穐山篤
会議録に記録された「穐山篤」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 4,646 件
- 直近の所属会派
- 日本社会党・護憲民主連合
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1978/05/11
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 労働・賃金16 件
- 防衛6 件
- 半導体5 件
- 住宅・不動産5 件
- 社会保障・年金5 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 予算委員会98 件・98%
- 環境特別委員会1 件・1%
- 平成五年度一般会計補正予算(第1号)外二件両院協議会1 件・1%
※ 全 4,646 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 さて、実際にはここに地図を、海図を置いてもらうと非常に審議がしやすいですけれども、まあきょうはやむを得ないでしょう。 さてそこで、日韓大陸だなという、日韓という言葉が上についている。ですから、その大陸だなはどこのたなかということがどうしても紛争の種として現実的に残っているわけです。韓国の方は地上からずっと延長した、ごう言っているわけです。それから中国も、わが方からの自然延長でこれはたなである。わが国も当然主張をしているわけで…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 私はいまも申し上げているように、よしあしの問題でなくて、現実的に海上保安庁あるいは外務省がそれぞれお調べになって、韓国と日本と、中国ないしは台湾の間にありますこの海底の地理的な条件というものは調べられたと思うんですね、調べられたと思う。まあ本来、日本は自分の領域はこれまでであるというふうに古来から主張しておりますから、その点はわかりますけれども、ごく物理的に、技術的に、このいわゆる大陸だなというものを物理的に見てどういうふう…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 この問題余り長く論争するつもりはありませんけれども、この海図をずっと調べてみると水深がそれぞれ記録をされておりまして、だれが考えてもというか、ある程度の知識を持っているならばこのたなの状形というのはわかるような感じがします。 そこで、昭和四十四年から四十五年、六年の紛争のあったときに日本側としてはここの地域まではこれはわが日本のたなであるし領域である、あるいは等距離ないしは中心線である、こういう議論を多分されたと思うわけです…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 そうしますと、それは政府レベルの連絡委員会でなべして、いわゆる民間の団体が集まってソウルでそういう相談をされたと、こういうふうに考えていいわけですね。
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 政府とは無関係であることは間違いないと思うのですが、その民間の、民間のというか民間団体、それぞれのしかし国を代表する政治家を含めた民間団体が、領有権の問題についてはこれは国と国との折衝にならざるを得ない。しかし、領有権とは別に共同開発については民間のそれぞれの代表が集まって相談をされて、記録の上では一たん合意がされた、こういうふうに私は記録を読んでいるわけですが、その事実は間違いないんですか。
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 これも過去の記録ですから不十分の点があるかもしれませんが、実は日韓台湾の三者の間に、いま申し上げましたように領有権の話は別にして、いわゆる南部について共同の開発をするということの合意がなされたということを一つの根拠にしまして、中国側からそれを非難をする声明が十二月に出ているわけなんですね、中国側が全く根拠のない会議あるいは会議の結論に対して非難を浴びせるということは多分なかったと思うのです。古い記録ですからよく真偽のほどはわ…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 さて、前に進みますが、国会の議事録、答弁によりますと、第六回の日韓閣僚会議の際に、これは九月の五日と六日が正式の会議日であって、四日の日に大平大臣が朴大統領を訪ねられたときにその問題が出たと、こういうふうに聞いております。議事録によりますと、日本の側の方から要求したのではないかというふうに言われておったんですが、記録の上からは、韓国側がその問題を提起をして、大平大臣が日本に帰ってきてから原則的にOKを出した、こういうふうにな…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 そこで、韓国が海底鉱物資源開発法というものをつくって、一方的に自分で鉱区をK1からK7までつくった。日本の立場から言えばはみ出している、韓国側は当然だと、こう言っているわけですが、さて、またこれ海図が問題になるわけですが、そのはみ出しているという判断は、日本側とすれば日本の領域、たなはここまでだというふうに主張されたと思うわけですね。韓国は日本に入り過ぎているじゃないか。記録の上ではK7と共同開発地域がおおむね重複していると…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 海洋法とか大陸だなということは、最近大いに議論をされて慣行も出たしあるいは条約もあるわけですけれども、その当時としては議論がなかなか盛んであったわけですね。その当時中間線、日本と韓国との中間線あるいは日本と中国との中間線、そういう議論は昭和四十五年当時、七〇年当時国際的に定着をしておったかどうか。あるいは、日本側とすれば等距離または中間線というのはこれは当然な話だ、当然のことだ、あるいは国際的な決まりからいってみてもあたりま…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 次元の違う話を持ち込まれてかみ合わないという結果だと思うんですが、これは先ほど申し上げましたように、溝がどういう地形になっているかという意味で、これ以上議論をしてもどうもかみ合いそうもありませんから、また次の機会に移りたいというふうに思います。 