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日本社会党衆議院
総発言数
6,182 件
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
—
直近の発言日
1956/05/31

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 科学技術振興対策特別委員会52 件・52%
  • 外務委員会46 件・46%
  • 科学技術振興対策特別委員会科学技術行政に関する小委員会2 件・2%

※ 全 6,182 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

6,182 件中 20 件を表示
日本社会党1956/05/31

第24回 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第26号

○岡委員 全く御指摘の通りなので、これは一科学技術庁長官、また国務大臣としての正力さんのみの責任において問題は解決さるべきものではなくして、内閣全体の大きな責任にかかる政策だと思います。思いますが、しかし事実その衝に当って科学技術の振興を推進しようというその立場におられる正力さんに、これらの問題は、さらに十分に責任ある御検討をわずらわして、国の施策全体の上に生かしていただく、このような努力は当然必要だと私は思うので、あえて申し上げたわけ…

日本社会党1956/05/31

第24回 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第26号

○岡委員 機構の改革は、歴代の吉田内閣以来の政府の公約でありながら、今日まで果せておりません。しかしながら、機構の改革は、日本の民主化のきわめて大切な大前提だと存じます。特に今日のような科学技術の振興、しかも旧時代的な割拠主義というものが、やはり機構的にはその振興をはばんでおるというような現実は、実に非科学的であるので、この点は十分やはり科学技術庁の皆さんの今後における御努力に待ちたいと存じます。 それに関連して、政府も経済五カ年計画な…

日本社会党1956/05/31

第24回 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第26号

○岡委員 御存じのように、経済五カ年計画の貿易規模なんかから見ましても、五年目になっても、日本の輸出のほとんどは繊維製品であります。これでは、日本は、五カ年たっても、あの経済計画のまにまに進められるならば、依然として軽工業にとどまるというようなことであります。せっかく科学技術庁が発足をし、日本における産業の近代化のために御努力をせられるというならば、あのような貿易規模そのものが、もう少し皆さん方の主体的な御主張を中心に、変更されていいの…

日本社会党1956/05/31

第24回 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第26号

○岡委員 先ほど来、しごく基本的な方針についてお尋ねをいたしましたが、まだ十分私どもとしては納得をするお答えはいただけませんでした。いずれ国会ももう幕切れに相なりまするので、来たるべき通常国会には、予算と同時に、具体的な御方針——単に科学技術だけではなく、この問題は日本の全政策に関係する問題でありまするだけに、そういう問題についての克明な、しかも責任ある御方針をぜひ科学技術庁全体の御努力で打ち立てていただきたい。男子三日会わずんばまさに…

日本社会党1956/05/31

第24回 衆議院 外務委員会 第54号

○岡委員 中山、林屋両参考人には、御多用のところ御出席をいただいて、私も心から感謝いたします。問題はきわめて簡単なことでありますが、まず村長の中山さんにお尋ねいたしたいと存じます。 第一に、あなたの村の砂丘地が演習場としてほとんど米軍に提供される、こういうお便りをお聞きになり、また政府からの内意をお聞きになったときに、村をあげて反対をするという強いお気持に当時はなられたようであります。しかしさらにその後、どうしても接収は余儀ないこととな…

日本社会党1956/05/31

第24回 衆議院 外務委員会 第54号

○岡委員 そこで、河北潟がかりに村の要求せられるように約三百町歩ないし四百町歩埋め立てをされる、そういうことになりましても、当時の内灘村の農家戸数は約一千戸であります。そうして田は四十一町歩ということになっております。村の予算が一千万円程度で、平衡交付金四百五十万円といえば、全くお話にならない貧村である。そこで、大事な生業のもとである浜が奪われる、従ってそれにかわるものとして当然内灘沿いの沿岸の河北潟の埋め立てをしてやらねばならないとい…

日本社会党1956/05/31

第24回 衆議院 外務委員会 第54号

○岡委員 当時の新聞紙の報ずるところによると、二日の閣議においては林屋国務大臣から地元民との折衝の結果が報告され、その結果了解された一項目として、河北潟干拓事業費として予算の数字も出ておりますが、考慮する用意がある、こういうことがはっきりされておるわけであります。そこでその後継続使用がさらに期限付の使用になって参りまして、あの内灘をめぐって大きなセンセーションが巻き起って参りました。その当時の記録を私は拝見をいたしますと、いわゆる九月十…

日本社会党1956/05/31

第24回 衆議院 外務委員会 第54号

○岡委員 今中山元村長のお話しになった点に大きなポイントがかかっておると思います。当時伊関国際協力局長は、日米合同委員会において日米相互に議長になる、その座を占めるというような立場の人でもあり、内灘の接収問題では、当初より政府代表として御折衝の責任をとっておられた力であります。そこで今中山元村長の言われたように、伊関局長は政府代表としてこの河北潟の埋め立てを約束し、公けの文書にとどめることは、他の基地への影響もあるから一つ文書にとどめる…

日本社会党1956/05/31

第24回 衆議院 外務委員会 第54号

○岡委員 結局そうなりますと、率直にお尋ねをいたしたいのでありますが、中山元村長並びに林屋元国務大臣といたされましては、政府は内灘砂丘地を演習場として接収する、その見返りとして文書にはいろいろな事情があってとどめないまでも、河北潟の特に内灘沿岸の埋め立ては必ずやるのであるという意思表示が繰り返し示された、それは当然やってくれるものと今日まで御両者とも思っておられた、それがやってもらえないままに、さらに継続使用という要求が持ち出されてきた…

