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日本社会党参議院
総発言数
776
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1959/03/17

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 決算委員会95 件・95%
  • 建設委員会5 件・5%

※ 全 776 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

776 20 を表示
日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 その「療育」という言葉がどこから出てきたか。おそらく言海だとか、漢和中字典だとか、あんなものに療育という言葉はないと思う。これは新語じゃないか、法律上そういう言葉をいつから使ったか。なるたけなら、私は、こういういいかげんな言葉を法律の中に持ってくるのがいやだからお尋ねしているわけで、意味はわかっています。療養と養育だろうと思うのですが、法律の上でこういう言葉を使うというのなら、日本の国語を正しいものに持っていくという意味か…

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 これは何も私は厚生省だけにこれを限ってお願いするわけではありませんが、この種の言葉というのは、日本語から一つのけていかなければならぬと思うのです。これはただ短かくさえすればいいというのでなくして、ちょっとくらい長くなっても、はっきりした言葉を使って、勝手に療養育成を……。それは何ですよ、ILOとかOKとかなんとか、そういうふうにしたのだというのなら、それならそれでいいけれども、そうはいくまいと思う。法律というのは、国語とし…

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 そうすると、二十カ所とすると、県外の人も入ってくるということになるわけですね、そういう場合には、まあ十分の八は国で負担しても、十分の二は県で負担するという場合に、その人の出身地の県が負担するということになるはずだと思う、それと入院指定の基準ですね。単に国立とこう言ってしまうか、それ以外に同じ国立が一つの県に幾つもあり、また、一つのブロックにたくさんあるという場合にどういう雌雄でそれを指定していくか、あるいは現在おもに収容さ…

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 現在の国立の療養所で、結核の中でカリエスを治療していく、カリエスの整形外科専門の医者のおる療養所が幾つございますか。

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 それでは先ほど、現在は二十カ所にそういうカリエス児童を収容していると言われましたがそのうちには、整形外科の専門家のいない国立療養所が十一カ所はあるというわけですね。まあ学習のできるような条件も具え、また、整形外科の医者を招聘して、そうして完全を期していかれるという御希望だろうと思うのですが、その線に沿うというおつもりでございましょうが、実際は二十カ所とか、あるいは三十カ所にそういう特別のお医者を迎えるということは現在の状態…

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 現在厚生省では、小規模の療養所を大きなところに併合していくというような一つの方針を持っておられるようでございますが、どれもこれもというわけではございませんが、若干の小さな療養所で併合される運命にあるようなものを特にこういう方面に生かしていくというようなことは、私は非常に適当な措置だと思うのです。そういうことに関して、当局ではどういうふうにお考えですか。

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 医務局の方はおられないのですね。——それでは医務局の方にはあとの時期にお伺いしますが、この法案が衆議院を通過する際に付帯決議がなされておる。その付帯決議を見てみますと、カリエスというような骨結核だけでなくして、内科的の結核にもこの法案を広げてもらいたいというような付帯決議が出ております。私はまことにこれは適当なことであると思うのです。骨結核と内臓の結核を区別して、まず骨結核から、カリエスから先に取り上げていかれたという根拠…

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 それは入院の日数が普通の結核に比べて倍近くカリエスの方が長いと言われるが、現在病院に入院しているというのは、特にひどいのがおそらく入院している。結核の検診というものを今肺の結核などのように普及させて、カリエスについても、カリエスが発見できるほどの健康診断ができれば、軽いカリエスの人もどんどん入ってくる。この範囲に入るカリエスの子供の数もうんと増してくると思う。だから現在の入院日数が長いから、内臓結核に優先したというようなこ…

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 医務局の方がおられないからちょっと無理ですけれども、今空床ということをちょっと言われたですね、空床を子供の方で埋めることもでざるからと、この空床の問題ですが、今度二百の地区を指定して結核の特別の検診といいますかをやっていきますね、特別の検診をやっていくということになってきますと、患者はたくさん出てくるのですよ。今の国立及びそれ以外の療養所のベッドの数ではおそらく足らないほど出てくるかもわからぬことなのです。また、出てくるよ…

