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日本社会党衆議院
総発言数
5,054
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1963/06/07

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 物価問題等に関する特別委員会53 件・53%
  • 大蔵委員会21 件・21%
  • 決算委員会13 件・13%
  • 文教委員会12 件・12%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 5,054 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

5,054 20 を表示
日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 私は模範的審議をするという方針で質問いたしておるので、うそは言わないほうがいいと思うがいまのようにそうかもしれぬと言うなら、私はそれのほうが模範的審議になると思って、けっこうです。ところが法案の構成に、いわゆる国定に近づけるということが入っておるから、今度はこの要綱及び問題点自体は一つの手段として考えた。それは課長などは苦心をするから、そういうことをするだろうと思う。それでわかるのだが、さて、法案自体の中にそういう体臭…

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 前に村山委員だったか、基本的な考え方として、文部大臣の教科書観はどうかという質問に対して、文部大臣は憲法、教育基本法を基準として作成されたるものだ、こういうふうにお答えになったと思うのですが、間違いないですか。

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 学習指導要領が憲法と教育基本法の趣旨に反した学習指導要領になる可能性は、これはあるわけです。憲法、教育基本法がここにある、そして具体的にその憲法、教育基本法の精神の発展として学習指導要領ができるのが正しいのであるけれども、学習指導要領が憲法の規定、教育基本法の精神と離れて、学習指導要領を守ろうとすれば教育基本法から離れてくる、そういう学習指導要領が生まれる可能性は行政的にあると思うのですが、それはそういうふうに思います…

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 現在の指導要領は、それに忠実になると、どうも憲法、教育基本法に忠実になれないことになっているというのが、著述経験者の苦しい、不平を言っていることですが、私、学習指導要領を全部読んでいないので、いまここでこうだということは言えないから、この点は申し上げませんけれども、憲法、教育基本法に沿った学習指導要領を前提として、学習指導要領を基準として検定をするというのでなければ、私はそこにうそが出てくると思う。そこに高山さんがいる…

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 あと事実に合わないときには、次に質問します。ところが検定をする場合については、その教科書をつくった著述者からいえば、学問の自由、思想の自由、検閲禁止の憲法の規定、そういういろいろの著述についての憲法上の保護があるわけですから、そういう意味において、国が行なう検定の限界は、単純に指導要領に基ついて教科書を見るということのほかに、歴史なら歴史についての歴史観というものがあるわけですが、その歴史観を修正するということは、検定…

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 お答えにならないのですがね。指導要領には歴史観など書いてないのだから。教材の配列、どういうものを教えなければならぬというふうなことだけでして、学問の自由、思想の自由、表現、出版の自由、あるいは検閲禁止の事項、そういうものを含めて、検定権についてはその立場からの一つの限界がなければならぬので、たとえば具体的に、歴史の書物についての歴史観について、それを修正せしめるというのは、検定権の外にあるのじゃないか、そう思うのですが…

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 それは、こういう事項を教えなければならぬということを書いているというお答えなんです。歴史観について、こういう歴史観はよろしくないということが、検定権の範囲にあるかないか。これは、あるということを言うならば、国定制度に対して賛成だという論理にならなければならぬ。あなたは国定制度に対しては反対なんだ。国定制度に対して検定制度というものがあり、検定制度に対して認定制度があり、ヨーロッパ諸国を見ても、そしてさらにイギリスのよう…

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 そうすると、まだ少しそれでお答えになっているのだが、歴史観というものは修正を加えるということはない、史実に合っているか、合っていないかということだけがやはり検定の限界だ。そうですか。間違いないですか、そうでしょう。

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 何といま答えられたのですか。史実に合っているか、合っていないかというのが検定の限界である、歴史観については検定権の外にある、こういうことですね。

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 どんな歴史の書物だって、何らかの歴史観があるのですよ。事実に合っているか、合っていないかということに間違いがあれば、それは直さねばならぬ。しかし、たとえば豊臣秀吉なら豊臣秀吉、戦国時代なら戦国時代、あるいは鎌倉時代の文化を見て、どういう角度でこれを叙述するかといえば、これは歴史観でしょう。だれだってあるじゃないですか。それを修正する権限が検定権の中にあるかないかということをお聞きしているのです。

