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日本社会党衆議院
総発言数
682
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1981/04/24

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会41 件・41%
  • 物価問題等に関する特別委員会28 件・28%
  • 社会労働委員会18 件・18%
  • 予算委員会第五分科会13 件・13%

※ 全 682 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

682 20 を表示
日本社会党1981/04/24

94衆議院 社会労働委員会 第12号

○栂野委員 終わらせていただきます。

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 初めに、あらかじめ事務当局にお願いしておきました計算がありますが、それについてお答え願いたいのです。 これは一つの想定でございますが、いま夫七十歳、奥さんが六十五歳、子供なしという、こういう夫婦は、敗戦直前ですと大体三十四歳から五歳ですが、その男の人が日本本土の軍需工場で米軍の爆撃に遭って片腕を落とした。この場合に、一人はその工場に監督官として行っていた陸軍大佐、もう一人は兵、それから軍属、一般の民間の工員、朝鮮人の工員、こ…

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 軍人の場合には普通恩給がさらにあって、しかもこれは恩給年限に達しなくてももらえるはずです。それから奥さんにも軍人の場合には扶養加給、それから軍属の場合には昭和四十一年と五十一年に二回特別給付があったはずであります。 そこで、この大佐の場合は五十六年八月から私の方の計算では四百四十九万三千百三十円になる。兵の場合は四百十七万七千円、軍属の場合は三百四十二万八千円、民間の方が二十八万八千円、外国人は何もなし、こういうことになるは…

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 御本人がその後亡くなられたとしますと、奥さんはどういう待遇を受けることになりますか。

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 大臣、いまお聞きになったように、全く同じ状況で片腕をなくした。当時の軍需工場の状況を見ますと、恐らく大佐クラスの軍の監督官が来ていて、これが絶対権限を持っていましたし、その下で一番苦労して働いたのは一般の工員。徹夜徹夜で鉄砲をつくらされ、弾丸をつくらされた。特に朝鮮人の工員がかなりの数あったのですが、この人たちはその上に人種差別を受けながら一番下積みの仕事をしていたはずであります。それがともあれ今日状況ではいま御説明がありま…

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 いろいろあって結果としてこういうふうになっているのですが、一般工員なり朝鮮人から見ますと、今日七十歳になって、なるほど大佐殿も片腕をなくされて気の毒だ、だからそれ相応の補償を受けられるのは当然ということになるでしょう。ともかく月三十七万四千四百二十円という金額はまあまあ今日不自由なく暮らせる金額ですね。兵隊さんも軍人なるがゆえに四百十七万七千円という金が入ってくる。軍属は三石四十二万八千円。しかしそれに比べれば、民間人なるが…

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 ことしは八月になりますと三十六回目の終戦記念日を迎えることになりますが、個人的なことをお聞きして大変恐縮ですが、大臣は敗戦の日はどこでどうされておられましたか。

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 私は敗戦の年の八月十五日は広島におりました。当時旧制高校の生徒でございましたので、八月六日の原爆の日には広島の郊外数キロ地点におりました。それから毎日多くの友人が亡くなりました。その処理に追われて終戦を迎えたわけでございます。ですから、私の八月十五日というのは広島を離れてはあり得ないわけでございます。あの当時の広島はどんな状況であったか。いまも私も鮮明に覚えておりますが、もう二度とああいう悲惨な状態を再現さしてはならない、再…

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 この原爆被害といい、それから恐らく大臣は特攻隊で亡くなられた戦友やら部下の方たちのことを思い出されるのだろうと思うのですが、一体なぜ原爆で死に、今日苦しまなければならないのか。どうして特攻隊として死ななければならなかったか。もちろん戦争がなければそういうことにならないはずで、あの戦争はそれでは避けることができなかったかと言えば、これは避け得たはずであります。なぜかならば、あの戦争は日本がしかけた戦争だからであります。 今日、…

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 まさにその原因から言えば、あの戦争は侵略戦争であったと断ぜざるを得ないわけですね。そこで、そういう侵略戦争をやった結果、青年が特攻隊で死に、原爆を落とされて今日なお原爆被害者は苦しんでおるという実情がある。だからその反省の上に立って日本国憲法ができ、第九条ができたはずであります。何としても平和を守らなければ、二度とああいう戦争をやってはいかぬということは、これは原爆で亡くなった人、苦しんだ人、特攻隊で行って死んだ人の願いだと…

