灘尾弘吉
会議録に記録された「灘尾弘吉」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 5,797 件
- 直近の所属会派
- 無所属
- 直近の役職
- 議長
- 直近の発言日
- 1957/02/13
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 社会保障・年金71 件
- 宇宙6 件
- 労働・賃金1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 本会議100 件・100%
※ 全 5,797 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 私は従来の選考委員に御指摘のような欠陥があったとも、実は考えません。またこれは選考することでありますので、外から見るとまたいろいろ批判も出てくると思いますけれども、もちろん慎重におやりになったことと思うのであります。しかしただいま佐藤君の仰せになりましたようなことは、十分心すべきことと存ずるのであります。将来文化勲章の選考に当りましては、さような心持をもって——これは私が選考委員会に干渉するわけに参りません。参りませんけ…
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 この間の場合におきましても、私は日にちがあれば選考委員会に一度お諮りしたい、こういうように考えておりましたが、何さまあの場合でございますので、私といたしましては、これはどうしても文化勲章を差し上げるのにふさわしい人だと私は考えまして、その手続を進めたような次第でございます。今後の問題につきましては、先ほども申し上げましたように、佐藤君の心持は十分わかるような気持もいたしますから、この点を頭に置きまして制度の運用をはかって…
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 学校と紀元節の関係についてのお尋ねのように伺ったのであります。この問題については格別の指導はいたしておりません。
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 私は建国を記念する日を国民が自発的に祝おうということについては、かれこれ申すべきことではないと思うのであります。ただ学校を使って式をやるとか、何か特別の行事をするとかいうような場合におきましては、これは学校教育に妨げのない範囲内においてやるべきものじゃなかろうか、そういうふうに考えております。
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 私はこの建国を祝うといいますか、そういうふうな事柄につきましては、あくまでも国民の中の自発的な動きによって行わるべきものと考えております。今日の場合政府として、あるいは文部省として、紀元節を祝えとか祝うなというふうなことを言うつもりはございません。ただ本来学校教育の目的とし理想とするところがあるはずであります。これと全く相反するがごとき行き方のものにつきましては、これは好ましくないと申さなければなりませんけれども、そうで…
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 この問題につきましては、政府といたしましては別に統一した意思の決定をいたしたことはございません。従ってただいまお答え申し上げますことは、これは私の意見、こういうふうに一つお聞きとりを願います。私はただ今日考えておりますことは、国民が国の紀元を祝うといいますか、そういう日を設けまして、国の紀元なり、あるいは現在なり、あるいは国の将来なりという問題を心に新たにするというようなことは、これはけっこうなことだと思っております。従…
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 先ほどお答え申しましたような気持でございますので、私は、この紀元を祝う日は、結局国民の多数の方々のお気持によって決せらるべきものだと考えます。私一個の考えといたしましては、二月十一日で少しも差しつかえないと思います。
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 私は、今も申しましたように、必ず二月十一日でなければならぬというふうな考えを持っておるわけじゃございません。先ほど申しましたように、国民の方々が、この日が適当だというふうに、多数の方が別の日を適当とお考えになれば、それでおきめになってもけっこうだと思っております。ただ私自身の気持を申し上げますれば、別に二月十一日で差しつかえないじゃないかという意味で申し上げたわけであります。決して固執するとかなんとかいう意味ではございま…
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 私としては、そういうふうに考えております。
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 この問題は、私はあくまでも国民の機運がそこに盛り上ってくる、国民多数の考えに従って結論を見出すべきではないかと考えておる次第であります。政府の方から、どうするこうするというような態度をとることは、これは好ましくないと思います。そういうふうな意味合いにおきまして、これを法律に入れるというようなことになりますれば、前の祝日をきめました法律が議員立法でありましたごとく、やはり国会方面において十分御検討の上でおきめを願った方がよ…
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 党の方でそういうふうな検討をいたしておることは私も承知いたしております。しかし、格別あらたまって相談は受けたことはございません。私は、この問題はどこまでも党と党の方で十分検討いたしますると同時に、自民党の方で、社会党の方にお話があったようにも聞いておりますが、十分一つお話し合いを遂げていただきたい、かように思っておる次第でございます。
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 この問題については、政府といたしましては、別に国民の世論に訴えようというような考えも持っておりません。私は、やはり今日の場合、二大政党がここにできておる。自民党並びに社会党、この皆さんの間でよろしいということになれば、これは私は国民の世論を代表しておるものと考えてよいのじゃないかと思っております。
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 この問題は、私がお答え申し上げるのは必ずしも適当でないと思います。党の方で考えるべき問題であるかと思うのでありますが、私といたしましては、自民党と社会党とほんとうに気持が一致して、そこでこういうものはきめていただきたいと、かように念願いたしております。
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 私は学者でございませんので、歴史上の学問的のことを申し上げる力はございませんけれども、私の理解するところによりましても、日本の二月十一日というものが、いわゆる歴史上の事実として確実であるかないかということになりますれば、これはわからないと申し上げるより以外ないと思います。ただ長い間これでずっと国の紀元を祝う日をやってきておるわけであります。私自身といたしましては、この日で適当だと思っておりますし、国民の多数の人がこれでい…
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 私の考えるところによりますれば、二月十一日というものはいわば伝説の話であろうと考えております。そういう伝説があるということは、これは私は事実だと思います。その意味におきまして、学校教育においても適当に話をしていただくということでよろしいのじゃないか、さように考えております。
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 これが学問的に間違いのないところだというふうな証明があれば別であります。しかしおそらく今日どなたも、その時代のことははっきりしたことはわからないということであります。ただわれわれ民族の伝説としてこの日がある、従いましてそういう意味で伝説を話していただくということで何も差しつかえない、かように考えております。
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 私はこの問題につきましては、自民党におきましても十分慎重に検討していただきたいと思っております。お話の御趣旨につきましては承わっておきます。
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 この問題は決して小さい問題とは思っておりません。ことに紀元節というものの取扱いが国の今日の基本に触れてくるという扱いになって参りますると、これは重要な問題と申さざるを得ないのであります。しかし一面におきまして、国民の自由なる動きというものにかれこれとまた政府が口を入れるべきものでもない、その動きいかん、これが非常に妙な方向に進んでいく、あるいは妙な祝日が設定せられるということになれば、お互いに真剣に考えなければならぬ問題…
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 個々の場合をとらえてみませんと、一がいに申されぬと思います。が、私は、これをやることによって必ずしも民主主義に害になるとは思っておりません。
第26回 衆議院 文教委員会 第4号
○灘尾国務大臣 日本の歴史はいろいろな過程を経てここまで参っておるわけであります。私どもは、歴史をもとへ戻すという考えは毛頭ない、さらに将来の発展ということを考えて参らなくてはならぬと思うのであります。従ってこの紀元節というものか、昔通りの、かつてわれわれの子供のときにありましたあの紀元節に戻すということでありますれば、これは問題でありましょう。しかしながら民主主義の時代におきましても、私は国という問題についてはむろん国民全般が常に思い…