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自由民主党参議院
総発言数
6,413 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
—
直近の発言日
1952/06/18

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 内閣委員会86 件・86%
  • 予算委員会11 件・11%
  • 本会議3 件・3%

※ 全 6,413 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

6,413 件中 20 件を表示
自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 衆議院 外務委員会 第36号

○石原(幹)政府委員 これは先方にもいろいろ連絡をしておりますし、呉市の自治警等にも話もしているのでございまして、ただいまのお話、少し誇大な点もあるのではないかと思いますが、警察官の動き等について、逆な先方からの申入れもあつたこともあるくらいでございまして、相当警察官も動いていることとわれわれは考えております。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 衆議院 外務委員会 第36号

○石原(幹)政府委員 すでに外務省かつもいろいろ行つおりますし、その他法務府等からも出かけたこともあるのでございまして、その他は先ほどお答え申し上げたところで御了承願います。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 衆議院 外務委員会 第36号

○石原(幹)政府委員 これはアメリカ大使館に対しまして文書をもつて、あるいは口頭をもつて、たびたび今までお願いというか、連絡しているのでありますが、残念ながらまだ何ら具体的な指示がないのでございます。この問題は、帰島を熱願されております島の人々に対しまして、まことにお気の毒に存じておるのであります。今後ともさらに先方に折衝を続けまして、一日も早く帰島が相かないますように努力いたしたいと思います。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 衆議院 外務委員会 第36号

○石原(幹)政府委員 この問題は文部当局からお聞き願わぬと、ちよつとわれわれの方ではわかりかねます。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 衆議院 外務委員会 第36号

○石原(幹)政府委員 この問題につきましても、政府といたしましてはできるだけ要望に沿つて実現したいと思つております。独自に処理できるものは逐次これを実現しておりますし、米国側と交渉を要するものについてはその了解を得た上で、要望に沿うよう努力しております。すでに渡航手続も、出入国管理令等の改正によりまして、日本へ来ることは自由になつております。国旗の掲揚もプライヴエートには許されることになつております。交易関係あるいは教育、文化の全面的交…

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 衆議院 外務委員会 第36号

○石原(幹)政府委員 これは濠州の会社と日本の会社で、会社同士でいろいろ下交渉、打合せ等をやつておるようであります、われわれ正式には、これは濠州と漁業協定といいますか、漁業上の話ができるときにこれらの問題も解決される問題ではないかと思つております。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 衆議院 外務委員会 第36号

○石原(幹)政府委員 たしか本日の参議院の本会議においても、この決議案が上程されたことと思つておりますが、平和條約で義務づけられておるものも中にはあるかと思いますし、こういう問題はやはり順次加入して行くべき問題だろうと思つております。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 衆議院 外務委員会 第36号

○石原(幹)政府委員 海外移住の問題もできるだけ努力をしたいと思つております。神戸の移住斡旋所の整備もだんだんできて来ております。それから民間の移住関係の団体の統合等も大分進んで参つて来ておりまして、この問題は今後をも政府としても協力して参りたいと思います。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 参議院 外務委員会 第42号

○政府委員(石原幹市郎君) こらちが今回その抑止しておりまする地域は、従来日本側としては実績がないといいまするか、全然殆んど出漁していなかつた、或いは又商業的漁獲をやつてなかつた所でございます。で一方然らば日本側のほうでそういう区域を設ければ、これはそういうことができるのでありまするけれども、この問題について更にもう少し科学的技術的検討をしてからという考えでおりまするので、取りあえずはこちらばかりの抑止の形になつております。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 参議院 外務委員会 第42号

○政府委員(石原幹市郎君) 先ほど日本側だけが抑止の形になつているという工合に申上げたのでありますが、少しく足らなかつた点もございます。べーリング海におきましては日本とカナダが自発的抑止をやる、こういうことになつておるのであります。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 参議院 外務委員会 第42号

