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自由民主党通商産業大臣衆議院参議院
総発言数
10,050
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
通商産業大臣
直近の発言日
1973/06/21

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 石炭対策特別委員会35 件・35%
  • エネルギー対策特別委員会30 件・30%
  • 商工委員会30 件・30%
  • 税制改革に関する特別委員会4 件・4%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 10,050 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

10,050 20 を表示
自由民主党防衛庁長官1973/06/21

71衆議院 内閣委員会 第32号

○山中国務大臣 医学上、人を殺傷するというような研究開発をするはずは毛頭ありませんし、所沢においても、併置される付属病院は、一般大学の付属病院同様、地域に対して開放された病院とするということをたてまえといたしておるわけであります。

自由民主党防衛庁長官1973/06/21

71衆議院 内閣委員会 第32号

○山中国務大臣 もちろん、あなたは名言を吐かれましたが、医者というものは人の命を救うためのものであって、人を殺すためのものは医者ではないと言われたのですが、私はやはり、それは自衛隊の医科大学校においても当てはめるべきであって、医学の手段を通じて人を殺すというような研究が行なわれようはずもなく、またそういうために人を養成することはあり得ない、このように考えます。

自由民主党防衛庁長官1973/06/21

71衆議院 内閣委員会 第32号

○山中国務大臣 これは私、直接の設立構想に参加していないわけでありますが、いろいろな案を検討したそうであります。 第一案としては学校教育法による防衛大学医学部、第二案は防衛庁設置法による防衛医科大学、第三案は学校教育法による防衛庁医科大学、第四案は既存の私大に医学部設置、第五案は学校法人をして、民間ですが、医科大学を設立させる私立防衛医科大学、これらの構想を全部検討して、ここらに中曽根当時の長官と文部大臣等との話し合いが逐一載っておりま…

自由民主党防衛庁長官1973/06/21

71衆議院 内閣委員会 第32号

○山中国務大臣 これはもう防衛医科大学校は当然自衛官たるべき医官の養成でありますから、自衛隊法あるいは施行規則に列挙された政治活動を禁止されることはあたりまえでありますし、一方、学校教育法の問題については、一例は航空大学校等もありますが、ほかにもたくさんありますが、これは、学校教育法のかぶっていない職域養成の機関としてやはり大学校の名前で存在しているわけであります。

自由民主党防衛庁長官1973/06/21

71衆議院 内閣委員会 第32号

○山中国務大臣 これはやはり防衛医科大学校も医師養成機関であることは間違いありませんから、ただいま厚生省から答弁がありましたように、修業年限とか入学資格、設備、編制、教員の資格等に関するそのような事項が、きちんと医師国家試験を受けるにふさわしい内容のものとして法的に整っていれば、すなわち厚生省が認める医師国家試験を受ける資格のあるものとしての対象としてとらえられているわけでありますから、それらの人々が国家試験に合格して正規の医師の免許を…

自由民主党防衛庁長官1973/06/21

71衆議院 内閣委員会 第32号

○山中国務大臣 最後の締めくくりだからといって、そういう一方的に——私たちもやはり国民の一人ですから……。 わが国を守る立場の自衛隊を是認する者としては、わが国の自衛隊のためにも、情報収集源として役に立つ部分を、相当古いけれども受け継いだということで、局長も申しておりますように、アメリカが年四回来ても監督を受ける立場にはないとはっきりいたしておりますから、自主性もそこに保っておりますので、そのことについては見解が分かれるところでありまし…

自由民主党防衛庁長官1973/06/21

71衆議院 内閣委員会 第32号

○山中国務大臣 私も、この稚内エリント基地というのは、あなたは現地に行かれたので御存じでしょうが、私もこの問題をそう深く調べておりませんし、いまいろいろ質疑応答の中で、おぼろげながらわかったような気もいたしますが、したがって断定的に、特定の国に対してのみこれが設けられているものであるかどうか、その点については、現時点においては答弁いたしかねます。

自由民主党防衛庁長官1973/06/21

71衆議院 内閣委員会 第32号

○山中国務大臣 答弁いたしかねますと申しました。現時点においてはまだ詳細把握しておりませんので、答弁いたしかねます。

自由民主党防衛庁長官1973/06/21

71衆議院 内閣委員会 第32号

○山中国務大臣 日本のような、東西冷戦時代はやわらぎつつあるといっても、やっぱり大陸に隣接した島でありますし、そこに一億以上の人間が住み、高度の工業生産を持つ国家として、私たちは、外国からじろじろ見られたり聞かれたりすることは裸でいい。しかし周辺諸国、どこを仮想敵とも言いませんが、われわれは目もつぶり耳もふさいでいなければならぬということは少しおかしいので、私たちとしてはやっぱり、正常な、憲法で許された範囲の、わが国の安全を守るための機…

