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無所属副議長衆議院
総発言数
3,800
直近の所属会派
無所属
直近の役職
副議長
直近の発言日
1978/10/18

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 本会議63 件・63%
  • 予算委員会23 件・23%
  • 行政改革に関する特別委員会10 件・10%
  • 社会保障と税の一体改革に関する特別委員会3 件・3%
  • 憲法調査会1 件・1%

※ 全 3,800 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,800 20 を表示
自由民主党1978/10/18

85衆議院 文教委員会 第2号

○渡部(恒)委員長代理 わかりました。

自由民主党1977/03/23

80衆議院 文教委員会 第7号

○渡部(恒)委員 私は、自由民主党、日本社会党、公明党・国民会議、民社党、日本共産党・革新共同及び新自由クラブを代表して、ただいまの法律案に対し附帯決議を付すべしとの動議を提出いたします。 まず、案文を朗読いたします。 国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 政府は、大学入試の改善が今日の国民的な課題となつていることにかんがみ、大学の立場を尊重しながら、国民各層の要請に応えて、その解決に最…

自由民主党1976/12/30

80衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第1号

○渡部(恒)委員 動議を提出いたします。 委員長の互選は、投票によらないで、原健三郎君を委員長に推薦いたしたいと存じます。

自由民主党文部政務次官1976/10/20

78衆議院 文教委員会 第3号

○渡部(恒)政府委員 去る九月二十日、文部政務次官に就任をいたしまして、その重い責任を痛切に感じております。特に私は大臣以下の文部省の中で、たった一人の国民から選ばれた議会人であり、政党人でありますから、国民の皆さん方の広い意見、またそれぞれ国民を代表する政党の皆さん、議会の皆さん方との連絡を密接にして、先生方の御意見を十分に文部行政に反映させる。ただいまも受田先生の御意見を、また大臣との質疑を承っておりまして心に感銘する点も多かったの…

自由民主党文部政務次官1976/10/20

78衆議院 文教委員会 第3号

○渡部(恒)政府委員 はい。政務次官の任務はいま受田先生からお話しのありましたように、国家行政組織法の第十七条に「政務次官は、その機関の長たる大臣を助け、政策及び企画に参画し、政務を処理し、並びにあらかじめその機関の長たる大臣の命を受けて大臣不在の場合その職務を代行する。」と出ておりますが、永井文部大臣を十分に補佐してまいりたいと思います。

自由民主党文部政務次官1976/10/20

78衆議院 文教委員会 第3号

○渡部(恒)政府委員 その点私も前から考えておったのですが、「大臣不在の場合」ということになりますと、日本の国から外国に大臣が出張しておられる場合、これは明らかに大臣不在ということになるのですが、そのときは閣議において、政務次官が大臣代理にならないで、他の各省の大臣の方が大臣になりますから、そのときは大臣不在の場合の代理と法律的にはならないわけでありますから、私はそういう意味で政務次官盲腸説などというのも出てくるのではないかと思いますけ…

自由民主党文部政務次官1976/10/20

78衆議院 文教委員会 第3号

○渡部(恒)政府委員 大変貴重な御意見をちょうだいいたしましたが、私ども、いままで常識的に考えておりましたのは、先ほども申し上げたように、海外に大臣が出張されたり、あるいは特別に病気でお休みになって他の閣僚中から臨時代理が出ておる場合はそれでよろしいのでありますが、そういうことでなくて、いも受田先生がおっしゃいましたように、大臣が国内で旅行中であるとかお休みである場合は当然大臣にかわる最高責任者がおらなければなりませんが、それは政務次官…

自由民主党文部政務次官1976/10/20

78衆議院 文教委員会 第3号

○渡部(恒)政府委員 受田先生から大変りっぱな御意見をちょうだいいたしまして、私どもも改めて政務次官の任務の重さをいま思い知らされたわけであります。これからは自信を持って文部行政推進に当たって事務次官以下を指示してまいりたいと思います。ありがとうございました。