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 ただいまの大臣の御発言、なかなかいいです。どうかそういうふうな考えを実際面に現わしてもらう。おそらく赴任されるときは高邁な理想で来られましても、しゅうと、小じゅうとがおったりしてなかなか思うようにいかぬこともございますが、勇猛心をふるって一つやっていただきたいということを、私非常に希望をもってながめておる次第でございます。くどいようですが、最初申しました療育という言葉のようなことですね。これはお役人の方、ささいなことを言う…

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 ちょうど医務局からお見えになりましたそうで、私お留守のときに質問をして中途半端になっておりますが、問題はこうなんです。今ここへ出ております法案は、カリエスの子供を国立の療養所に、主として国立の療養所に収容しようという法案であるけれども、おとなと子供と一緒のところに置くと、病棟が違っても同じ病院の中に置いておけば病気の伝染でなくて、覚えていかないものを覚えるというようなことで、病気はよくなったけれども、帰ってきたときは、子供…

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 話は中途になりましたが、今大臣がむずかしい言葉のことを言われましたが、ちょうど国会議員の衆参の議員と、それから学識経験者で言語政策を話し合う会というのがございます。北村徳太郎さんとか橋本龍伍さん、片山哲さんとかで、毎回横書きの問題とか法律の文字の問題とかいうようなことをやっております。お役所の言葉が非常にこういうような私どもからいえば勝手な、自分だけわかるようなことをしておられるということは、これは従来明治時代からの行き方…

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 この機会に、私は本案に、お手元に配付いたしましたような附帯決議を付することの動議を提出いたします。

日本社会党1959/03/17

31参議院 社会労働委員会 第17号

○木下友敬君 御説明を申し上げます前に、附帯決議案を読み上げたいと思います。 児童福祉法の一部を改正する法律案に対する附帯決議案 今回骨関節結核にかかっている児童に対する療養と教育の制度を設けることは極めて時宜に適したものであるが、政府はすみやかにこのような制度を骨関節結核以外の結核にかかっている児童にも拡大するよう適切な措置を講ずべきである。 右決議する。 内容の説明は省いても御理解できることと思いますから、省略することにいたします。

日本社会党1959/03/12

31参議院 社会労働委員会 第15号

○木下友敬君 けっこうなことに思うのですが、小笠原と南千島には現在邦人はいないのではないかと思いますが、たとえば小笠原に帰りたいという同島出身の人がたくさんおってそれに対するいろいろの処置がなされておると思いますが、その実情を少し説明してもらいたい。

日本社会党1959/03/12

31参議院 社会労働委員会 第15号

○木下友敬君 小笠原に帰ったのは百五十名ですか、百三十名。

日本社会党1959/03/12

31参議院 社会労働委員会 第15号

○木下友敬君 そうしますと、あとに残っておるのが七千七百だそうでございますが、第一に伺いたいのは、その当時、百三十五名帰した当時は、もっとたくさんの人が帰りたいと申し出たものの中から百三十五名だけ許されて帰ったのか、当時これだけが帰りたいと言って申し出た者が百三十五名で、全部が許可されて帰ったのであるかということと、それから現在七千七百おる者は、全部が帰りたいと言っておるのか。その中の一部分はやはり内地で暮しておるのもいいというように考…

日本社会党1959/03/12

31参議院 社会労働委員会 第15号

○木下友敬君 内地で暮しておる小笠原島民の生活の状態は、もう少し詳しく把握されておるのですか。あるいは、さっきのように、三分の一か四分の一が直ちに帰りたいというようなふうだというようなばく然としたことですか。その中の何人が生業についておるとか、どれくらいは生活保護で保護されておるとか、もっと何とかしなければならないというような、何かきちんとした資料ともなるべきようなものが、たとえば本省においても、あるいは南方同胞援護会の方でも、どちらで…

日本社会党1959/03/12

31参議院 社会労働委員会 第15号

○木下友敬君 それでは、あとで参考となる資料を一つ見せていただきたいと思いますのと、いま一つお尋ねしておきたいのは、南方同胞援護会の会計の状況ですね。予算、決算の状況、これは、発足したのは三十二年の九月だったと思いますが、その九月一日からその後の会計の状況ですね。国からどれくらい出て、それからほかからどれくらい行っている、どういう方面にどう使ったというようなことの概況を一つ説明していただきたい。

日本社会党1959/03/12

31参議院 社会労働委員会 第15号

○木下友敬君 三十二年の九月から三十三年の三月三十一日まで、収入が二千百七十幾ら、その中には千五百万の政府の補助も入ってですか。