後藤田正晴
会議録に記録された「後藤田正晴」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 4,985 件
- 直近の所属会派
- 自由民主党
- 直近の役職
- 法務大臣
- 直近の発言日
- 1986/08/19
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛15 件
- 社会保障・年金13 件
- 宇宙1 件
- 労働・賃金1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 法務委員会76 件・76%
- 予算委員会12 件・12%
- 本会議6 件・6%
- 決算委員会5 件・5%
- 政治改革に関する調査特別委員会1 件・1%
※ 全 4,985 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 アジア各国がどういうお立場でああいう厳しい批判をなさっておるのかは私のそんたくできる範囲ではありませんが、私は、日本のこの国が軍国主義化するというようなことについては一切の懸念を持っておりません。平和憲法のもとで、今日まで四十年間孜々営々として平和国家建設で来た、今後ともこの立場で行くべきものであろうし、私は行くことを確信をいたしておりますので、軍国主義になるといったようなことは全然考えておりません。
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 昨年公式参拝に踏み切る際も、外務当局としては近隣諸国に日本の真意というものは伝えてくれておったようでございますが、必ずしも十分なる理解が得られないままに公式参拝をせざるを得なくなったことは事実であろう、私はこう思いますが、その結果は私どもの予想以上の厳しい反応があったわけでございます。 そこで、本年はやはり国際関係に配慮する必要がありという国益上の立場から総理大臣の公式参拝は見送ったわけでございますが、しかし、私どもが…
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 いわゆる閣僚の公式参拝は憲法違反であるということを政府は断定したことはございません。政府は、憲法に違反しておる疑いが否定し得ないのでやはり閣僚参拝は遠慮した方がよかろう、こういった法制局長官の見解があったことは事実でございます。一年間学者その他の識見のある方にお集まりをいただいて検討した結果、宗教色を払拭してやるならばこれは憲法違反にあらず、こういうことになったわけでありますから、あなたは憲法違反であるとおっしゃるが、…
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 この点は去年もことしも同じなんですよ。事柄の性質上、こういうことは強制をすべき事柄ではない。あくまでも閣僚それぞれの良識に基づいた適切な判断に任せるべきであろうということでお任せしたわけでございますから、私どもは別段それでやらせようなんてさらさら考えておりませんし、またどうしてもやめてもらわなければ困るよという考え方も私はとっていない。あくまでも自主的判断にお任せをした、かように御理解をしていただきたいと思います。
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 八月十五日の政府主催の武道館における戦没者追悼式、これは大変重要な式典である、私はかように理解をいたしております。こういうことは引き続いてやらなければならぬ、こう考えるわけでございます。また、千鳥ヶ淵の場合も、これは無名戦士であったと思います。これもまたそれなりの意味のあることであろう、こう思います。同時に、この政府主催の八月十五日の式典は、あれはさきの大戦での戦没者ということになっておるのじゃないかと私は理解をいたし…
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 従来からございました、なお違憲の疑いを否定し得ないので閣僚のいわゆる公式参拝については見合わせてもらいたいというのは、これは閣議の決定でもなければ閣議の了解でもございません。これは法制局長官の見解であったわけでございます。それを一年間ああいう検討をした結果、宗教的な儀式を完全に排除してやるならば憲法違反にならないという一応の解決が出たわけですから、それを受けて、その面において法制局長官の見解の一部変更という形で内閣官房…
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 鈴切さんのお立場は、憲法違反であるといったようなお立場に立っていらっしゃる、私はその立場に立ってないわけでございまして、したがって、五十五年の見解ですか、これは今資料を持っておりませんけれども、私は、あくまでも去年の藤波官房長官談話の趣旨に沿って、いろいろな障害があるならば、その理解を求めながら実施していくべき筋合いのものであろう、かように考えておるわけでございます。
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 ただいま防衛庁長官がお答えいたしたとおりでございます。
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 人事院勧告をやはり私どもとしては最大限尊重しまして完全実施に向けて努力をいたしたい、かように考えているわけでございます。
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 ただいま大蔵事務当局から御答弁申し上げましたように、財政的にはやはりなかなか厳しい状況にあることは間違いがございません。しかしながら、やはり公務員の給与の問題というのは、単にそういったことだけでいつまでも異例の措置を続けていいという筋合いのものでもない、やはり政府全体として解決の道を探っていかなければならない、そういう立場でこの問題には対処していくつもりでございますので、御理解を得ておきたいと思います。
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 過去の経緯から、五十九、六十、六十一年、三年間にわたって完全実施したい、こういう言葉を私は国会の答弁でもお約束をしているように思います。私は、そういう基本的な考え方のもとに、文字どおり人事院勧告の完全実施に向けてことしは努力をしたい、かように考えておるわけでございます。
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 変わっておりません。
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 最大限努力をする、こういうことでございます。
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 第二次大戦における我が国の行為について、これが侵略であるという厳しい国際的な批判、これを受けておることは事実でございまして、その事実は政府としては認識をする必要があるであろう。したがって、私どもとしてはこういった事実を踏まえまして、二度とこういったことのないように心がけていかなければならない、こう考えているわけでございます。
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 東京裁判については、柴田さん御案内のようにいろいろな意見があるのでございます。しかし、私どもといたしましては、サンフランシスコ平和条約のたしか十一条であったと思いますが、国と国との関係においては日本政府はこの極東裁判を受諾しておるという事実があるわけでございます。したがって、やはり我々はこの極東裁判の結果というものについても受諾をいたしておる、かように理解すべきであろう、こう思います。
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 これは平和条約そのものの中に明記をしてあることでございますので、さように御理解していただいて結構だと思います。
第106回 衆議院 内閣委員会 第2号
○後藤田国務大臣 私も新聞紙上でそういう記事は拝見をいたしました。しかしながら、どういった質疑応答の中で、どういった雰囲気で新聞記事にあるような御発言をなさったのかは私は承知をいたしておりませんので、こういった席上で藤尾さんの発言についてとやかく申し上げる事由が私は現時点においてはございませんので、その点は御理解いただきたいと思います。
第106回 衆議院 内閣委員会 第1号
○後藤田国務大臣 このたび再度官房長官を拝命し、引き続いて内閣官房及び総理府本府の事務を担当することになりました。 今後とも誠心誠意職務の遂行に当たる考えでございますので、委員長初め皆様方の格別の御指導と御鞭撻を賜りまするよう心からお願いを申し上げて、ごあいさつといたします。ありがとうございました。(拍手)
第104回 参議院 内閣委員会 第10号
○国務大臣(後藤田正晴君) 今回のサミットの警備につきまして、厳戒体制のもとで行われたわけでございますが、その過程で国民の皆さん、都民の皆さんに非常な御迷惑、御辛抱をおかけを申したということについては、私は国民の皆様方の御協力に対して政府としては深く感謝を申し上げたい、こう思うわけでございます。 したがって、あのときにおきましても、総理大臣の談話を出して都民の皆さんへの協力を呼びかけ、同時にまた私ども新聞記者会見等を通じ、あるいはまたテ…
第104回 参議院 内閣委員会 第10号
○国務大臣(後藤田正晴君) この第二臨調と行革審の相互関係は、今、野田さんがおっしゃったとおりだろうと思います。 行革審に対しましては、私は五十九年の五月七日であったと記憶をしておりますが、行革審に参りまして、もちろん総理と相談の上でございましたが、第二臨調ではいろいろどこにも聖域というものを設けなくて、全般についての行財政改革についてせっかく立派な御答申をちょうだいしたんだけれども、残念ながら時間が足りなくて突っ込み不足の点が幾つかご…