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日本社会党・護憲共同衆議院
総発言数
13,983
直近の所属会派
日本社会党・護憲共同
直近の役職
直近の発言日
1981/02/25

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 運輸委員会69 件・69%
  • 大蔵委員会内閣委員会地方行政委員会社会労働委員会運輸委員会連合審査会31 件・31%

※ 全 13,983 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

13,983 20 を表示
日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 検査院は、ここに指摘をして、この種の不当に補助金をこういうかっこうで裁量にゆだねられた金がどうなったか、後追い検査をしたことがありますか。

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 どういう結果ですか。その金はどうなっておったという結果ですか。

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 よくわからぬ。建設省関係ではその金がどうなっておったかという後追い検査の結果はどうです。

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 やっておらぬということなんだな、結局は。それだけの、五十三年度分国庫補助金二千三百十三億、五十四年度分千三百八十七億、その出納官吏の自由裁量になった金、あるいは業者に工事が竣工しておらぬのに払っちゃった金、そういう金がどうなってどういう結末になったかということについては会計検査院は知らぬ顔をしておるというわけだ、結果は。そうでなければ、後追い検査をすればそれがどうなったかわかっておりそうなものだと思う。ということですよ。大臣…

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 ここでひとつ両大臣にちょっと伺いたいことがあるのです。いま言ったようなことを土俵に踏まえて、この間河本さんが、いま不景気だからこの際五十六年度は上半期に七五%まで公共事業をやりたいと言いました。これは新聞でごらんでしょう。私はえらいことを言うなと思った。そうしたら、きょうの新聞で、大蔵省がそんなことできやせぬ、そんな来年度上期の公共事業で促進型などできやせぬ、こう言ってそれを打ち消しておるわけですね。そんな上半期に七五%まで…

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 原さん、御意見ありますか。

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 きょうの読売ですが念のために申し上げますと、大蔵省は、「”促進型”にするのは限界があるという考えを固めた。」「五十五年度の公共事業費は契約ベースで四%程度、金額にして六千億円前後が来年度に繰り越されることを明らかにしたが、来年度上半期の促進型執行に難色を示しているのは、この繰り越し分を加えると前年同期以上の契約額が確保できること、前半に無理をしないで、年度後半への余力も残したい——ためである。」と言っておる。けれども、政府・…

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 まあそれには、いま二月でございますが、繰り越しの問題についてひとつもう一遍ポイントを移したいと思うのです。 大体、公共事業費というものは説明によれば繰越明許がほとんどそうなっておるという話でございます。繰越明許にあるにかかわらず繰り越しをしない、公文書偽造するということについてしばしば通達は繰越手続をじろじろと言うだけであって、説得力のない通達になっておると思うわけであります。 もう一つ、財政法に繰越明許のない事故繰り越しと…

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 つまり、事故という解釈を幅広く持つという意味ですか。

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 次は、両大臣、ひとつこういうことをお互いに政治家として考えてもらいたいと思います。 私も役所勤めの経験がある。それで、三月末に予算が余ってくるわけですね。余ってくるから空出張をやったり——これはちょっと失言だな、余分な金の使いどころを考えるわけです。 それで、役人は年度の初めは、上の号令を聞いて節約型、合理化型ですよ。それで、半年も十カ月もかかって一生懸念に予算を節約して、年度末になったらそれを大盤振る舞いだ。そして、いまの…

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 気持ちはわかるけれどもいい手はないということでは困るのです。 会計検査院にお伺いいたしますが、会計検査院はこれほど毎年毎年怒りながら、それについて改善する意見は何もお持ち合わせないのですか。おれのところは怒るだけであって、どうしたらいいかというのはおれのところの商売じゃないと言ってしまっておるのですか。具体的にあなた方が一生懸命にやられながら、この種の問題が根絶できぬといってわいわいこんな分厚いものを出して、いけませんよいけ…

