田英夫
会議録に記録された「田英夫」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 4,074 件
- 直近の所属会派
- 社会民主党・護憲連合
- 直近の役職
- 会計検査院事務総局事務総長官房審議官
- 直近の発言日
- 1979/03/20
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛16 件
- 宇宙4 件
- 社会保障・年金2 件
- 住宅・不動産1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 憲法調査会31 件・31%
- 経済産業委員会28 件・28%
- 憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会16 件・16%
- 憲法調査会公聴会8 件・8%
- 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会6 件・6%
- 環境委員会5 件・5%
※ 全 4,074 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第87回 参議院 外務委員会 第7号
○田英夫君 柳谷さんも北京におられて、当時の玄駐北京大使はいま北朝鮮政府側の外交の非常に重要な地位にいるようでありますし、全く私の放言として、お答えいただく必要はありませんけれども、北京では韓国がいないという状況の中で日本大使館があり北朝鮮大使館がある。あるいはジュネーブとかストックホルムとか、あるいはニューヨークにはまさに国連に北朝鮮の人がいるという状況の中での接触ということが、これはもちろん表に出して公に宣言をしてやれることではない…
第87回 参議院 外務委員会 第3号
○田英夫君 ただいまの各委員との御質疑応答を伺いまして、中越問題についてはあえて御質問をいたしませんが、ただ、私の感想を一言で言えば、かつてベトナム戦争のさなかにベトナムを訪問したこともありますので、そうした当時のベトナムと現在のベトナムが大変変わったということを言わざるを得ないと思います。 なぜベトナムがカンボジアにあのような形で介入をするのは、また、なぜ中越国境で現在のような紛争が起こったのか、これをベトナムの側からしっかりとその変…
第87回 参議院 外務委員会 第3号
○田英夫君 私は帰国されてからの御本人と直接お会いしていろいろ当時の事情を伺ったわけですが、石井さんは、その後、ロッテホテルというところの一部屋に入れられて、昼間は入管事務所で、長時間入れかわり立ちかわり取り調べを受けるということで、主として韓国の朴体制批判側の人たちと会ったという問題について取り調べを受けたようでありますけれども、その間、一つの非常に重要な問題は、外部との接触を一切断たれ、御本人は、外務省、つまり大使館にそういう通告が…
第87回 参議院 外務委員会 第3号
○田英夫君 拘束されてから出るまで確かに七十六時間なんですが、外との連絡は六十時間断たれていたというのが事実です。 この問題は、従来からしばしばこの委員会でも私は取り上げてきた問題の一環だと思うんですけれども、最後に金浦空港から一方的に退去させられて、そのときに初めて前田一等書記官に空港で接触をすることができたというのが事実であります。
第87回 参議院 外務委員会 第3号
○田英夫君 この問題はひとつさらに詳しく調査をしていただかないと、韓国の問題は、従来からしばしばこういうことが起こってきて、一番近い国で、しかも日本人が一番多く訪問をする国でこういうことが起こっているということは非常に重大な問題であると思うんです。 この問題で一つ最後に御質問したいのは、石井さんは最後に所持品――ジャーナリストですから写真のフィルムなどは非常に重要なものですけれども、そういうものも一切没収をされてしまって返還をされていま…
第87回 参議院 外務委員会 第3号
○田英夫君 これは私一つの例としていま申し上げたんですけれども、外務大臣、田中委員からきょう朝鮮の統一の問題についても御質問があったようでありますけれども、いま確かに大きな国際情勢の変化の中で、朝鮮半島でも一つの変化の兆しが出ていることは事実だと思います。しかし、一九七二年にもいわゆる自主的平和統一の共同声明を双方で調印しながら、その直後の十月に、朴政権は逆にその精神を踏みにじるような維新体制というものをとって、現在まで結局統一への前進…
第87回 参議院 外務委員会 第3号
○田英夫君 もう一つ具体的に、宇都宮衆議院議員が韓国を訪問するということでビザを申請されたにもかかわらず、これが拒絶をされているということを伺いますが、この点については外務省はどういうふうに把握をしておられますか。
第87回 参議院 外務委員会 第3号
○田英夫君 金大中さんから私に、直接、電話の中で、ソウルを訪問してぜひ話し合いをしたいという申し入れが来ています。また、つい数日前には、人を介して、ぜひお会いしたいという伝言が来ておりまして、私自身もソウルを訪問して金大中さんとお会いをしたいという意思を持っているわけで、真剣に検討をしているわけでありますけれども、そういう中での問題であったのでいま伺ったわけですけれども、拒絶してきているわけではないといういまのお答えですから、われわれの…
第87回 参議院 外務委員会 第3号
○田英夫君 実は、これも昨日イランから脱出をしてきた人に会って直接話を聞いたのですけれども、おっしゃるとおり、大体二千数百名の日本人が残っているということを言っているんですけれども、その大部分は、テヘランではなくて、むしろいわゆるアバダンに近いバンダルシャープールというのですか、そこにいるのではないかというふうに言っておりましたが、この点はどういうふうに把握しておられますか。
