平野力三
会議録に記録された「平野力三」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 759 件
- 直近の所属会派
- 日本社会党(右)
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1948/09/10
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 行政監察特別委員会100 件・100%
※ 全 759 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 当時社会民主党、國家社会党の分裂をするときには、党を解党して届く大志に同志を求めて新しい政党を立てようという意見と、それから社会民主党は飽くまで社会民主党で残しておくのだ、その上で政党の合同を図るんだという方法論が確かこれは昭和七年の春だと思いますが、今の片山哲君と赤松克麿君との代表的な意味において社会民主党内において意見の対立を來たし、それか分裂をしたのであります。社会民主主義と國家社会主義の対立というような記事…
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 國家社会主義というのは当時私が自分の認識として承知いたしておつたのは、一國が一國の中に社会主義を行なうのを國家社会主義という、つまり日本は日本だけで社会主義をやる、ドイツはドイツだけで行なう。イギリスはイギリスの中だけで社会主義をやる。一國が一國だけで社会主義國家を建設させるのを一國社会主義、或いは國家社会主義という。共産主義は或るは、第三インターナショナルで、國際共産党で、國際共産党で、國際的な連盟の下に初めて万…
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) そうです。ちよつとお断りしますが当時國家社会主義の解釈にも千差万別があつて、例えば社会民主主義と言つても高畠素之、林癸巳夫、石川準十郎の説くところ、今書物をひもとけばいろいろ書いてあると思いますが農民運動者である私の解釈で國家社会主義というものは一國が一國内に行なうところの社会主義である。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) ですから私の解釈はその解釈です。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) これは組合と政党というものは一人の農民がその党員であり組合員であるので、國家社会党というものに私が入つたとすればそれは農民組合が國家社会党を支持したということに完全になると思いますが、先刻申上げました通りにその日本國家社会党というものが結成する前に党共が離脱をいたしておるので、明確に私の所属する農民組合が大会を開いてはつきり日本國家社会党をつくつたという記憶は現在明確に頭にありません。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 結成されたわけであります。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) いなかつた。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) はあ。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 滿洲事変が勃発した昭和六年でありますが日本の無産党政党及び労働組合、農民組合等についての政府の態度と言いますか、急激な変化を招來したのです。当時私の頭には、かような政治情勢のしたに負いで、自己が生命としてやつて來た農民組合というものをどうして存続し、如何にして農民の利害を代表として所信を遂行するかということについては、多大の苦心をしたのであります。そこで若し農民雲合いを尊重しないような政党に発展するということであれ…
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 軍人側といたしましては、等々力森藏、黒澤五一郎、山下巍八郎、高田豊吉これらの人達が大体代表的な方であります。農民組合側は私、稲富タカト、北山一藏、等でありました。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 私は明確にどうもはつきり説明を、当時理論的に聞いたわけではないのでありますがつけられた当時の模様を聞いて見ますと、品那の言葉に、覇道、王道という言葉がある。覇道というのは、これは権力主義に基いての圧迫政治である。当時の軍の考え方は覇道である。王道というのは、徳政を以つて臨む、民を愛する。民を本位にやるというのが王道である。皇道というのは、覇道、王道から比べれば、非常に王道に近い。併しその王道よりも、もつと純化された…
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) それは当時の客観的情勢から言いまして、別に皇道という名前を使つて政治運動をやしましても、それが極端なテロであるとか、軍國主義であるとか、侵略主義という意味はなかつたと思います。当時の國民一般常識から言えばそういう程度の名前をもつてやれば、それ程脱線してやるということでなくどういうことをやるかということが問題であつて、例えばそういう名前で旅行の團体もあれば、趣味の團体もある。いろいろの團体があります。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) それはそういう言葉らか受ける印象から言えば、どうも強そうな名前であれば、強そうな名前を付ければ強そうに見えると同じで、何をやつたかということが問題で対して氣にはしておりません。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) それは今申上げましたように目的は大体二つ、一つは急激なる軍人の政治運動にブレーキを掛ける粛軍、一つは農民問題。併し実際は粛軍とかいうようなことは会を作る始にそういう志を持つておつたのでありますが、憲兵隊の圧迫や、或いは時の情勢上こと志と違つて、例えば宇垣内閣も大命は降下したが流産するというような形で、宇垣さんの志も達せられない。自然從つて皇道会は農民運動一本槍、農民組合を基盤として農民の地位を向上することが皇道会の…
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) それは当時粛軍をやるということを文書に書けば弾圧を受けるので文書に書きませんでした。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 個々の会員の持つておる思想です。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) はい。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 併しそういうことは表現しました。五・一五事件、二・二六事件等の、軍人が直接行動に出ずるがごときことは、いかん。それから常に極右極左は排するということを常に提唱したわけです。粛軍という文字を使つては宣傳できませんでした。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 極右極左を排するということははつきりしておりまして、当時の愛國團体、たとえば國際連合会であるとか、或いは天皇機關説撲滅運動というような、そういういろいろの会がありましたが、そういうものには皇道会としては一回も参加しなかつたのみならずそれには反対しました。それから一方共産党には勿論反対する。極右極左排撃ということは事実やつたのであります。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 雑誌は私が自分では殆ど關係はいたさなかつたのでありまして、雑誌に載せたものは土地改革であるとか、或いは当時議会へ提案された農村關係法案の解説ぐらいのものよりいたしておりませんが、雑誌全体を通じては非常に穏健な、今言つた極右極左を排するというような論法は常に用いておつたわけであります。