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日本維新の会衆議院
総発言数
7,084
直近の所属会派
日本維新の会
直近の役職
直近の発言日
1969/04/24

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 厚生労働委員会54 件・54%
  • 災害対策特別委員会31 件・31%
  • 内閣委員会15 件・15%

※ 全 7,084 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

7,084 20 を表示
日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 新しく把握ができた二百八十七名、それからいろいろ死亡宣告あるいは失踪、そういった方々が四百五十三。ただこの中で特に目立ちますのは、北朝鮮については一年間でふえておるわけですね。他については、差し引きいたしましても大体減少しておる。ただ、北朝鮮については減少じゃなくてふえておる、こういう特色がございますが、これは一体どういう理由なのか、お聞かせいただきたい。

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 数にしては四ということですけれども、差し引きの四ですからね。ですから、調査の結果減少をしておらなければならぬ数字もあるわけです。にもかかわらず、ふえておるわけですから、単に四名というふうに理解するわけにいかぬと思うのです。 そこで、数字はたとえ四名でございましても、やはりこれは一人一人のとうとい生命の問題でございますし、人格の問題でございますから、そう簡単に、一人でも二人でも誤差があってよろしいということじゃないと思う…

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 どうも政府に誠意がないと私どもが言いますのは、私どもですら、このヨシカワさんの遺家族の立場に立っていろいろ案じておるわけです。これがフィリピンの議会の上院で問題になりましたのは、昨年の四月のことですね。私はその当時からこれに注目をして、一度ぜひひとつこの実態というものを明らかにしてもらいたい、こういうことを考えておったわけです。ところが、いまここで私どもが指摘したから初めて外務省が調査するでは、どうも私は政府として、こ…

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 たとえ一名の元軍人、軍属、あるいは市民であっても、やはりそれは一名だからというような簡単な気持ちで処理してもらっては、いつまでたっても私は終戦は来たさないと思うのです。ですから、ここでいろいろ文句を言うのが目的じゃございません。遺家族の立場で、おそらくヨシカワという方に関係のある人は、一体どうだろうかというようなことでいろいろと憂慮され、また関心を持っておられると思うのです。特に私は、私自身もフィリピンへ行っておりまし…

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 私どもの承知するところによりますと、四十三年は、前年度でございますけれども、前年度にはフィリピン、ルソンの遺骨収集を行なう、こういうことが計画されてまいったわけです。そのルソンの遺骨収集と、このルソン沖でいま発見をされました重巡洋艦「熊野」の遺骨、この関連はどうなっておるのか。四十三年には、フィリピンの遺骨収集をするといわれておる。しかも昨年の十二月には、このフィリピン沖に沈没いたしております「熊野」に、たくさんの遺骨…

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 いま厚生省のお答えを聞きますと、一つには外交上の問題と申しますか、いわゆる所有権の問題等があって、それが障害になっておるということでございますが、それならば外務省はフィリピン政府に対して、いままでどういう交渉をやっていただいたのか、その間の経緯について御報告を願いたいと思う。

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 それでは外務省は、どういう調査依頼をフィリピン政府にやられて、フィリピン政府がどういうことを言っておるのか、その間の経過をひとつ御報告願いたい。

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 返答がなければ、なぜ返答をされぬのか、督促せらるべきではないかと思うのです。もう半年になっているわけですからね。ですから、そういう手続をとられておるのかどうか。それでもなおフィリピン政府ががんとして答えないのかどうか。

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 そのフィリピン政府は何の調査をしておるのですか。

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 私どもこれは直接聞いたわけでございませんけれども、この「熊野」が沈没しております海底というものは、非常に浅い。浅いから、観光に行ったスキンダイバーがもぐって、そして遺骨を収集したと思うのです。ですから、そう技術的にむずかしいことではないと思うのです。技術的に非常にむずかしければ、これはある程度の時間をかけなければならぬと私ども了承することにやぶさかでないけれども、わずか水深十五メートル、こういうふうにいわれておるし、さ…

