P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
日本共産党衆議院
総発言数
7,375
直近の所属会派
日本共産党
直近の役職
直近の発言日
1976/10/27

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会55 件・55%
  • 決算委員会26 件・26%
  • 予算委員会第一分科会11 件・11%
  • 決算委員会第三分科会8 件・8%

※ 全 7,375 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

7,375 20 を表示
日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 そのやれるわけがないことが当時の治安維持法体制下では行われたんですから、治安維持法というものがいかなる法律でありいかなる体制であったか。だから、法務大臣も五月の私の質問に対して、暗黒裁判であると言えば言えるとか、暗黒政治であると言えば言える、もちろん比較の問題でありますが、こういう答弁をなさったんだろうと思われるわけです。 もう一つだけ挙げてみますが、同志社大学の神だな事件というのはどういう事件ですか。

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 いまの説明では一部が省略してありますが、ただ単に神だなを祭ったというだけではございませんでね、法務大臣、同志社大学の創始者は有名な新島襄先生でございますが、その肖像をわざわざおろして、その跡へ、当時の記録によりますと、三宅八幡神社の神符を神だなに祭った、こういうことをやったわけですね。だから同志社大学にとってはこれはもう大変なことですね。建学の精神を変えてしまうという象徴的な意味を持っておるわけですからね。ですから、これは信…

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 簡にして要を得て、よろしくない、こうおっしゃいましたが、それをやったのがまさに治安維持法体制なんだということを私は繰り返し指摘しておきたいというように思うわけであります。治安維持法がなければこういうようなことはなかなか行われなかったわけであります。 そこで次の質問に移りたいと思うのですが、皇道大本教ですね。これは第一次、第二次の大弾圧がありましたが、第二次の弾圧について伺います。 皇道大本教が、私の記憶するところではたしか昭…

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 それは構成要件適用の経過を簡単に御説明になったんですが、大本教のどういうものが国体変革とされたのか、それは簡単におわかりになりますか。

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 お聞きになりましたように、大本教の教義そのものが、つまり宗教の教義が国体を変革するというようにされて、事もあろうに死刑または無期という国体変革にひっかけられた。これは余りのひっかけでありましたから、その後第二審において、大阪の当時の控訴院において、高野裁判長が非常な勇断をもって、治安維持法関係については無罪ということで、無期懲役の出口王仁三郎氏、この方を懲役五年に減刑するということをせざるを得なかったという事案だと私は承知し…

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 少なくも二名ということでありますが、二名ではございませんで、もっと多く、獄死した者及び釈放されてすぐ死んだ者、それから獄中で自殺した者というような者を含めますと二十名を超えるというように歴史家及び教団関係者は申しております。しかし刑事局長自身も、少なくとも二名はいるということであります。ですから、治安維持法によって獄中で死亡したあるいは虐殺されたという者は、日本共産党員だけではないわけであります。宗教の幹部、そういう方に対し…

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 わからないでは済まないと私は思います。当時の特高警察の記録だけではなしに、裁判所の記録に、公判の中になってから上申書が編綴されているはずであります。それはわかりませんか。

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 それでは、安原刑事局長がそこまでお認めになりましたから、法務大臣に聞いていただくために、非常に膨大なものですが、その上申書の一部を私の方で読みたいと思います。 昭和十五年の十二月二十七日大阪控訴院に上申書を提出いたしました東尾吉三郎、この上申書によりますとこう書いてあります。いろいろ自分の言うたことを言うたけれども信じてもらえない、こういう前提の上で、「私ノ申スコトヲ信ジテ戴ケヌナラバ何モ申上ゲルコトハアリマセヌト言ヒマスト…

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 私が聞かないことまで御宣伝になったようでありますが、ロッキード特別委員会に行かれる時間が迫っておられるようですから、本当はもっと聞きたいのですが、あと一言だけ伺って、どうぞいらっしゃっていただきたいと思います。 そうしますと、ひとり宗教関係者だけを、大臣がけしからぬとおっしゃるような取り調べをした、しかし、本来の治安維持法の目的であった共産党員や共産主義者、その同調者に対しては、非常に結構な調べで拷問も何もなかった、任意の取…

