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日本社会党衆議院
総発言数
3,088 件
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
—
直近の発言日
1959/03/27

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 決算委員会100 件・100%

※ 全 3,088 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,088 件中 20 件を表示
日本社会党1959/03/27

第31回 衆議院 決算委員会 第15号

○小川(豊)委員 ほかの方のあれもありますし、官房長官にもお尋ねしたいので、最後に一点お聞きしますが、さっき私が申し上げたように、このグラマンの決定というのは、まさに運動によってなされた。しかも永盛調査団は、アメリカへ行くまではグラマンの調査というものはその課題になかったにもかかわらず、これを国内から電報なり電話なりで命令して調査させるようにした。ところが、これはできておらないんだから、調査のしょうがないから、工場を一目だけ見て帰ってき…

日本社会党1959/03/27

第31回 衆議院 決算委員会 第15号

○小川(豊)委員 ここは重大な点なんですが、内定した、これを内定するには、かなり急がなければならない事情があったと思うのです。それは、富士重工も仕事を持っておる。川崎も持っておる。新三菱は切れる。だから、防衛産業育成の名のもとに、新三菱に新しく仕事をやらなければならないというのが、この決定を急いだ理由だとわれわれは考える。さっきからお聞きしても、日本の防衛のためにどういう性能の飛行機が何機必要だという、この必要から割り出されたものではな…

日本社会党1959/03/27

第31回 衆議院 決算委員会 第15号

○小川(豊)委員 国防会議懇談会というのは、それは私的のものであって、国防会議に対してどういう意見を出すか、国防会議がきめるまでの間の懇談の機関だと思う。これは公式には何ら関係ない。国防会議というのは開かれておらないのです。そうすると、そうして急いできめながら、内定しておきながら、その後一回も国防会議を開いていないということは、そんなに急ぐ理由というものはなかったということになる。急ぐ理由がないにもかかわらず、きわめて急いでこれを内定せ…

日本社会党1959/03/27

第31回 衆議院 決算委員会 第15号

○小川(豊)委員 ほかの方のじゃまをするといけませんから、官房長官に一、二点お尋ねします。 失礼だが、国防会議の議員というのは、これは軍事専門家ではない顔ぶれなんです。従って、こういう決定に対して、国民は一まつの不安は持つのです。持ちますけれども、かつての日本の悲劇を考えるとき、こういう不安とは別に、やはり政治優先の原則というものは貫かなければならない、こういう固い決意を国民はやはり持っていると思う。今巨額の国費を投じて次期戦闘機を購入…

日本社会党1959/03/27

第31回 衆議院 決算委員会 第15号

○小川(豊)委員 官房長官、この委員会の長い間の審議でわかったのは、この日本で買おうとしているグラマンというものは、アメリカにないということがわかったのです。従って、試験もしていないということもわかったわけです。それを試験したというのは、違うエンジンをつけた飛行機である、これはまだできておらないというならば、性能比較の結果いいという説明は、これはまさにうその説明であったといわなければならないと思うのです。それから、経済的に安いとおっしゃ…

日本社会党1959/03/27

第31回 衆議院 決算委員会 第15号

○小川(豊)委員 官房長官、これは比較したくても何もできていないのだ。その資料は出ないのです。 〔委員長退席、鹿野委員長代理着席〕 国防会議に出ないのですよ。出ない資料を検討しようとしても、出せるはずはない。出せないものを検討しようがない。それは、こういうものができたらさだめしいいだろうという推定はなし得るかもしれない。しかしながら、この手数百億も出して用意しようとする飛行機をそういう推定で買うということは、これは常識では考えられません…

日本社会党1959/03/27

第31回 衆議院 決算委員会 第15号

○小川(豊)委員 ですから、決定せずに内定したということは、内定は決定の一つの段階なんです。段階なんですが、これは一まつの不安もあるから内定したというなら、それでいいでしょう。その点を私は追及しませんが、内定に持っていくための資料が初めからでたらめの資料であり、偽わりの資料であり、作為に基く資料であったとするならば、その資料はあなたはこの決算委員会その他の委員会でも、この問題は議論された問題です。あなたも、速記録を読まないまでも、その報…

日本社会党1959/03/27

第31回 衆議院 決算委員会 第15号

○小川(豊)委員 これは官房長官、だめなんですよ。できていないということは、この委員会を通じて、はっきりしておるのです。この点だけは、はっきりしておる、それならば、ないものを研究をし——研究はできるでしょう。しかし、ないものに基いて調査はしょうがない。しかも、いつか田中委員長が言ったが、自転車を買うのでも、現物を見なければ買わない。それを、三百機もの戦闘機を千数百億の金を出して買うのだから、それは試験に試験を重ねたのを、研究に研究したも…

日本社会党1959/03/27

第31回 衆議院 決算委員会 第15号

○小川(豊)委員 私はこれで質問を終りたいと思いますが、今、田中委員長が言われた中には、田中さんの私見というか、主観というものが相当入っておるかと思います。しかしながら、この委員会で質疑を通じて判明したことは、日本で購入せんとするグラマンなるものは、アメリカでは当時まだできておらなかったということは判明しております。それから、機種決定というものに対しては、二年も三年も心血を注いで研究すべきものであるにもかかわらず、グラマンはわずか三、四…

