134回 参議院 外務委員会 第1号
○立木洋君 その問題をやり出すと今度また韓国の、前の一九六六年のいわゆる七月九日の書簡を廃棄した、失効になったなんというような問題も取り出さぬといけなくなるから、それを言い出すともう時間がなくなるので私は言いたくないんだけれども、私はこの地位協定の問題についてはずっと一貫して外務委員会の中でやってきたんですよ。そして、一九七八年のときにこの問題、比較的時間をとって取り上げました。そのときには、一九五二年から一九七七年の二十五年間に日本で…