第87回 参議院 外務委員会 第3号
○田英夫君 その現状というのは、身辺の危険ということで言って、どういうふうに把握しておられますか。
第87回 参議院 外務委員会 第3号
○田英夫君 私が会った人は、まさにその三井の系列の子会社で仕事をしていた人で、去る二月の四日にアバダンを経由してようやく脱出をしてきたということで最近日本に帰ってきたわけですけれども、その人の言葉によると、自分がバンダルシャープールを出るときには、三井系列の合弁会社の従業員のキャンプは軍によって守られていた、銃剣を持った軍によって守られていたということでありますが、その人の言葉によると、その直後に政権がひっくり返ったという形になって、軍…
第87回 参議院 外務委員会 第3号
○田英夫君 いまの食糧の問題ではバンダルシャープールの三井の合弁会社の従業員に関する限り、二千数百人残っている人たちに関する限り、二月一ぱいで食糧はなくなる、自分たちの手持ちの米その他の食糧はなくなるということを帰ってきた人は言っております。この点も含めてひとつ御検討をいただきたいと思います。 最後に、イランの情勢の背後にソ連の手があるというふうに感ぜざるを得ないのでありますけれども、今度の新しい政権というものが果たしてそういう背景を前…
第87回 参議院 外務委員会 第3号
○田英夫君 イランといい、ベトナムをめぐるインドシナの情勢といい、これが朝鮮半島に及んでくると大変さらに身近なことになるわけでありまして、ソ連の覇権的な行為という影をわれわれはやはり感ぜざるを得ないので、この点はもっと明快に私は政府としても外交姿勢の中で打ち出していただきたいし、ただ、だからと言って平和国家、平和外交を目指す日本が対決という姿勢はとるべきでないことは言うまでもないのでありまして、先ほどからの御論議の中で中越国境をめぐる問…
第85回 衆議院 決算委員会 第3号
○鎌田検査官 私、このたび検査官に就任いたしました鎌田でございます。 至って微力ではございますが、その職務の遂行に当たりましては、一段と決意を新たにいたしまして努力してまいる所存でございます。今後とも一層の御指導、御鞭撻をお願いする次第でございます。ありがとうございました。(拍手) ————◇—————
第85回 参議院 決算委員会 閉会後第1号
○検査官(鎌田英夫君) 私、このたび検査官に任命されました鎌田でございます。 至って微力でございまするけれども、その職務の遂行に当たりまして、一段と決意を新たにいたしまして誠心誠意努力してまいる覚悟でございます。何とぞ一層の御指導と御鞭撻をお願い申し上げる次第でございます。 ありがとうございました。
第85回 参議院 外務委員会 第4号
○田英夫君 私は、まず長い間の懸案であった日中平和友好条約の締結について、外務大臣がいろいろな困難を乗り越えて決断をされ、締結に踏み切られたということに対して心から敬意を表したいと思います。 先ほどから各党、各委員の御質問、そして政府側の御答弁を伺っておりまして、大変批評家めいた言い方で恐縮でありますけれども、それぞれの党あるいは委員の皆さんのいわば国際情勢といいますか、あるいは人類社会の現状といいますか、そういうものについてのお考えあ…
第85回 参議院 外務委員会 第4号
○田英夫君 ひとつこれは、外務大臣として日本の外交を預かっておられるお立場からの御認識を伺いたいのでありますが、日本は一九五二年のサンフランシスコ平和条約というもので一つの大きな方向を定めたわけでありますけれども、いま和田委員は第一の選択と言われましたが、私もそのとおりであろうと思います。そこで、当時はいわゆる東西対立、冷戦構造という国際情勢の中で西側の陣営、つまり自由陣営、アメリカの陣営を日本が選択をした、こういうことになると思います…
第85回 参議院 外務委員会 第4号
○田英夫君 こういう考え方に同意をしていただけるかどうか伺いたいんです。つまりサンフランシスコ平和条約を締結した当時の国際情勢は、先ほど申し上げたとおり冷戦構造であった。東西対立であった。イデオロギーの対立で世界は動いていた。しかし現在はきわめて複雑であって、中ソの対立ということが一つの大きな焦点であるということでもあらわれているとおり、全く違った国際情勢になっているということ。したがって、いま大臣が言われたこととは違って、東西間の共存…
第85回 参議院 外務委員会 第4号
○田英夫君 いま日米安保条約というものも一方でそのまま存在をする、同時に日中平和友好条約というものがここで結ばれた。けさからも実はこれが両立するのかしないのかという御議論もありました。しかし、現実にここに政府はその両方を選択をされ、事実としてその二つの条約が存在をする。こういうことは東西対立、冷戦構造という状況の中ではあり得ないことですね。あり得なかったことですよ。それが結べるようになった。同時に、やはりアメリカの変化ということもけさか…
第85回 参議院 外務委員会 第4号
○田英夫君 こういう言い方をした人がいるんです。これはいわゆる革新勢力と言われる側の人ですけれども、いまベトナムとカンボジアが相戦っているということをとらえて、全く不思議なことが起こってきている、かつてともにアメリカの侵略に対して戦ったその両国がいまここで相争っているのは一体なぜだろうか、こう私に質問をした人がおります。この人は、失礼ながら、それは先ほどから私が申し上げているような国際情勢の大きな変化というものをとらえられないで、依然と…