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日本社会党・護憲共同副議長参議院
総発言数
4,649
直近の所属会派
日本社会党・護憲共同
直近の役職
副議長
直近の発言日
1969/03/17

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 内閣委員会53 件・53%
  • 商工委員会26 件・26%
  • 本会議19 件・19%
  • 議院運営委員会1 件・1%
  • 産業・資源エネルギーに関する調査会1 件・1%

※ 全 4,649 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

4,649 20 を表示
日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 それで、いま言われましたその科学調査の問題なんですがね、それについても若干疑問があるわけであります。中心部の採掘が明治時代ですね。まあ三十年から四十五年にわたって谷茂がこの採掘をしたと言われるわけですね。その採掘については残柱式だという結論が出ておる。そういたしますと、この残柱式だとすればこの八尺層がかなり残っておらなければならぬと思うんですが、あなたの見解はどうですか。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 ところがですね、ボーリングをやりましたこの結果というのは、八尺層というのはほとんど空洞になっておった。これは御存じですね。これは一体だれが取ったんですか。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 少しあなたの言われるのに矛盾がありますね。明治時代に三十年から四十五年にわたって谷茂が残柱式で掘った。そうすると八尺層はここに残っておらなければならぬ。しかし、現にこの町部の八尺層というものは全部払われておる——全部とは申しませんけれども、かなり空洞になってしまっておる。だれかが取った者があるはずですね。その辺はだれが取ったかと、この推定をお尋ねしておるわけです。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 わからないと、だから三菱に関係ないということもこれはまた言えないわけですね。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 それは私もそう申し上げているわけです。確証はない。しかし、掘らない、三菱に関係ないということもこれは断言できない問題じゃないかと思うのであります。というのは、その金田小学校の下ですね、これは明確に採掘図でも出ておりますから明らかなんですが、昭和十八年に残柱式で掘っているということが明確なんですね、これは科学調査からも明確です。これについて尋ねるのですが、このときの坑道というのはどういう坑道であったのですか。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 だから、一体その際の坑道というのはどういう坑道なのか。谷茂がやった場合には、もちろん八尺層の中に坑道を入れて残柱式をやっていると思うのでありますが、この金田の学校の下を掘った場合の坑道というのは一体どういうものか。なお町の中心部の下では、八尺層の上の七重、これもほとんどなくなっている。だからその辺になると、いよいよこれはだれが掘ったかわからぬということになるのですが、先ほどの話を聞きますと、どうも明治のころに谷茂が掘ったのじ…

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 最初の質問の、金田の小学校の下のこれは卸は入っておるけれども、この採掘の坑道というのはどういう坑道であったかということをお尋ねしている。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 それじゃ、採掘図に入りましたから続いてお尋ねをいたしますが、あれは彦山川でしたね、あの本卸から彦山川、いわば金田町の心部に向かって七片と八片と入っていますね。それでお尋ねをするのですけれども、右方はいま払われたと、こう言う。左方に七片と八片が入っておる。そうすると、七片と八片がある以上は、これは当然六片がなければならぬわけですね。これに関する資料というのはありませんか。また、六片がなくて七、八だけ掘れるものかどうか。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 まあ採掘図によれば、七と八しかない、彦山川に入っているのは。入っていないが、当然七片を掘る以上は、排気の関係で六片もあるのが当然ではないかということをお尋ねしておるわけです。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 しかし、どうですか普通に考えてみて。私は炭鉱の専門屋でないから、これはあなたから言いくるめられるかもしれませんけれども、本卸が入る、そして片を入れる場合に、七と八だけ突然に入りまして、これは六片がなくても、七、八だけでやったのだ、こういう説明はちょっとこれは通らぬのじゃないですか。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 七、八が当然三四四に延びておるならば、六片も当然三四四に延ばしておるというのが、これはあたりまえの話じゃないでしょうか。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 どうもその辺は私は納得できませんが、それでは通産局に、三菱が谷茂から大正二年鉱区移譲を受けた際の採掘図がここにあるわけです。これによりますと、金田町の中心部の一部は全然——あなた御存じでしょう、大正二年の地図です、全然これは採掘されておらぬ図面になっておるわけですね、中心部はですね。これは信頼されるわけですか。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 それで通産局が出したこの大正二年の地図と、それからこの町から出ておる鉱区の原図ですね、これとの間にかなり違いが見られるわけです。わかりますか。だから大正二年の地図が正しい、この実測図は間違いないものだ、こう考えてよろしいわけですか。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 それと通産局が出しました昭和二十三年の地図があるわけです。これは三十二年に三菱が通産局に出した採掘図です。これはあなたも御存じのように、金田の学校の下を残柱式で掘ってあったのです。これははっきりしておるわけです。それと同じ色で金田の三区の下あたりに出ていましたね。この関係はどうなんですか。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 そうです。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 それで、まあ大体鉱害の場合には坑内の実測図といいますか、採掘図で判断するのが通常のようですね。それで、金田町の金田小学校の真下に残柱式で十八年に三菱が掘っておった。しかも、七片と八片はふけのほうに向かって伸びておる。それと金田小学校の真下にある残柱式で掘られたものと同じ色のものが金田町の真下に採掘図の中に出ておる。しかも、この図面は通産局が出したものである。そこで、当然七片八片の関係から考えますと、戦時中でこれはもう非常にむ…

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 そうしますと、七片では掘ってないわけですか。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 そうしますと、あながち六片というのは必要ない、こうお考えなわけですね。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 そうすると、その三十二年の採掘図の中でですね、金田町の真下に残っておる残柱式で掘ったというあとが浮き出ておる。はっきりしるされておる。これは金田の小学校の真下にある掘り方と同じである。こういうことになると、この金田町の中心部の下にあるこの地図というのは一体どういうことなんですか。

日本社会党1969/03/17

61参議院 石炭対策特別委員会 第5号

○小野明君 そうです。