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 いま厚生大臣から、十分実態を踏まえて努力したいというようなお答えであったわけですけれども、私この際、厚生省の姿勢を正したいと思うのです。 というのは、なるほど私がいまここで指摘したらそういうお答えが出てきたわけですけれども、先ほどいろいろ申し上げましたように、重巡洋艦「熊野」の遺骨問題が問題となって、そして、それに対する政府の見解としては、陸上が先だ、とても海の中なんて手が及ばぬ、こういうことで手をつけられなかったとい…

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 いま厚生大臣が、総まとめでお答えいただいたような方針に改めて、ぜひひとつ努力をしていただきたいと思います。 そこで、約束の時間もおいおい迫ってまいりましたから、最後に前国会でも問題となりました満蒙開拓義勇隊に関しまする援護問題、これについてしぼって何点か簡単にお尋ねをして、そしてお答えをいただきたい、こういうように思います。 御案内のように、この満蒙開拓青年義勇隊の犠牲者に対します援護問題は、昨年の国会におきましても援…

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 懇談会の結論がぼつぼつ出るというようなことでは、昨年の院の附帯決議から非常に距離があり過ぎると思うのです。昨年の衆議院社会労働委員会におきます決議も、すみやかにやりなさい、また大臣もその方針に従ってすみやかに善処いたします、こういうお答えがあっておるわけですね。ですからこの際、やはりこの義勇隊員の援護法適用については大体いつごろやるんだ、こういう見通しくらい、一年たった今日ですから、お聞かせ願わなければ、これはまた今度…

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 それでは、次の国会までには善処されるというふうに理解してよろしいのかどうかですね。

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 そういうソ連参戦前の問題については、次の国会までに解決するということでございますから……。 次には、引き揚げた後に病状が悪化をする、これはもう御案内のような辺地でございますから、食べるものもない、あるいは気温というものが非常に下がって、肉体的にも非常に大きな障害を与えておる。ところが、引き揚げてまいりましても、軍人じゃないものですから、中隊長がおるとか、小隊長がおるとか、軍医がおるとかということがございません。そういう…

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 そうしますと、死亡された方についてはこれは当然援護措置が行なわれる、こういうことでございますか。

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 そこで、この点は私どもの要望でございますけれども、訓練生の場合は、内地に引き揚げてまいりましてなくなった際に、元軍人でございますと中隊長をさがしたり、小隊長をさがしたり、あるいは軍医をさがしたり、私どもずいぶん証明を書かされました。そういうことで事実証明書の作成というものがきわめて容易でございます。ところが開拓地の訓練生のごときは、そういう勤務に関連した一種の公務上の疾患によってという証明というものが、なかなかとりにく…

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 それでは次に、いまは主として義勇隊員、訓練生等について指摘をしましたが、もうすでに訓練期間を終えて開拓団員になっておる、あるいはまた家族で移住をいたしまして開拓民になっておるという方がおられるわけです。こういう方々はなるほど今日はかられてまいりました引き揚げ交付金、これが交付されておるわけですね。しかし一般の引き揚げ者と、開拓団員あるいは開拓民というものは、やはり本質的に性格が違うと思うのです。これは訓練生あるいは隊員…

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 そういうふうに、初めからこれは強制したものではないのだ、好きこのんで行ったかのような御発言でございますけれども、当時やっぱり政府の勧奨と申しますか、一つの国策として、彼らはやっぱり犠牲を甘んじて移住しておるわけですね。しかも、非常に山奥の中の辺地で苦労を重ねて、そのことが日本の政府の方針に沿うということで、やっぱり命を賭してがんばってきた。ですから、これは一獲千金を夢見た一般市民と違うと思うのです。これは本質的に違うと…

日本社会党1969/04/24

61衆議院 社会労働委員会 第13号

○河野(正)委員 ぜひひとつ再検討していただきたい。 この点は先ほど取り上げましたから一言でけっこうですが、やはり満蒙開拓義勇隊関係の遺骨も、これはなかなか辺地で収集がむずかしいものですからはかどっておらぬわけですが、満州国関係は軍人、軍属の場合も行っておりませんので、これだけ特にというわけにいかぬと思いますけれども、しかし、遺族の立場もございますから、この点についてもひとつぜひ努力をしてもらいたい。これは一言でけっこうです。