日本社会党1959/03/26

第31回 衆議院 決算委員会 第14号

○小川(豊)委員 まず第一に、高橋証人にお尋ねしたいと思います。あなたの職責をお尋ねしますが、あなたは防衛庁の防衛局第一課長という立場におられますが、第一課長というのは、どういう仕事をおもにおやりになりますか。

日本社会党1959/03/26

第31回 衆議院 決算委員会 第14号

○小川(豊)委員 きようは、たくさんの質問者がありますので、私もなるべく簡単にお尋ねしますから、あなたの方もできるだけ簡単にお答え願えればけつこうだと思います。 そこで、先般問題になっておる点からお尋ねしますが、日米共同防衛の立場からいうならば、日本で整備をする戦闘機というもの、アメリカで必要とする戦闘機というものは、相互に援助し合う、相互支援をなし得るということが共同防衛の一つの大きな柱になってくるのではないかと思うのですが、あなたの…

日本社会党1959/03/26

第31回 衆議院 決算委員会 第14号

○小川(豊)委員 そういたしますと、日本で準備される飛行機は、かりにアメリカへ行つた場合でも、いつでもアメリカで整備ができる、同町にアメリカの飛行機が日本に来た場合においても日本で整備補給ができるということが建前になってくるということが、ここでわかったわけです。そういたしますと、日本で昨年の四月十二日に内定したグラマンという飛行機は、今までの委員会の質疑応答の中では、二機試験はしたけれどもあとはできていない、その試験も失敗に終つた、こう…

日本社会党1959/03/26

第31回 衆議院 決算委員会 第14号

○小川(豊)委員 将来はもちろんあなたのお答えになつた通りにいくでしよう。しかし、私は現在のことをお聞きしておるのです。たとえば関西と関東では電気の方は五十サイクルと六十サイクル、従ってこれを取りかえることができない。これが日本の産業の非常に大きなガンになっておる。それと同じように、互換性のないものを日本へ入れてきて、そうしてこれで日本の防衛は充足し得るのだ、将来は差しつかえないのだ、こうおつしやいますけれども、非常に早い速度で飛んでお…

日本社会党1959/03/26

第31回 衆議院 決算委員会 第14号

○小川(豊)委員 あなたは、防衛庁内で次期戦闘機をどれに決定するかということについては非常に重要な立場におられるわけです。そこでこれは昨年の委員会に、岡幸昌といって、あなた方と一緒に仕事をしておられて、今はやめた方が、証人に立たれたときに、われわれがこのグラマンの決定に対して最も疑惑を持ち、理解のできないのは、戦闘機の採用には二年も二年半もかかって心血を注いで調査研究するのだ、ということを聞いております。ロッキードの場合でもその他の場合…

日本社会党1959/03/26

第31回 衆議院 決算委員会 第14号

○小川(豊)委員 それは違いはしませんか。私、委員会の会議録をずっと読んで参つたのですが、この会議録の質問に対するお答えに、グラマンというものは、永盛調査団がアメリカに行くときにはまだ研究の対象、調査の対象にはなっておらなかった。アメリカに行ってから、日本の方からそれに対する命令が出て、これを調査してこいというので調査してきたんだ、こういうことがはっきりしているんです。だから、私は三ヵ月や四ヵ月と言っているわけです。あなたの方では、三ヵ…

日本社会党1959/03/26

第31回 衆議院 決算委員会 第14号

○小川(豊)委員 今、委員長が僕に注意されましたが、私はグラマンという飛行機が戦争中あったことは知っている。ただ、日本が買おうとするグラマンの飛行機というものはアメリカではできておらなかったということも、この委員会で、はっきりしている。それから、永盛調査団が向うに行って、その日本の買おうとするグラマンというものを調査したのも、わずかに一日であった。しかもこの一日は——当時アメリカから、日本の調査団が行くに当つて、グラマン社から日本へ急い…

日本社会党1959/03/26

第31回 衆議院 決算委員会 第14号

○小川(豊)委員 あなたは十月十日に着任されたのだからその前のことは存じない、こういうことですが、あなたが着任されれば、その前の方との引き継ぎというものは当然あるでしよう。そのときに、こういう重要な問題の引き継ぎがないということはないでしよう。どういう引き継ぎをされましたか。あなたは、てんで着任前のことはわからない。そんな官僚の機構ではないはずです。

日本社会党1959/03/26

第31回 衆議院 決算委員会 第14号

○小川(豊)委員 今、あなたが引き継ぎを受けたと言うその引き継ぎの内容を一つ、このグラマンに関する点をお答え願います。

日本社会党1959/03/26

第31回 衆議院 決算委員会 第14号

○小川(豊)委員 そのあなたが引き継ぎを受けた中に、次期戦闘機にはグラマンがどういう状態であるかということがありましたか。

日本社会党1959/03/26

第31回 衆議院 決算委員会 第14号

○小川(豊)委員 その中に、日本の買おうとするグラマンというものが入っておるのかおらないのか。そうして入っておつたら、これに対するどういう調査の引き継ぎを受けたか。この点を……。