平野力三
会議録に記録された「平野力三」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 759 件
- 直近の所属会派
- 日本社会党(右)
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1948/09/10
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 行政監察特別委員会100 件・100%
※ 全 759 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 学校を卒業いたしまして、その年直ぐ日本農民組合の宣傳部長だつたと思います。それに就任いたしまして、当時日本農民組合は関西に本部がありまして、賀川豊彦、杉山元治郎氏が関西方面の担当である。関東方面は鈴木文治氏が関東方面の会長であり、私は関東の関係で鈴木文治氏の下に新潟縣、群馬縣、山梨縣、千葉縣等の農民運動に参加しておつたこういう状況であつた。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) かようにして農民運動をやつておりまするうちに大正十五年になりますと、日本農民組合の本部及び連合会の主要府縣に共産党めフラクションができて参りまして、いわゆる反共の思想をもつておる指導者の排撃運動が非常に猛烈になつた。それに加えて共産党の戦術は徒らに過激になる闘争を展開して、小作人を無理に刑務所に留置し、無理に農民の犠牲者ができることをもつて快とするというような方針が実際の組合運動にとられたので、私としては農民運動の…
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) たしか主事でなかつたかと思います。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 会長は早稲田の北澤新次郎君だつたと思います。同僚は稲富タカトあるいは北山一藏という諸君だつた。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) はい、たしかその年の秋だつたと思いますが、その組合を中心として日本農民党を作りました。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) これは大体農民は農民党へというスローガンだと覺えておりますが、まあそのときの一々の要綱を記憶いたしませんが。私は中央の無産政党内における主として農民を中心した政党、たしか私はその政党の幹事長だつたと思います。その会長はたしか高橋亀吉君だつたと思います。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 大体農民組合の幹部と同じです。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 当時無産政党は四分五裂いたしまして、麻生君のやつておる全國労農民党と思いましたが、麻生久君、浅原健三君の九州民憲党或いは岐阜においては中部農民組合ですか、各地の沢山の無産政党が或いは中央地方を通じてできまして、かような状況であつては勤労階級の意欲を満足することができないということから全線統一運動が起こつて、私の関係しておる日本農民組合もこれらの全線統一に加つて、たしか昭和三年と記憶いたしますが、日本大衆党ができまし…
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 当時大体共産党にあらざる無産政党の要綱というものは、大体大同小異でありまして、まあ勤労階級の利害を対象として搾取なき社会を建設するとういような点に重点があつたと思います。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 私共はそこで大衆党が又分裂をいたしまして、私は一時余りに離合集散が激しいので、自分の運動の基盤である山梨縣に帰りまして、一年二年か、二年か三年でありましたか、中央政党に関係なく地方に蟄居したことがあります。その時代が今御指摘の状況であつたのです。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) はい、山梨縣だけです。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 地方政党です。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 考え方は前の大衆党と特に違つたというところはありません。大体やはり勤労大衆の利害を対象とする点にあつたと思います。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) そういう政党も離合集散の間に農民組合も亦離合集散が行なわれまして、実はこの農民組合がその後後々名前が変わつたのでありますが、これが又全日本農民組合とか又戻つて農民組合となり、御指摘の昭和六年くらいに又農民組合と戻つたかとおもいます。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 日本農民組合においては中央委員であつたことは間違いないと思います。或いは私が主事であるという記録もありまして、これは少し健康が回復しましたら一つ私も当時の記録を調べて、果たしてどういう中央委員であつたか、主事であつたかという点を明らかにして裁判所に陳述したいと思います。唯関係あつたことは間違いありません。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) こういうように考えておるのです。学校を出ますときは、大きな意味において社会主義、それは資本主義に対抗するものとして社会主義、これは今も当時も変わりないのですが私は、併し実際運動の方面に入つて見て特に日本の共産党といつたら一番当たるんだと思いますが、大正の末期頃からとにかく日本の國内において日本の労働組合の民組合は指導した日本の共産党諸君、私は敢て日本の共産党といたしておきたいと思います。それらの諸君の行動は私は言わ…
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 民主主義というものにもいろいろ学術上の意味がありましようがあるがままの実体、この実体の上に正しく認識して運動を展開する。或る特定のものを以つて押付けるのではないのだ。つまり本当の底から大衆が組合として組織されたものの上に、自己の基盤を置くということが正しい責任ある運動であるという意味から、その点においては学窓を出て飛び込んだときも今もそういう形において私の思想は変わらない。責任なきものは私は嫌いなので、民主主義とい…
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 左様。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) はあ。
第2回 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第5号
○証人(平野力三君) 私は当時これも無産政党の離合集散になるのでありますか、社会民主党を脱退して赤松克麿君の日本國家社会党準備会というものが確かできたと思います。その準備会には若干関係したと思います。日本國家社会党が結成せられる前にその準備会を脱退いたしておりまして、厳密な意味においては日本國家社会党には関係はない、こう考えております。