○政府委員(石原幹市郎君) これは先方の漁場はすでに長い間いろいろの統計なり科学的資料を以ちまして資源満限であり、又従来魚族の保護について十分の措置をとつておる、こういうことが三国のそれぞれの科学的専門家の委員会においても認められたわけであります。我がほうにおいても当然こういう問題をこれは議題にすることは勿論できるのでありますが、日本においても従来鮭鱒その他について孵化その他で魚族の保護はやつておりまするが、まだこの十分なる科学的統計資…

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 参議院 外務委員会 第42号

○政府委員(石原幹市郎君) これは只今ずつと話しのありました我がほうの地域にはアメリカ、カナダ等が漁業繰業の大体事例がないということと、いまいつは、こういう抑制区域を作つたり或いは暫定線にしろ、線を引くというようなことにつきましては、この十分な科学的、技術的の調査並びに資料に基いたものでなければ、将来又他国との間でこういう問題が起りました際に、漁業資源保護という立場からは結構でありまするが、むやみやたらにそこらに線を引かれたのではこれは…

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 参議院 外務委員会 第42号

○政府委員(石原幹市郎君) 私が最初申上げましたのは科学的、技術的調査資料に基いてやるんだということと、それから一つこれは私の説明で言落しておつたのでありますが、先方の繰業の事例がない、こういう二つのところから、日本のほうにおいては今回は抑制区域を設けなかつた。併しこれは将来互いの研究によりまして、或いは事情の変化等によつて、必要があり、いろいろの材料、資料、調査が整えば日本においても当然堂々と抑制区域を設けていいのであります。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 参議院 外務委員会 第42号

○政府委員(石原幹市郎君) これは私が先ほどからずつつと言つておりまするように、漁業操業の事実が例がないので、差当りその必要も感じなかつたということと、いま一つは、こういう抑制区域等を設けるに際しては、これは十分なる調査或いは科学的、技術的研究資料の結果でなければ互いに線を引き合つて、いろいろな主張を仕合うということになつた場合にはこれは非常に困るのであります。そういう二つの観点から、日本としては只今のところ抑制区域を直ちに設けるような…

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 参議院 外務委員会 第42号

○政府委員(石原幹市郎君) これはやはり公海自由の原則の確立と、それから漁業資源の保護、延いては公正なる社会的に漁業の発達を期するという意味の上からいたしまして、公正なる十分なる調査資料等に基いていろんなことをやらねばならぬと思います。私はやはりあとの説明も、考え方も必要であろうと思います。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 参議院 外務委員会 第42号

○政府委員(石原幹市郎君) 来てないからというので、むやみやたらにそこいらに線を引き廻されたんじや、私はこれはいかんと思います。私は先ほど来から申上げておる答弁以外に答弁で私の言うことはないのであります。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 参議院 外務委員会 第42号

○政府委員(石原幹市郎君) 来てないことは事実です。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 参議院 外務委員会 第42号

○政府委員(石原幹市郎君) 只今合同委員会等におきましても関係各省から専門家が出まして、それぞれ区域の決定等をやつておるわけでありますが、これはまあ原則的に、何回も申しておりまするように、この安全保障といいますか、駐留軍の駐留目的とそれから日本の経済、産業、国民に及ぼす影響等、十分比較勘案しまして、できるだけそういうことに害の及ばないような範囲においてこれを決定して行きたい。場合によりましては時を限る、時間を限るというようなことまでやつ…

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 参議院 外務委員会 第42号

○政府委員(石原幹市郎君) これは農林省、それから大蔵省、特別調達庁等にやはり関係すると思いまするので、後刻そういうところをよくお打合せを願いまして、可能な範囲において資料を出すことに申入れたいと思います。

自由党外務政務次官1952/06/18

第13回 参議院 外務委員会 第42号

○政府委員(石原幹市郎君) 一九四〇年をとつたということについて特別の政治的意図というものはございません。ただ一九四〇年というのは、日本が水産業において最も正常なる発達を遂げておつた時でありまして、日本の一番水産業として伸び切つておつた時、これを採用したようでございます。