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文部大臣衆議院参議院
総発言数
2,189
直近の所属会派
直近の役職
文部大臣
直近の発言日
1975/03/17

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文教委員会53 件・53%
  • 内閣委員会27 件・27%
  • 外交・総合安全保障に関する調査特別委員会11 件・11%
  • 国民生活に関する調査会7 件・7%
  • 予算委員会2 件・2%

※ 全 2,189 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,189 20 を表示
文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) 確かに、いままでのテストが失敗いたしましたのにいろいろ理由があると思いますが、一つは、やはり共通テストなんていうものをつくると画一的になるんじゃないか、大学というのはそれぞれの大学に特色があって自治があるから、自分のところで問題をつくりたいという要求が非常に強いわけです。そこで、能研をやりました時期におきましても、大学側に能研に対する相当の抵抗がございました。私は実は当時大学におりましたから、この問題について議…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) なかなか文相個人の考えというのは言いにくいと思いますが、やはり文部大臣として申し上げるほかないと思いますが、アカデミーマップの問題は高等教育懇談会の方で御検討になっておられます。これは坂田文部大臣の時分に、坂田文部大臣が非常にこの問題に関心を持たれまして、日本の医学の将来分布図という報告書も出しておられます。当時は相当思い切って新学園都市をつくるというような考えもあったわけでございます。国土庁の方でも用地の確保…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) 御指摘のように、大学も千差万別でいろいろありますから、卒業した人にもう一回共通テストをするという方法ももちろん可能だと思います。そして資格を考える。ただ、高校から大学に入っていく段階の共通テストと、それから大学卒業のときの資格テストというのと、ちょっと性格が異なると思うんです。といいますのは、大学を出るときには相当いろいろな専門をやりまして、その専門家として立っていけるかどうかということを調べなければならないわ…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) 経済同友会には三月六日に参りました。経済同友会に教育問題委員会というものがございます。その教育問題委員会の二十人の方々と懇談をいたしました。学歴偏重の話だけではなくて、ほかにも青田買いの問題がございますから、こういうふうなものもやはり是正していただきたいということをお願いしたわけです。 学歴偏重の是正につきましては、実はもう質問書もつくってここにできているのですけれども、どういうことをお話ししたかと申しますと、…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) いまの御質問の点をもう少し詳しく。

