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日本社会党衆議院
総発言数
8,950
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1966/06/08

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 内閣委員会82 件・82%
  • 災害対策特別委員会18 件・18%

※ 全 8,950 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

8,950 20 を表示
日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 資料を持たなければ答弁のできないのはあたりまえです。国会に呼ばれたら、資料を持ってくるのがあたりまえだと思います。資料を取り寄せてもらえますか。恩給法の関係は資料がきてから御質問いたしますけれども、援護法によるものの中でも、大体全体から見ると非常に少ないのですが、三千余り却下されているのがありますね。この原因はどういうところにありますか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 それでは、さっきの申請と裁定の間の差というのは、大体三千何件は裁定まで至らずに却下されているわけですね。最初の数字二百二十六万六千百三十一件のうち裁定されたものは二百二十六万三千三百三十四件、こう言っておりますが、この間の三千余件はどういう理由で却下されたのか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 退職後のケースとしてかなり多い数があるというのですが、これは法的にはどういう趣旨からきたわけなんですか。まあこれは退職後にせよ、すぐなくなっても同じようなことになるのですが、そこのところはどうですか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 つまり簡単に申しますと、戦争が原因じゃない傷病というふうに理解できるわけですね。戦争が病気の原因になったかならないかは、非常に疑わしい点が出てくると思うのです。たとえば精神病なんかの場合です。これは、初めは相当軽くて、ちょっと変わってるのか気違いかわからないし、だんだん大きくなってきて、やはり気違いになったという例もないわけじゃない。これは私も実例を見ておりますけれども、こういうことは何か救済の道はないのですか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 それは戦争から帰って十年たってから、屋根から落ちて死んだとか、あるいははっきりチフスで死んだとかいうのは問題にならぬと思うのですが、病気の種類によっては非常に疑わしい点がありますね。これはあなたのほうで却下をしましても、本人としては、なかなかあきらめかねることがたびたびあるだろうと思うのですが、この救済法ですね。これまたこまかい手続の問題でございますが、どういう道が開かれているか、最終的の段階までお話し願いたいと思うのです。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 再審請求があって、その要求がまた復活したという例は、どれくらいのパーセントを占めておりますか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 残った七〇%のうち、行政訴訟までいっているのは何%ありますか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 あとの、ごく数は少ないのですが、死因関係でない行政訴訟の理由というものは一体何ですか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 この病気についてはなおまたお聞きしたいことがありますけれども、たとえば死んだ場所がはっきりしないとか、午前中河野先生のお話もいろいろ聞いておりましたけれども、どうも死んだ場合は特にそうです。戦争に行っている間の事情が不明確だというような事例が原因になって却下されている例はどのくらいあるんですか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 しかし、病気は、大体病名によって区別はできているんじゃないですか。戦争に最も関係のあるものとか、あるいは潜伏期間が長いものとかいうふうに、これは疑わしいことがあるかもしれませんけれども、罪のほうでは疑わしきは罰せずかもしれませんが、援護は疑わしいものは援護してやらなければならないものだと私は思う。そうしますと、これは可能性のある病気と、初めから見込みのない病気とは、病気によって大体わかりそうなものですが、そういう区別はないの…

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 死傷の場合は、戦争に行くのがいやで指を切ったというような例もあるかもしれませんが、めったにないことなんで、これは大体争いはないだろうと思いますけれども、病気の場合は、非常にデリケートな問題が出てくるだろうと思います。特に私がこの前から具体的な例でお話ししてまいりましたらいの問題、これはあなたのほうでは援護の中に入るのだと御答弁で言っているわけでありますが、いまでもそのとおりでしょうね。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 大体援護局のほうでは、何年ぐらいの潜伏期を標準にしてやっておるのですか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 それではひとつ恩給局にお聞きしたいのですが、恩給局のほうでは、援護局から回っていった書類が恩給局の段階で却下されたものは何%ぐらいありますか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 この棄却のおもなる理由はどういう理由なんですか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 これは恩給局としても、大体援護局と方針を同じにしておるのでしょうね。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 率直に申し上げますが、私は、らいの取り扱いについて、恩給局と援護局が若干違っているのじゃないかと思うのです。というのは、ここに実際の書類を持ってきていますが、これはこの前に私、質問いたしました松丘保養園の中田常藏という人の書類なんです。ごく最近のものです。これは昭和四十一年三月十四日付で内閣総理大臣から裁決がされているわけなんです。相当長い間、これはいろいろあなたのほうに再審の請求もあったし、事情もいっている事実なんです。こ…

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 戦場におけるらいの状態というものはおわかりだろうと思いますが、日本における管理のようには、いっておりません。満州でも、中国でも、あるいは南シナのほうはもっとひどいのですがね。それでいま援護局のほうでは、潜伏期間も五年ないし十数年あると言っていますが、これは入院したのが昭和二十九年でしょう。はっきりらいとわかったのが二十九年ですね。それは戦争と直接の関係はないかもしれませんが、援護局のほうでは、らいについては認めているわけです…

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 厚生省のほうに伺いますが、 いま言ったような恩給局の方針で、らいについて援護法による却下を行なった例はありますか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 恩給局のほうでは、らいに関しての扱いはこのほかに何件ぐらいあったんですか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○淡谷委員 いやいや、らいの人に支給している例、もしくはこれを却下した事例はほかにありますか。らいに関してお聞きしているのです。