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 少なくともこういうことはどうでしょうか。第一・四半期、いまは二カ月間の出納閉鎖期間があるわけですね。現場では一カ月ですね。地方自治体を例にとりますと二カ月、国も二カ月ですが、現場では一カ月間。一力月間は出納閉鎖期間だから、金は四月になっても五月になっても払ってもいいということになっておりますが、第一・四半期までは繰越工事を一定の枠で、特にいままでの繰り越しよりも余裕を見る。財政法その他の関係があるのだけれども、大蔵大臣それか…

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 あなたがここで何遍出てきて何遍しゃべっても、地方自治体が議事録を全部見るわけじゃないんだろうな。そういう点だと建設大臣と国土庁長官、大蔵大臣のお墨つきというものは金科玉条のように守るものです。私がたとえば県へ行って市へ行って、大臣がここでこう言ったよと言っても、そうですか、だけれども実際はねと、こういうふうになっておるわけです。そこのところを遺憾のない措置をとってもらいたい、こういうわけなんです。 時間が参りましたが、要約い…

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 ありがとうございました。 大臣、ちょっと私の申し上げたことで答弁が漏れたようでありますが、工事量の年間平準化については、各省の音頭を取って一遍検討してくださいよと申し上げたが、それも含まれておりますね。

日本社会党1981/02/25

94衆議院 建設委員会 第3号

○横山委員 では終わります。

日本社会党1981/02/25

94衆議院 法務委員会 第1号

○横山委員 ちょうど、恐らくきょうこの時間、ローマからわざわざ日本へおいでになりましたパウロ二世卿が広島でミサをやっていらっしゃる、あるいは日本国民のみならず世界の人に広島から訴えている、そういう時間だと思うのです。そういうときに私が法務大臣にお伺いをするのは、先般来本委員会で私が真宗大谷派の問題についていろいろと法務省刑事局その他のところとやりとりをした中における政治と宗教とでも申しましょうか、そういう問題について非常に意義を感ずるわ…

日本社会党1981/02/25

94衆議院 法務委員会 第1号

○横山委員 その中で、若い青年に答えて、まずこういうことをおっしゃっておりますね。技術が栄えても人生の意義、人間の意味は教えてくれないです、こうおっしゃっておる。私は、非常に高い次元の話だとテレビを見ながら感服をしておりました。このことについては、与党のいろいろな公式の宣言だとか大会声明だとか、あるいは野党はもちろん、私ども個々の政治家も、同じようなことを選挙に言っておりますね。そういうことですから、政治家のわれわれ政党の立場からいいま…

日本社会党1981/02/25

94衆議院 法務委員会 第1号

○横山委員 同じという意味は、宗教の世界と政治の世界とは違うという意味ですか。なぜ私がそういうことを考えたかといいますと、それは憲法の前文に、御存じのように「平和を愛する諸國民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とある。これにはポープさんのおっしゃることと共通の理念があるなと私は考えたのです。あなたは共通しないという立場のようであります。私は憲法の前文で共通の点があると思うのに、あなたはなぜ共通点がないと…

日本社会党1981/02/25

94衆議院 法務委員会 第1号

○横山委員 間違っておる、否という問題ではありません、これは。何もキリスト教だけではありません。私の勉強する範囲内ではありますけれども、宗教というものは人間を真の人間たらしめるところに目的があると思うのです。人間というものが本当の人間になる、自分というものを本当に知る、そしてそれは単に自己のみならず、社会に対しても責任を感ずる人間ということなんですけれども、本当の人間になるというのが宗教だと思うのです。その中で特にキリスト教は、なんじの…

日本社会党1981/02/25

94衆議院 法務委員会 第1号

○横山委員 ほっぺたをたたかれたら片方のほっぺたをたたいてくれといって出せというようなことは、単に一つの比喩でありまして、その根底となっているものをとらえなければ、そんな勝手なことがあるかということに短絡的になってしまいます。それはいけません。そういう例は余り適当な例ではないと私は思います。 少なくとも宗教の根源が、人間を真に人間らしくさせようとする、そして宗教は、キリストでも釈迦でもあるいは日蓮でもそうでありますが、常に大衆の中にあっ…