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 私は戦後、戦争犠牲者あるいは被害者に対する援護、補償をするに当たって、いま申し上げましたようにまず政治的に国家というものが責任を負うのかどうかということを先に決めてかからなければその後の対策が出てこないと思っているのです。ところが、御承知のように、昨年の十二月十一日に出ました原爆被爆者対策基本問題懇談会の意見書は、その点をこういうふうに言っているのですね。 およそ戦争という国の存亡をかけての非常事 態のもとにおいては、国民が…

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 私がお聞きしたのは、厚生省はいままで原爆対策は社会保障的であって国家補償じゃないんだ、こうおっしゃっていましたね。いまおっしゃったのはこの意見書の国家補償の意味ですよ。厚生省はどう考えておられる。援護法の第一条「国家補償の精神」にのっとってと書いてある、この意味をお聞きしている。

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 援護法の一条にいう「国家補償」というのはどういう意味なのかと言っているのですよ。

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 単なる使用者責任ではなくて、この援護法が出た当時の吉武厚相の国会答弁を見ますとこうなっているのですね。 このたびのこの援護は、もちろん国家として国家に命をささげられた方の遺族に対し、義務としてやるべきでありまして、これはただ国家が恩恵的に差延べるべきだとは考えておりません。もちろん国家補償の建前から、援護として出るわけでありまして、これを本格的に申しますと、それが恩給とかいうような制度で初めから出るべきだろうとも思うのであり…

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 私がお尋ねしようとしている基本的な問題を避けておられるようだけれども、先ほど来私が申し上げました、国家がこの戦争について責任を負うのだとすればその被害を受けた人に対して償いをしなければならない、その場合に政府は、いままでの経過を振り返ってみますと、私がこうすべきだと言った被害補償の順序なりあり方と違って、実は逆に来ているわけですね。国家と特殊な身分関係のあるそれも特別近い者を優遇するという形から始めているわけです。援護法が昭…

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 大臣、いかがでしょう。

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 先刻から私しばしば申しますように、戦争犠牲に対する補償、援護という点で一番おくれている、差別されているのは外国人だと思います。これは何も援護法関係だけではなくて、この国のあらゆる法体系の中に国籍差別というのがひそんでいるのは御存じのとおりでございます。幸い今回難民条約が批准されて、国民年金の国籍要件が外されることになりました。これは園田大臣が特に熱心に推進されて決断された、私は大変敬意を払っているところでございますが、この国…

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 この国籍要件も、私から言わせれば全く不当な差別で、当然国籍が違っても同じ状況にあるわけですから、朝鮮人の方だって兵隊に行ったし軍属にとられている。同じ苦労をしたのですから、当然これは援護法の対象であっていいはずです。 それから未帰還者留守家族等援護法、これにも国籍要件が入っているのですね。これが入ったのは一体どういう意味ですか。

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 それはちょっと違いますね。それとは関係がないと思いますけれどもね。しかし、いずれにしても朝鮮人の方あるいは台湾の方が兵隊にとられたり軍属で中国に渡ったりしておられた。それは当然、もしこういう人が日本の国内に住んでおられたとすれば、一たんそこに引き揚げてこなければならないですね、日本人と同じように待遇しなければならなかったはずですね。 そこで、たとえばこういう引き揚げ関係の法律に国籍要件があるということになりますと、きょうもい…

日本社会党1981/04/09

94衆議院 社会労働委員会 第7号

○栂野委員 この問題、あの当時で約七千人ですね。樺太を出て日本に永住したい、あるいは生まれ故郷の韓国に帰りたいという人がいたわけですが、だんだん月日がたっていきますから亡くなられる方もあるし、あるいは現地で子供さんができてそれが少なくとも三十五以上になっているんでしょう。ですからもうそちらがいいと思われる方もあるかもしれないし、これだけ進みませんとあきらめるということにもなっておるかもしれません。だから数は相当減っておるかもしれませんが…