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自由民主党大蔵大臣衆議院参議院
総発言数
4,719
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
大蔵大臣
直近の発言日
1979/02/15

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 予算委員会93 件・93%
  • 行財政改革・税制等に関する特別委員会7 件・7%

※ 全 4,719 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

4,719 20 を表示
自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 重ねて聞きますが、いわゆる第三次FX戦争という言葉で使われておりますが、日本が採用する戦闘機について熾烈な競争が行われたわけでございますが、その結果F15に決まったわけですけれども、ゼネラル・ダイナミックス社製のF16を日本に売り込むについて、あなたは関係したことはありませんか。

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 あなたが、SECからダグラス社に関係する疑惑についての公表がなされた直後の去年の十二月の十八日と十二月二十日の二日にわたって、ある新聞社の記者とインタビューをされた。ある新聞社というのは、名前は毎日だと思いましたが、そのインタビューの中で、次のようなことをおっしゃっているようでございます。ダグラス社のやり方は汚い。特に日商のやり方には問題がある。なぜF15の売り込みに絡む日商のやり方を追及しないのか。特に、日商岩井の海部氏が…

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 終わります。

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 海原さんにお尋ねいたしますが、あなたが防衛庁の官房長になられたのはいつで、いつまで官房長をされたか、それから、その後、国防会議事務局長になられたようでございますが、国防会議事務局長をいつまでおやりになったか、防衛庁をやめられたのはいつか、まずあなたの経歴に関することを伺っておきます。

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 順序が逆になるでしょうけれども、まず、国防に関する事柄についてはあなたは相当の専門家だと思ってお聞きするのですが、今回E2Cワンポイント分四機を導入する予算が五十四年度の予算に計上されておるわけでございます。 そこで、このAEWの必要性及びE2Cの機能について、専門家としてあなたの御意見をひとつ承っておきたいのです。

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 あなたの意見を聞いているのです。

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 レーダーを搭載した飛行機を飛ばしておくことによって、低空で入ってくる侵入機を早期に発見できる、こういう性能をこのE2Cというのは持っておるわけですね。そこで、そういう飛行機の必要性は防衛庁は認めておるが、それよりももっと先に整備すべきものがあるから、そっちの方の整備を先に進めた方がいいという、選択の問題として、あなたは他の分野の整備の方を進めるべきだ、こういう御意見だと承っていいのですか。

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 あなたの御意見はわかりました。 そこで、次にお尋ねしたいのは、あなたが昭和四十二年の七月に防衛庁の官房長から国防会議事務局長に転出されたことについて、あなた大変御不満もあったようでございますが、その経緯についていろいろおしゃべりになったり、物に書いたりしていらっしゃるわけでございますが、そこでそのいきさつをごく簡単にひとつ述べていただきたいのです。

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 では質問を変えましょう。質問を変えまして、昭和四十三年の、これはあなたがもう国防会議の方に移られた後でございますけれども、第二次FXを、F4E、L一〇一〇、それからこれはミラージュですか、FlCというのですか、この三つの機種にしぼる決定がなされておりますが、この第二次FXについて、あなたは特別な御意見をお持ちであったというふうに聞いておるのですが、どういう御意見をお持ちだったのでしょうか。

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 先ほど私が、人事に関することであったのですけれども、あなたのおっしゃっていることや物に書いてあることを見ますと、そのことが、あなたを官房長から国防会議事務局長に移したことに関係があるやにあなたもおっしゃっておったし、またそういうものも書いておりますね。その点、間違いありませんね。そこで、あなた自身としてはそれに関係があると思っていらっしゃったのかどうか。

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 それでわかったのです。一部の新聞報道や雑誌などに書いてあることと実際の姿は少し違う。国防会議事務局長というのは決して左遷とか追い落としとかという地位じゃなくて、相当りっぱなというか、大事なポストであったということでありますから、いままで巷間伝えられておったようなことは必ずしも真相ではない。これはわかったわけです。 そこで、あなたが第二次FXについて、F5の方を、そっちの系統の方を日本の防空としては、日本が採用する飛行機として…

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 そして結局は、昭和四十四年の一月十日に国防会議でF4Eの採用が正式に決定されておるわけでございますが、その一月十日の国防会議、その当時はあなたが国防会議の事務局長でいらっしゃったわけであります。あなたは国防会議という機構の中の一員でございますから、決定されたことについてはいろいろ批判する立場ではなかったと思いますけれども、今日、一私人の立場に立たれて、四十四年一月十日の国防会議でF4Eを日本が採用する決定をしたことについては…

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 そこで、先ほどのことにちょっと絡んでまいりますけれども、一部の新聞に載っておること、雑誌に書かれておること等からすれば、あなたがF4E導入に反対をしておられた、そのことがあなたを防衛庁の官房長から国防会議事務局長の方に人事異動をした原因であるし、また、あなたに対するいろいろな批判等のビラなどがまかれたようなことを書いてあるものも読んだことがございますが、いまあなたがおっしゃったようなこととあわせ考えれば、一部の新聞等に書いて…

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 その点については先ほどのあなたのお話でわかったわけです。無理やりにやられたなんということについての質問はわかったわけですが——大体わかりました。 そこで最後にお尋ねいたしますが、四十三年の五月の三種類にしぼった段階において、結局F4EとCL一〇一〇、それからミラージュ、この三機種にしぼられたようですが、この三つの飛行機の中で、CL一〇一〇という飛行機は、実際につくられてどこかの国で採用されたことはないのだというふうに私は聞い…

自由民主党1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○松永委員 終わります。

自由民主党1978/12/22

87衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第1号

○松永委員 動議を提出いたします。 委員長の互選は、投票によらないで、永田亮一君を委員長に推薦いたしたいと存じます。

自由民主党1978/12/22

87衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第1号

○松永委員 動議を提出いたします。 理事の員数は八名とし、委員長において指名されんことを望みます。

自由民主党1978/12/12

86衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第2号

○松永委員 いわゆるロッキード事件が起こってから約二年十カ月たっておるわけでありまして、国会にロッキード調査特別委員会が設置されてからもう二年と七カ月たっているわけであります。政府は、ロッキード事件が起こった直後の二月二十四日に、東京地検の高瀬検事正を長とする捜査本部を設けて、いわゆるロッキード事件に関してロッキード社から航空機の売り込みに関して日本にどれだけの資金が流入してきたか、流入してきた資金がどのように流れていったか、その過程に…

自由民主党1978/12/12

86衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第2号

○松永委員 次は第二回報告ですが、これは先ほどおっしゃったように五十二年二月二十四日になされたわけでありますが、これでいわゆる児玉ルートについての詳細な報告があって、その直後の参議院のロッキード特別委員会における質疑において、当時の安原刑事局長が、いわゆる児玉ルートとして児玉に流入した金は、捜査当局の報告によれば国会議員に渡されているという事実は認められない、こういう答弁があったわけです。そうして、その後まだ捜査本部は残っておって、結局…

自由民主党1978/12/12

86衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第2号

○松永委員 それからもう一つだけお伺いしておきたい。それは、いわゆるコーチャン調書の内容に関することでございますが、コーチャン氏の証言調書によりますと、他からのまた聞きによる供述ではございますけれども、四十七年十月五日ごろ、政府がDC10を全日空に、L一〇一一を日航にという決定をしたとか、あるいは決定する直前の状況、そういうことがあったんだという、そういうことが載っておるわけでございます。 そこで、政府といえば担当は運輸省と思われますが…