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日本維新の会衆議院
総発言数
7,084
直近の所属会派
日本維新の会
直近の役職
直近の発言日
1966/06/08

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 厚生労働委員会54 件・54%
  • 災害対策特別委員会31 件・31%
  • 内閣委員会15 件・15%

※ 全 7,084 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

7,084 20 を表示
日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 いま十万というような数字を示されましたが、それはほんとうの遺骨ですか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 それならば、私は具体的な事例を引き出しますから明らかにしていただきたい。私のところも義弟の遺骨をいただきました。何も入っていませんよ。それをあなた、国会の席上において、十万の遺骨を持ち帰ったなんて言えますか。私の義弟の遺骨箱の中には何も入っていませんよ。あなたが国会の席上において、私の質問をかわすために十万の遺骨を持ち帰ったというようなことを言われるのならば、私はもう多くを言いません、この遺骨の問題一つを解決してくださ…

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 そうしますと、遺家族に対してはどういう区分がしてありますか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 いまそれぞれ慰霊団が参りまして遺骨を二千五百体収集いたしましても、だれの遺骨かということは明らかになりませんよ。そうでしょう。そうすると、そういう遺骨というものは一体どういう処理がなされるのですか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 そうしますと、十万近い遺骨が持ち帰られたというのは、これはすべてだれの遺骨だということが明らかになったものが十万近くあるということですか。そういうふうに理解していいですね。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 その十万近い遺骨は主としてどの時点で帰ってきたか、ひとつその年次を明らかにしていただきたい。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 二十一年の春までに送還された遺骨というものは九万二千体あるということですが、それならば、二十一年の春までその遺骨というものはどこに安置されていましたか。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 二十一年春までに持ち帰られたということでしょう。そうしますと、それは十八年もある、十七年もあるということでしょう。そうしますと、年次的にいって——フィリピンで非常に戦争状態が激化してからが問題だったのです。だから、遺骨も大部分はその時点だと私どもは思うのです。ところが、私も軍医で参加しておりますので実情をよく知っているんですよ。ですから、フィリピンでの戦没者があるとするならば、それはもう終戦末期のことですね。おそらく、…

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 それならば、少なくとも日本とフィリピンの戦線との間に交通が可能であった時点と、交通がとだえて全然交通が不能になった時点があると私は思うのです。おそらく終戦の半年かそれ前後から、ほとんどフィリピンとの交通はなかったと思うのです。その時点を区分してどの程度か、ひとつ明らかにしていただきたいと思います。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 数は要りません。大体何万だとか何千だという数字くらいはおわかりだと思うのです。ですから、大体の数字をお示しいただきたい。十万という数字ですから、大体のことはわかるでしょう。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 大体でけっこうですから言ってください。交通がとだえてから以前と以後、大体何十%、五割、六割でもいいから言いなさい。十万という数字だから言えるはずです。

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 はっきり申し上げますが、あなたのおっしゃっている答えには非常にごまかしがあるわけですよ。というのは、私は率直に言って、現地に今日二十数年間朽ち果てておる遺骨がどれだけ帰ってきたかということをここで究明しておるわけです。あなたが原隊とか府県とかおっしゃっておるのは、内地に残していったつめとか頭髪とか、そういうものを返しているんですね。そういうものも遺骨になっているわけですよ。だから、そういうものも合わせて九万体と言うんじ…

日本社会党1966/06/08

51衆議院 社会労働委員会 第44号

○河野(正)委員 私どもがいろいろ御指摘申し上げました心情というものは、大臣もよく御理解いただいたと思うのです。ぜひそういう方向で事務当局を叱咤激励していただいて、少なくともこういう終戦処理というものが完ぺきに、迅速に行なわれるようにひとつ御配慮願いたい。 韓国の問題、私はたくさん資料を持っておる。これは幾ら事務当局がごまかされても、反論するだけの材料を持っておる。私も長いこと戦争に参りました。私は軍医で行ったわけですけれども、せめてこ…