自由民主党文部政務次官1976/10/20

78衆議院 文教委員会 第3号

○渡部(恒)政府委員 就任後全部私のところに来ておるというふうに私は解釈しております。私の知らないところで別なのが行っておればあれですが、前任者等の話も聞いておりましたが、文部省は特に政務次官を非常に尊重し、大事にしてくれるところです。私は他の役所の政務次官の経験もありますが、文部省においては政務次官を非常に尊重し、よく相談をしてくれております。

自由民主党文部政務次官1976/10/20

78衆議院 文教委員会 第3号

○渡部(恒)政府委員 大変どうもありがとうございました。

自由民主党文部政務次官1976/10/14

78参議院 文教委員会 第2号

○政府委員(渡部恒三君) 過ぐる九月二十日付もって文部政務次官を拝命した渡部恒三であります。 先生方の意を体して、りっぱな文部行政の推進に努力してまいりますので、温かい御指導をお願いいたします。(拍手)

自由民主党文部政務次官1976/10/08

78衆議院 文教委員会 第1号

○渡部(恒)政府委員 去る九月二十日、文部政務次官を拝命した渡部恒三であります。 まことにふつつか者でありますが、文教委員の先生方の意を体してりっぱな文部行政の確立のために全力を尽くしたいと思いますので、先生方の温かい御指導をお願いしてごあいさつといたします。(拍手)

自由民主党1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○渡部(恒)委員 時間がなくなってしまったので、質問を先にはしょって申し上げます。 いま松永君からずっと経過あったのですけれども、専門的なことでなくて、素朴な国民の立場を考えますと、いまのあなたの経過をずっと聞いておりますと、とにかく全日空の大庭社長といろいろな連絡をとって、製造番号まで押さえてダグラス社に全日空に納めるための飛行機をつくらせて、納める準備をしてきたということですね。そうして、それがオプションがあったかないかということに…

自由民主党1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○渡部(恒)委員 急いで申し上げます。 世上の問題はオプションがあったかなかったかということなんですが、いまの証人の話を聞くと、二つに考えられるんですね。片方の面で考えれば、あなたの方で全日空とのいろいろなオプション契約が完全に完備してなかったために取りやめられても文句が言えなかったという考え方、いまもう一つは、何かいろいろな長く商売していくための、やはりここではいろいろ文句は不服はあるけれども、しかしここで文句を言うよりは、長い先の商…

自由民主党1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○渡部(恒)委員 最後にもう一問。 そうすると、全日空が、世上よく言われるロッキードの逆転ということで、トライスター購入に決まったのが四十七年の秋だというふうに言われておりますね。ところが、あなたの方で製造番号を押さえてダグラスさんにつくらせておる飛行機が、トルコ航空それから英国航空、これにもうすでに四十七年十月ごろ売り込みに成功しているのですね。これはさすがは三井物産、ぱっといった。しかし、飛行機が一日か二日で、きのう断念したからあし…

自由民主党1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○渡部(恒)委員 終わります。

自由民主党1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○渡部(恒)委員 証人に最初にお尋ねしますが、昭和四十四年の一月、証人は日本航空においてどういう地位にあられ、あるいはどういう職務を担当しておられたか。その後、四十六年社長に就任されるまでの担当職務、地位をお教えいただきたいと思います。

自由民主党1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○渡部(恒)委員 昭和四十四年一月専務取締役、その後副社長、社長ということですから、昭和四十四年一月当時から日本航空における重要な問題はあなたは御承知しておるものというふうに考えてお尋ねをしたいと思います。 昭和四十四年の一月、日本航空はエアバス導入の検討を開始したと伝えられておりますが、この当時考えられておった機種は何であったか、お答えいただきます。

自由民主党1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○渡部(恒)委員 ずばり核心に触れる御質問をしますが、あなたは児玉譽士夫を知っておりますか。

自由民主党1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○渡部(恒)委員 昭和四十四年一月に児玉譽士夫がロッキード社との間において秘密コンサルトの契約を結んだということ、この事実を知っておりますか。