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 そういうものだろうと思いますで日本の教科書を検定する責任者では困るので、事実というものにあやまちがない限りについては政治史的な見方もあろうし、文化史的な見方もあろうし、経済史観もあるし、そういうことなら、私は十二時までやります。歴史観というものを修正し、それを押えていくのなら、これは思想の自由、憲法の自由に入ってくるから、検定権は憲法の思想の自由の上にあるかどうかということを聞いている。たいへんな問題なんです。

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 憲法の中に思想の自由があるのだから、憲法に従ってというなら思想の自由を守って思想の自由を侵さない、こういう解釈でいいのですか。また憲法と基本法とに戻ったから、その憲法の中に思想の自由が入っているのですね。それでいいのですか。これは明確にしておかないと、この法案には直接検定のことが書いてないから基本的に聞いているので、もっと簡単に。私はあげ足をとる気も何もないのですからさっと言ってください。

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 それでけっこうです。次にどの教科書を先生が使用するかどうかというのは教育の問題ですか、行政の問題ですか。

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 それはおかしいでしょう。どの教科書を使うかということは、これはもう教育活動の着手ではないですか、着手でしょう。文部大臣がこの教科書はどの教科書を使ってもよろしいというのが検定ではないですか。そこで先生が自分の教育計画に基づいてこの教科書を選ぶということは教育活動の着手ではないですか、どこが行政なんですか。

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 それをどうして教育行政機関に取り上げるんですか、教育活動を法案は取り上げているじゃないですか。

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 極端な例で、各クラスごとに変わってはそれはそのとおり困るでしょう。だから教育行政機関、委員会が指導、助言権を与えているじゃありませんか、とってしまうということは教育をとることではないですか。あなたは教育活動と言ったではないですか。指導、助言、採択する全部をとってしまう法律ではないですか。そうしてしかも県までとってしまう、その半分は。そんなばかな教育的な政策なんというのはないです。いま文部大臣はどういう教科書を使うかとい…

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 何のために検定をつくっているのですか。その検定をするときに、いわゆる指導要領に基づいて、この教科書は日本国民教育のために適当であるかいなかということをきめるので、その指導要領に基づいて適当だとつくられた教科書を、さらにどれを選ぶかということについて、どこに先生の責任が出るのですか。何の責任です。それは。ある教科書をどういうふうに教育するか、その教育する活動の中に偏向教育があったかいなかという論議ならわかる。そうではなく…

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 それは便宜的な問題でして、一定の地域において教科書が統一されて使われたほうがいいというのは、一種の政策論でしょう。その政策のために、いわゆるどの教科書を使おうかという先生の教育活動そのものをとってしまおうということは、違うと思うのです。そうならば学校が採択する。しかしその地域においては、その採択権を持っておる学校がよりよい採択協議会をつくって、そうして郡市に一つになるようにつとめなければならぬとか、あるいは行政的に指導…

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 政策的に一定の地域に同じ教科書を使うという方針でやりたいというならば、教師のどの教科書を使うという立場をとらないで法律をつくりなさいというのです。とっているじゃないですか、この法律は。そうすると、教育の問題と行政の問題をあまりにも便宜的に、無原則に法律でつくれば何でもいいのだという思想になっている。どの教科書を使うかというのは先生だ。そういうことを確認をしたあとで、行政指導だけではうまくいかないとすれば、よりより採択委…

日本社会党1963/06/07

43衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 トップレベルと言っても、教育委員はほとんど何も教育は知らないですよ。教科書だけは教科書を使った人しかわかりません。ほんとうは一年使って初めてその教科書はわかるのです。教員の代表をもって構成するならばまだわかるのですよ。そうじゃないですか。学識経験者に教科書のいい悪いはわかりっこないですよ。この法案はむちゃくちゃじゃないですか。それから行政区といいましても、十カ町村くらいある場合については、町村合併で元は農村であったもの…