日本社会党1966/06/02

51衆議院 社会労働委員会 第42号

○河野(正)委員 ただいま議題となっております戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部改正並びに戦傷病者等の妻に対する特別給付金支給法、これらの法案についてお尋ねを申し上げるわけでございますが、私は、まずもってこの法案の審議に入るに先立ちまして、われわれの立場というものを明らかにしておきたいと思うのでございます。 それは、いま提案をされております援護関係法というものは、御承知のように、毎年毎年の国会で、次々とその処遇の範囲や適用の拡大等の改善…

日本社会党1966/06/02

51衆議院 社会労働委員会 第42号

○河野(正)委員 いま大臣からお答えを願ったわけですが、私どもも、この戦傷病者あるいは戦没者遺族援護法、あるいはまた、戦傷病者の妻に対する特別給付金の法案というものが、前進した前向きの法案であるということについて否定するものではございません。しかし、ただ、いま一点私どもが承服できないのは、大臣のおことばにありました大幅な改善をされた、こういうことばがあったわけでございますけれども、そういう心がまえでは困るのであって、私どもは前進したこと…

日本社会党1966/06/02

51衆議院 社会労働委員会 第42号

○河野(正)委員 部分的にということでございますならば、私どもも了承するにやぶさかでございません。しかし、今回、私どもはもう戦後二十年余の歳月を経たのでございますから、したがって、この援護問題についてはもう根本的に解決してもらいたい、こういう切なる願いがございます。戦争のつめあとというものは、もうこの段階で払拭をするということも当然必要な点であろうと思うのでございます。そういうことで、私どもも、この大幅ということは、援護関係法全般につい…

日本社会党1966/06/02

51衆議院 社会労働委員会 第42号

○河野(正)委員 この問題は、問題点が非常に多いので一つにこだわりますとなかなか前進いたしませんので、いずれいまの点については、後ほど具体的の事例を出してお尋ねを申し上げてみたいと考えております。 そこで、基本的態度としては、やはり今日の日本の経済情勢、社会情勢に見合うと申しますか、そういう情勢に対応する形での改善というものをやっていただきたい。このことについては若干大臣からもそういう意味での御見解がございましたから、さらに話を進めてま…

日本社会党1966/06/02

51衆議院 社会労働委員会 第42号

○河野(正)委員 いま四十一年四月一日現在の未帰還者の実情についての御報告があった。私どもがいただいております厚生白書によりまする資料というものは、この未帰還者の総数というものは六千百四十五名でございます。そこで、この一、二年になろうと思いますが、この間に八百五十八名の方々の整理ができた、こういうことになると思うのです。そこで、そういう八百五十八名の中身がどういう状態であるのか、それをひとつ明らかにしていただきたい。

日本社会党1966/06/02

51衆議院 社会労働委員会 第42号

○河野(正)委員 そこで、戦時死亡宣告ということになりますと、これは遺家族が承認されたということであって、その消息が明らかになったということではないと思うのです。必ずしもそうではないと思うのです。だから、そういう形での整理というのは、私どももちょっと納得できないと思うのです。実際調査を依頼した、その結果死亡いたしました、その結果どうでした、こういうことで八百五十八名が整理されたというなら、私どもも了承するにやぶさかでございません。ところ…

日本社会党1966/06/02

51衆議院 社会労働委員会 第42号

○河野(正)委員 こちらがお尋ねしますと、非常にきれいなことばでお答えになるわけですけれども、私がなぜこういう点をいろいろ追及するかといいますと、今日まで実際の戦死である、戦病死であるというふうな報告を受けておりながら、実際には実態の調査というものは全然行なわれぬのですよ。私の肉身にもおるのです。私と同じ戦地に行って、同じところで頭部貫通銃創で死んだという、戦死の公報が出ておる。それならば一体実態というのはどうだということで厚生省で調べ…