朝田静夫
会議録に記録された「朝田静夫」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 975 件
- 直近の所属会派
- —
- 直近の役職
- 日本航空株式会社代表取締役社長
- 直近の発言日
- 1976/06/09
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 労働・賃金1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 運輸委員会96 件・96%
- 予算委員会4 件・4%
※ 全 975 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 松尾社長がそういうことを言われたのは、新聞記者会見だと私は記憶いたします。 一つは、大阪の記者会見でおっしゃったことが一つと、東京で東京新聞に出た記事だと私は了解をいたしますが、大阪で記者会見をされたのは、ただ日本経済一紙だったと記憶しておりますが、大阪は、御承知のように、大変公害、環境問題の深刻なところでございますから、そういうことの配慮があったのではないかという気がした、私は後の推測でございますが、そういうふうに考えます…
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 運輸省の指導とか外部からの圧力があってそういうことを言われたものではないと思います。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 常務会の席上で私は特にそういうことの印象は私自身は持ちませんです。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 オプションということの定義を明確にするということははなはだ困難だと私は思いますが、一般に航空界で使われておりますオプションといいますのは、オプションするということと、オプション航空機ということの二通りあると思うわけでございます。 オプションするというのは、いわゆる開発過程にあります。長い間かかっていつできるか、ちょっと相当八年も十年もかかるというようなときに、受け渡し時期と価格とを押さえるという意味のオプションするというオプ…
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 四十七年度に導入をするという選定作業をやりましたのは、四十四年の当初から四月ごろまででございます。そして四月以降、四月ごろにこれは四十八年に延期するということをやっております。したがいまして、引き続き有効期限がその都度延ばされておりまして、なかなか決定しかねるというようなことで、先ほど申し上げましたように、昭和四十四年七月に白紙還元をした、こういうことでございますので、その当時は、選定するとすれば、おのずからこういう機種だっ…
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 公平にそのロッキードとダグラスの選定作業をやっておりましたから、そういう仮の結論も、暫定的な結論も出してはおりません。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 入っております。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 私の記憶によりますと、四十七年導入は可能であったと存じております。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 私の記憶によりますと、そういうことに傾いておったということはございません。四十三年の暮れから両社ともにプロポーザルが出てまいりまして、その条件提示を検討しておったわけでございますから、その点についてはDC10に傾いておったということはございません。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 そのことは検討したことはございます。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 間違いございません。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 四十四年の七月十五日に決めるということは私は記憶にございません。有効期限がたしか七月末日であったと存じておりますので、あるいはその時期に決めなければならぬというような時期であったかもしれませんが、そういうことは、必ず決めるということを決めておったということは私には記憶がございません。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 有効期限がですか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 私の記憶しておるところでは、有効期限、プロポーザルの有効期限は七月末日だったと記憶いたしておりますが、決めるというようなことを正式に言ったかどうかということは私は記憶にはございません。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 その当時会ったということを申し上げたのではございませんで、長い間の間に日本航空に見えたとかいうようなことは聞いておりますが、そういう時期についての私は記憶はございません。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 そういうふうに御理解をいただいていいと思いますが、その中でロッキードがおくれるといいますのは、私、先ほど申し上げましたように、四十四年の四月ごろまでは短距離型を検討しておった。ところが、われわれが運営しております路線は国際線も国内線も併用できるような長距離型を検討しなければならぬというので、四月以降七月白紙還元までの間そういう検討にも移っておった。そこに書いてあります。ロッキードがかなりおくれるというのは、ロッキードの長距離…
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 私自身そういう圧力を受けたことはございませんが、松尾さんは、先ほど申し上げましたように、販売合戦が激しくなっておるのでうるさくて困るということを述懐をしておられたということを私は聞いたと、これは事実を申し上げておるのでありまして、そのときにどういう筋からあるいはどういうところからがやかましくて困るかということをせんさくして聞くことはいたしておりませんので、私の知っております限り、圧力はかかったということはございません。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 私はそういうことを感じておりません。また松尾さんからも具体的にそういうことを伺ったことはございません。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 四機の取得認可を得ましたのは、私の記憶によりますと、昭和四十五年の十一月の、二十七日か終わりごろになってからだと思います。多分二十七日だと記憶しております。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号
○朝田証人 申請を出しましたのは、それより少し前であったと記憶いたしております。