さてそこで、昭和四十四年あるいは昭和四十五年前に国内でエネルギー問題がかなり議論をされております。一面では石油の需要が多くなっていくであろうと、石炭産業はしぼんでいくであろうと、ある…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 この答申では、相当意気込んで政府に答申をしているわけですね。で、国内のエネルギーを見てみますと、石炭産業が縮小の度合いを非常に強めておったときです。ですから、この答申を見てみますと、非常に自主開発について相当厳しく指摘をしているわけです。それにこたえて昭和四十二年十月に、石油開発公団というものが生まれたわけですね。開発公団が生まれたというのはなかなかタイミングとしては私はいいタイミングであったというふうに思うわけです。ところ…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 その探査あるいは発掘ということが、非常にこの種の問題についてむずかしいというのはよくわかります。わかりますけれども、その当時のエネルギーの政策は、文書の上ではわかりますけれども、たとえば日韓の間の大陸だなを開発をするとか、あるいは日中間のたなを開発するとかということを含めて、積極的にこの石油資源の開発について当時具体案をお持ちではなかったわけでしょう。その点を具体的にお答えをいただきたいと思います。
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 くどいようですけれども、その当時日本は、みずからの力でエネルギーを供給することが、石油を供給することが不可能だ、ほとんど外国から石油を、原油を輸入をしている、これが全体的な大勢であったことは間違いないわけですね。積極的に自主開発をしようと思ってもリスキーを伴いますから、それよりも、価格を安定的にさして、安定的な供給の方が国策に合っているんじゃないか。しかし、そうは言ってみても、もう少し自主開発をしなければいけないということで…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 そこで、本来日本の主権が及ぶと主張しておった中間線の日本寄り側の地域について、昭和四十二年から出願がされていたわけですから、もし自主開発について積極的に取り組む——四十二年には公団法も改正をして、財政的な裏づけもある程度のことはできる状況にあったわけですね。もし、その当時日本政府に積極的に自主開発の熱意があれば、リスクは伴いますけれども、俗に言われているところの共同開発地域、本来的に言うならば、日本の主権が及ぶであろう中間線…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 現実に、大陸だなの問題が両国の間で公式に問題になりましたのは昭和四十七年以降ですね。その前に多少のトラブルがあったことは承知をします。しかし、日本が本来主権が及ぶ地域だと言ってがんばっていたわけですから、少なくともその間は二年ないし四年あったわけですね。その期間とすればせいぜい二年ないし四年のことですけれども、今日になってみますと、非常に重要な時間帯ではなかったかというふうにわれわれは考えるわけです。もし日本が積極的に試掘権…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 いきさつはいきさつとして、いい悪いのことは別にしてわかりますけれども、韓国の開発法が制定をされたのが七〇年、それに鉱区がK1からK7までその後ついたことが明らかになった、争いがあることは当然だと思うんですね、日本側の方に入り込んでいるわけですから。 私がここで主張したり、あるいはお尋ねをしたいのは、その当時まだオイルショックということを経験をしていなかった日本ですね、まあ世界もそうです。ですから、昭和四十二年からこの紛争が起…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 見解の相違になれば別ですけれども、韓国側の態度というのは共同開発地域にいたしましても、あるいはその他の点につきましても先手必勝、こういう態度がうかがわれるわけですね。大平外務大臣が日韓会談に出かけたときに、もし日本が積極的に自主開発をするつもりがあれば、これはいま言われている共同開発地域というのは、これはわが日本の固有の開発地域であるから、韓国側としてはこれを侵してはならないぞと、わが日本としては探査あるいは試掘を積極的にや…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 経過的に言えば、確かに二年ないし足かけ三年の間、両者の間で論争があったことはよくわかります。ただ、日韓会談が五日、六日に終わって、八日に原則的にオーケーという返事を出したんですね。従来、私どもの経験、政府の経験でもそうですけれども、慎重に検討して、これが国益に合うものであるかどうか、あるいは原則的にオーケーを返事をするに当たっても、この地域というのは台湾もあれば中国もある。そういう意味では、ある程度将来紛争が残るかもしらない…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 私が前段で昭和四十二年から四十四、五年ぐらいまでの間のエネルギーの開発、あるいは石油の開発という問題について、エネルギー庁にかなりしつつこくお伺いをしたわけですね。ところが外務省の方では時間をかけて争っておったんではこれはしようがない。一刻も早く手をつけた方がいいと、共同開発という方をとる方がその他幾つか考えられる手段、方法の中で最も有利だと、こういうふうに言われている。よく考えてみると外務省は一つの政策持っていたと思うんで…
第84回 参議院 商工委員会 第15号
○穐山篤君 外務省とかエネルギー庁というふうに私、区分けをするつもりはありませんけれども、しかし事の経緯を具体的に調べていきますと、私が申し上げたような印象が非常に強く残っっていることは間違いないわけですね。くどいようですけれども、片方でエネルギーの開発、石油の開発について、答申では三割台までレベルアップをしなさいと指摘をされた。資料を見ましても実際に輸入量——自主開発原油が日本に輸入された一番ボリュームの大きかったのは昭和四十三年です…