自由民主党防衛庁長官1973/06/20

71参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○国務大臣(山中貞則君) 詳細な部隊の配置その他については久保防衛局長より答弁いたさせますが、七月一日には、沖繩の専守防衛の範囲の局地防空というものについて、日本側が完全に、アメリカ側のいままでやっておりましたものを日本がかわって行なうという形は一応準備ができております。

自由民主党防衛庁長官1973/06/20

71参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○国務大臣(山中貞則君) 準備は終わっております。

自由民主党防衛庁長官1973/06/20

71参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○国務大臣(山中貞則君) 文字どおり沖繩の局地防空の任を引き継ぐわけでありますから、その任務に関する限り、わがほうが行なうわけでありまして、アメリカ側との間の連絡その他によって、あるいは相互作戦と申しますか、そういうような形ではやっておりません。ことに、アメリカは核弾頭装着可能なミサイルというものを持っていたことは間違いありませんが、それは全部、ありましたものは買い取って、全部日本側で核弾頭装着不可能な弾頭にかえておりますし、いま配置し…

自由民主党防衛庁長官1973/06/20

71参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○国務大臣(山中貞則君) これは、私が総務長官をやめました後、田中内閣になりましてから、ことしの一月、日米閣僚レベル会議の際に、最終的に嘉手納移駐ということが合意されております。ただ、その年月が、工事消化能力の問題等もありますけれども、やや私にとって、復帰時において那覇空港にP3を含む米軍機が存在しないという前提がくずれているという感じがして、私自身としては、それを何とか取り戻したいということて、いま一生懸命米側と直接あるいは外務省とも…

自由民主党防衛庁長官1973/06/20

71参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○国務大臣(山中貞則君) これは日本の中の問題ですから解決はできますし、私が考えております当初からのターミナル・ビルの予定地は、現在の自衛隊機のP3の使っておりますところよりか、地図で申しますと、南に下ったところですね。したがって、あと駐機場その他をつくりますときにP3の地上施設にぶつかる、こういう環境だと私は見ております。したがって、自衛隊のもので支障があります場合には、これはもう民間優先で、自衛隊のほうがどいてもらうという姿勢をとっ…

自由民主党防衛庁長官1973/06/20

71参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○国務大臣(山中貞則君) ことしの日米協議委員会、一月においておおむねの段取りはして、あるようでありますが、私は、ただいま申しましたとおり、こちらの対応する準備ができれば、それに従ってもらう。したがって、なるべく早く移してもらうという姿勢で臨むつもりでありますから、それまでには、こちら側から、こういう態勢ができたので、したがってこのころまでには出ていってもらいたいという姿勢をとれるようにしたいと思って、いま努力中であります。

自由民主党防衛庁長官1973/06/20

71参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○国務大臣(山中貞則君) そのとおりです。

自由民主党防衛庁長官1973/06/20

71参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○国務大臣(山中貞則君) これは締め切り日のほうはもうきまっているわけですから、したがって、海洋博が開かれるときに那覇空港にアメリカのP3はいないということははっきりしているわけです。そのことはしたがってスケジュールと言えば言えるんですけれども、私の場合はそうじゃなくて、もっと早く、返還の日にいなくなっているべきはずであったP3がなお現在いるという事実は、いまおっしゃったように沖繩県民にとっては何ともやりきれない、だれを信用していいかわ…

自由民主党防衛庁長官1973/06/20

71参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○国務大臣(山中貞則君) これも一月の日米安保協議会においては二百戸という話に合意されているようであります。これはしかし二百戸移すことも千二百戸全部移すことも同じことであると私は思うんです。アメリカ側から見れば。それを千戸しがみついてみたところで、那覇はこれは県庁所在地の町でありますから、都市計画以前の姿で雑多に人が住みついているにすぎない。そこにせめて都市計画らしいものが描けるとするならば、何としても上之屋一帯の牧港住宅と言われるあの…

自由民主党防衛庁長官1973/06/20

71参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○国務大臣(山中貞則君) これはおっしゃるとおり、私は、沖繩の基地の状態、あるいはその周辺の市町村の現実の生活状態その他、大げさに言えば手にとるように知っております。したがって、私どもの役所において過去作業をいたしておりましたものを全面的に私のほうで再検討をいたしまして、追加その他をいたし、さらに強力に押してしかるべきものであって、これはアメリカが代替施設その他何ら必要としないまま返還できるはずである、そういうような地域も具体的に指摘を…

自由民主党防衛庁長官1973/06/20

71参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

○国務大臣(山中貞則君) 公有地は、これは県市町村に返るわけですから……。