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日本航空株式会社代表取締役社長参議院衆議院
総発言数
975
直近の所属会派
直近の役職
日本航空株式会社代表取締役社長
直近の発言日
1976/06/09

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 運輸委員会96 件・96%
  • 予算委員会4 件・4%

※ 全 975 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

975 20 を表示
日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 さようでございます。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 住所は横浜市保土ケ谷区常盤台一の四十五でございまして、職業は日本航空株式会社取締役社長、生年月日は明治四十四年十月十三日でございます。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 昭和四十六年五月二十九日であったと記憶いたしております。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 昭和四十一年当時は専務取締役でございます。その後、昭和四十四年に、たしか二月だったと記憶いたしておりますが、副社長になりまして、昭和四十六年に社長に就任をいたしました。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 昭和四十三年の暮れから航空機メーカーからプロポーザルがございましたので、昭和四十三年当時から選定作業を含めて検討をいたしておりました。その以前にいろいろな構想が出ておりましたけれども、それは具体的なプロポーザルではございませんです。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 存じております。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 その当時、私は面識がございません。面識があったのは、昭和四十九年ごろからだと記憶いたしております。したがいまして、松尾前社長が亡くなられた後、面識があったということでございます。当時はそういう事実は存じませんでございました。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 児玉氏が足しげく通っておったということは、正確に申し上げますと、一、二度会社にお見えになったということは私は間接的に聞いて知っております。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 当時、日本航空がDC10についてオプションをしたという事実はございません。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 全面的に否定をいたします。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 DC10のオプションをしたという事実はございません。松尾さんと大庭さんの間にどういう話があったかは私は存じませんが、日本航空に関する限り、DC10に関するオプションはございません。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 先ほど申し上げましたように、昭和四十三年の暮れからダグラス、ロッキード両航空機メーカーからプロポーザル、条件提示がございまして、それに基づいて私どもは選定作業に移っておりました。ただいまお尋ねの件につきましては、運輸省の指示に基づいて選定をいたしたものではございません。私どもの独自の事業計画に基づいて選定をいたしておったわけでございます。 その背景といたしまして、世界じゅうにこういう大量輸送時代というものが到来をいたしまして…

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 四十五年になりまして、たしか十一月と記憶いたしておりますが、私どもは四十七年に大型機を導入する。これは四十五年の当時、閣議了解というものがございまして、その中にジェット化、大型化を促進するというようなことが書かれておるわけであります。したがいまして、私どもは四十五年の十一月にボーイング747の一三号機から一六号機、四機の取得認可を運輸省に申請をして、取得認可を得ております。これを購入するということの計画を運輸省に説明をいたし…

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 そのとおりでございます。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 機種統一をすることができれば望ましいという当時の航空局長から発言がありましたのは、私の記憶によりますと、四十五年当時じゃなかったかと思います。それはその程度の発言でございまして、特にいま御指摘のような委員会に運輸省の関係官が出席をするとか、そういうことはございませんでした。最初に、四十五年の何月かは忘れましたが、エアバスについて両社話し合いをするということは、運輸省がやってみたらどうかということであったと記憶いたしております…

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 先ほど申し上げましたように、ジャンボジェットの国際線に使用いたしておりました三機を国内線に転用するということにつきましては、四十五年の十一月に取得認可を得ておりますが、それも受け渡しを延ばしたらどうか、あるいは国際線に使って転用をやめたらどうかというようなことを言われたことは事実でございます。これが行政指導と世上言われておることであるならば、それは事実でございます。ただ、運輸省としては、これら日航の計画は計画としてそうであっ…

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 最初の御質問の項目でございますが、コーチャン証言の、当初は日本航空を目当てにして売り込みたいということでありましたが、私はそれはそうだろうと思います。これはロッキードのそういう考えであっただろうと思います。これは私はそうであったろうと思います。 と言いますことは、東南アジアでも、日本のナショナルキャリアであります日航というものがどういうものを選定するかということは注目をいたしておりましょうし、世界で現在はIATAのランキング…

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 四十六年の二月ごろから先ほど申し上げましたように……〈松永委員「だれからだれへと、その点だけでいいです」と呼ぶ)DC8の先ほど申し上げました国内転用を延ばしたらどうかとかというような問題につきましては、当時の航空局の監督課から私どもの経営管理室の事務方に話がございました。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 三社に正式に担当役員から通告をいたしました。

日本航空株式会社代表取締役社長1976/06/09

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第6号

○朝田証人 そういうことは、私どもの会社の仕事の運営あるいは組織、そういったものから、あるいは従来からの慣例、そういうものからはそういうことを、松尾さんといえども個人としてそういうことはできる立場にないし、そういう仕組みではなかったということを申し上げておきます。