日本社会党1956/05/31

第24回 衆議院 外務委員会 第54号

○岡委員 最後に調達庁の公式な御見解をこの機会に承わっておきたいと思うのです。 まず第一の問題でございますが、河北潟の干拓の問題と、それからせっぱ詰まった内灘村の砂丘地が接収をされるということに基く内灘村の埋め立てをしてもらいたいという要望とは、一応切り離して考えなければならない問題なのでございます。河北潟干拓はもう二十年来石川県の大きな課題になっております。これは米軍に接収されるということとは無関係な石川県の大きな課題なのです。ところ…

日本社会党1956/05/31

第24回 衆議院 外務委員会 第54号

○岡委員 そこで大石部長の先ほどの御答弁でありますが、誠意をもって地元の内灘村との折衝を進めたい、こうおっしゃいます。私どもは大石部長がこの問題について多年の間まことに御苦労をしておられる苦衷はお察ししております。ただしかし、問題は、本日もかなり明らかになったように、誠意をもってというその誠意は具体的な事実をもって示されなければならないと存じます。村は約束だから埋め立てをしてくれということを言っております。それが果していかなる約束であっ…

日本社会党1956/05/23

第24回 衆議院 外務委員会 第48号

○岡委員 ちょうど三年前に内灘が、米軍の演習場として接収されるというそのことを通じて、国の内外に大へんな衝動を与えた問題を提起したことは政府も御存じの通りでありますが、この内灘の演習場としての継続使用について、最近また地元との間にいろいろ政府としても御折衝のようでありますが、その間十分なる意思の疎通を欠いておるようであります。その点をこの機会に若干ただしたいと思うのでありますが、順序といたしまして、当時内灘を米軍の演習場としてその使用に…

日本社会党1956/05/23

第24回 衆議院 外務委員会 第48号

○岡委員 政府委員の方に要望いたしたいのは、私の質問申し上げた点だけを具体的に、簡潔にお答えを願いたいと思います。 それでは昭和二十七年の七月四日、閣議の了解によって内灘を演習用地として接収使用するに伴う損失補償の要綱が決定されました。この要綱に基いて今日までどの程度の損失補償がなされたか、その金額もともにこの際承わりたいと存じます。

日本社会党1956/05/23

第24回 衆議院 外務委員会 第48号

○岡委員 そこでお尋ねいたしたいのは、今大石部長からも御指摘があったように、第一点の問題は、二十七年の接収交渉の過程において、内灘村から強い要望として、沿岸の干拓をやってもらいたいという要望があった事実であります。現在の村当局がそういう約束があったということを強く固執いたしておることは、現地に出向かれた大石部長も御存じの通りであります。当時私どももそういう事実があったということを確認いたすものでありますが、当時の事情を申し上げますと、当…

日本社会党1956/05/23

第24回 衆議院 外務委員会 第48号

○岡委員 この点は外務省の方でも伊関局長——当時接収の衝に当られた責任者の方面から、このような一部の埋め立ての約束というものは引き継がれておらないのでしょうか。

日本社会党1956/05/23

第24回 衆議院 外務委員会 第48号

○岡委員 そういたしますと、今内灘の継続使用について大きな難点と相なっております沿岸の河北潟の一部埋め立てという約束は、昭和二十七年の第一回の接収当時、政府側としては何ら与えておらない、こうおっしゃるのでありますか。

日本社会党1956/05/23

第24回 衆議院 外務委員会 第48号

○岡委員 問題はそこに大きく存在いたしておるわけであります。先ほど申しましたように、当時の村長は伊関局長との間に確かにその約束をいたしておる。ただ、これを明らかな公文書等で明らかに公表するということは、今後他の基地の使用等に影響するところもあるから、これは口頭の約束として押えてほしい、こういうふうな話し合いがあったということを、当時交渉の代任者である前村長がはっきり今公言をいたしております。またそのように村の諸君も一応了承しておったのだ…

日本社会党1956/05/23

第24回 衆議院 外務委員会 第48号

○岡委員 結局そうしますと、二十七年当時、村民としては米軍の使用は三カ年であるということ、また河北潟の一部を干拓するという、村長と局長との間における口の上の、しかしかたい約束、これを期待をし、またこれを信じて三カ年間の使用を認めた。この二つの約束が、むしろ道路や船だまりやあるいは畑地灌漑よりも、村の諸君、また石川県民の、この使用に対してある程度まで傾いた大きな原因であったというわけであります。ところが今になってみると、河北潟の一部埋め立…

日本社会党1956/05/23

第24回 衆議院 外務委員会 第48号

○岡委員 そうしますと、現在内灘で主としてその性能を検定と申しましょうか、そのために試射されておる砲弾というものは、在日米軍の調達部に納められるものである、こういうふうに了解していいのでありますか。

日本社会党1956/05/23

第24回 衆議院 外務委員会 第48号

○岡委員 在日米軍の調達部に日本で生産された砲弾が一応納入される、その上でまた在日米軍から自衛隊に引き渡される、こういう順序を踏んでおるのでありますか。