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 いまの御答弁には二つ問題があると私は思うのです。昭和十六年の改正治安維持法がこの大本教の場合には適用されたのじゃないのです。その前の弾圧ですからね。だから、そういうぐあいに非常に拡大される前にすでにこういうことがやられているという点で、大臣の認識がお違いになるのじゃないかという点が一つ。 それからもう一つは、これはすでにわが党が予算委員会等で質問しておりますから、ここで長い時間をかけようとは思いませんけれども、治安維持法とい…

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 大本教関係につきましては、ただに逮捕、投獄されただけでなしに、大本教関係の建物ですね、信仰している人は神殿とか、いろいろな名前で呼んだようですが、それが全部破却命令を出されて取り壊されたというように聞いております。その法的根拠と破却の実施状況について御答弁願いたい。

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 承知しておらないというだけでは済まないでしょう。あなた方の前身と言うたら語弊がありますけれども、警保局ですね、そこが当時つくりました「特高月報」とか「特高外事月報」に載っておるわけですね。たとえば「特高外事月報」の昭和十一年の四月分と五月分には、破却状況の写真まで入れて報道されております。これは報道じゃなしに、当時の警保局保安課がつくって各県特高に送ったものですね。全然知らないですか。

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 そんな答弁がありますか、あなた。わざわざそのために私は政府委員を通じて言うておいてあげたでしょうが。政府委員を通じて言うておいてあげたでしょう。そんなものは見たこともありませんというような、そんな答弁がありますか。どこにその復刻版があるとか、そういうようなことぐらいは知っているでしょうが。

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 いまそういう答弁をしましたが、私は国会図書館から「特高外事月報」の復刻版を借り出してまいりました。これは当時の内務省の警保局の保安課が正式につくって、これは全国の特高警察に配付したものであります。それを国会図書館が残っておるものから復刻したものでありますから間違いがないというように思いますが、それを見ますと、建物破却の状況が非常にはっきりと出ております。ここには写真があります。写真では非常に壮大な建物が全部破却されておるとい…

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 そこで法務省に伺いたいと思いますが、この大本教関係者では、二審では治安維持法関係では無罪になったということは申しましたが、それに間違いがありませんか。なお、これらの関係被告は、ポツダム宣言受諾後はどういうぐあいになったでしょうか。

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 そこで次に伺いたいと思いますが、創価教育学会の関係者を治安維持法として起訴したはずでありますが、これはたとえばどういう人が起訴されましたか。その起訴年月日とその理由を答弁してください。

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 創価教育学会の関係者が治安維持法のみで起訴されたことは間違いないと思いますし、それは当然のことながら、起訴年月日から見て、私がこの質問の初めに指摘いたしました昭和十六年による治安維持法の改悪といいますか、その第七条あるいは第八条によって起訴されたものであると思いますが、そうでしょうか。

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 牧口常三郎氏はその後獄死したというように報道されておりますが、どの拘置所で昭和何年の何月何日に亡くなられましたか。

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 私の手元に法務省からいただいた記録があります。これは昭和五十一年の十月十五日に提出されたのですが、それには東京拘置所において昭和十九年十一月十八日に死亡しておる、こういうぐあいになっておりますが、これは法務省からいただいた資料ですから、それに間違いがないのではないでしょうか。

日本共産党・革新共同1976/10/27

78衆議院 法務委員会 第4号

○正森委員 そこで、創価教育学会がどのような被疑事実によって治安維持法として起訴されたかについては十分に資料がないのでお答えいたしかねるということですが、ここに先ほど私が指摘いたしました「特高月報」があります。これはこのころには「特高外事月報」が「特高月報」というように名前が変わっているわけであります。 その「昭和十八年八月分」を見ますと、牧口常三郎氏に対する訊問調書が載っております。この訊問調書を見ますと、どういう被疑事実で取り調べら…