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) 私は、いまの先生方というものを考えていく場合に、どの先生方がすぐれているかということが非常に簡単にわかって、そして単純に年功序列にならないということが起これば、非常にいいんだと思います。だから、先生方の仕事の場合に非常にむずかしい問題がありますのは、たとえばエンジニアあるいは新聞記者、そういうふうな職業などの場合には、相当職業的な業績というものが明確にあらわれてくるわけです。それに基づいての評価というものを行う…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) いまの問題なんですが、私は、明治時代以来の日本の大学の法学部というのは、やはり一つの歴史的役割を果たしたと思います。それはもう後発国家であって、そういう後発国家における法的な制度というものを整備いたしまして、そして、そういう制度のもとで国民の生活というものを充実していく。ところが、だんだん社会が高度に専門化してまいりますというと、そういうやり方だけでは問題が解決しないのは、いま経済計画を一つの例として挙げられま…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) いまの御指摘は、私非常に重要だと思いますのは、アメリカのハーレム・タリーブランドという人がアスペン研究所の人間の未来についての研究についての責任者であり、報告を出していますが、やはりテレビというものが悪用されるか善用されるかによって社会の将来が決まってくる。アメリカのような自由国の場合、テレビの悪影響というものが起こると、そういうことから将来非常に自分の国の運命が決まってくるんじゃないかということを書いておりま…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) 私は、教育の中立性ということが常に議論されておりますが、中立性との関連で大事なのは、どの人が何を主張しても、自分の言うことは絶対的真理であると、したがって、ほかの人の言うことは問題にならないという立場を捨てて、自分の言うことに何ほどかの理はあるけれども、あるいは耳を傾けると、その一部分は他の人の意見を聞いて修正しなきゃならないんじゃないかという、そういう立場というものが相互にかみ合ってくれば、一番実りあるものに…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) まあ私にいろいろなことをやってみたらどうかということで非常に励まされますけれども、さしあたって大学と産業界につきましては、先ほど申しました学歴の問題というものを中心に、私はパイプ役になっていきたいと思っています。 この産学協同の問題なんですが、これは過去の歴史を見ますというと、非常に密着したように見える場合と、それから大変反発してしまう場合と、そのどちらかがあるわけです。ところが、事実問題として考えますと、産と…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) 先ほど申し上げましたように、戦後学校が拡張をしたのですけれども、それこそノーベル賞受賞者のような人が出てこないというのはやはり問題だと思います。そこで具体的には、今度から大学院の制度を変えまして、博士課程修業年限五年というのを弾力化しまして、非常に才能のある人は三年間でもできるという制度を設けようとして、これを御審議願うことになっております。これは大学院レベルでありますが、しかし、英才とか天才とか、そういう人は…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) いまのことについてお答えを申し上げますと、去年ぐらいまではもう一つ議論があったのは、教員は労働者か聖職者かという議論があったわけです。聖職者だという立場をとる人は、労働者でないということをよく言う人もありました。今度は労働者だと言う方の人は、そっちが大事で、余り聖職者的な側面は、これは何か伝統によって教員の自由を拘束するものだという反発がありました。で、私がまず最初にしっかりとはっきりさせていかなければならない…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) いまの問題、調べますと、確かに勲等の最終的な責任の場は総理府でございますが、文部大臣としてもこの問題は考えなければならないことでございます。現在は、小中学校の校長を御退職になった方が満七十歳以上になりますと、原則として勲五等の勲章を拝受しておられる。そういう状況でありますが、中等学校校長会長というような場合は四等であるということであります。しかし、こういうことも総理府にお願いをいたしまして、できるだけ私はいまよ…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) わが国の人は、私は、世界のほかの国に比べますというと、どちらかと言うと非常に自分の仲間の中で和を重んじまして、そうして和を重んじて意見が一つになることを希望するようなところが強いと思います。帰一の思想というのが、一に帰するといいますか、そういう考えが強いと思います。それだけに、ちょっと意見が分かれますと、対立というのではなく、対立でなく対決ぐらい激しくなってしまうと思います。そこで私は、和して同せずというのがい…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) 基本方針というのは、これは法のもとにおける平等そして差別をなくすために教育の中立性を守っていくことが同和教育であると考えておりますが、特に文部省としてこの問題に取り組んでいく場合、三つの観点が必要であると考えております。 第一は、差別の問題をめぐって非常に心理的な要因があると思います。その心理的な要因というのは、同和地区にいない人たちの間にもそういう要素はありますので、そういうものも除去していかなければいけない…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) 国としての方針の問題については、私の記憶に誤りがなければ、昭和四十七年でございましたか、教育方針というものがつくられるべきであると、で、まだその方針が十分につくられていないからそれを練り上げるようにということが問題になっていることを承知しております。その以前の長期計画に基づきまして文部省の考え方ということも練ってきておりますけれども、しかし同対審の趣旨としては、方針というものを明確につくっていかなければならない…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) 存じております。

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) ただいまのお言葉でありますが、文部省が全然つくっていないというのでもないと思います。昭和四十四年二月に学校における同和教育第一次草案、昭和四十五年七月に同和問題と教育第二次草案というものを一応作成したわけでありますが、しかしながら、この草案につきまして関係方面の間に批判などもあり公表に至らなかったというのが実態であります。 その後、総理府に設置された同和対策協議会第三部会で、文部省に対して参考案を作成して示すこ…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) ただいま御指摘がありましたように、いつまでもゆっくりいくというべき問題でないと思います。そこで、どういうふうに一番速やかに、しかも方針というものを明らかにすることができるかというので、目下作成中でありますのは、同和教育参考資料というものを文部省で準備しようとしてやっております。で、その内容はただいま奥田審議官が申したこととほぼ重なる面がありますので省きますけれども、しかし一、二具体的なことを申しますと、たとえば…

文部大臣1975/03/17

75参議院 予算委員会 第10号

○国務大臣(永井道雄君) 私は、いまいただいたこの文書は初めて読んだのですが、八鹿高校の事件については私自身いろいろ考えました。宮之原委員も先ほど御指摘になりましたけれども、暴力事件というものが発生したことは、これは否定できない事実だと思います。私は、暴力事件というものが起こってはならない、学校教育というものは教育の中立でなきゃいかぬということを非常に強く主張いたしましたし、いまもそう考えております。 ところで、問題は、このいま文書を伺…