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自由党衆議院
総発言数
1,332 件
直近の所属会派
自由党
直近の役職
—
直近の発言日
1950/04/12

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会69 件・69%
  • 法務委員会公聴会30 件・30%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 1,332 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,332 件中 20 件を表示
自由党1950/04/12

第7回 衆議院 考査特別委員会 第24号

○安部委員 アクチーヴにならなければなかなか帰れないかということを質問する場合に、証言の中でばかげたなんてよけいなことは言う必要はない。もう少し謙虚な態度で、紳士的に証言しなければならぬ。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 ただいまも内藤委員から指摘されましたが、ソ連におきましては、抑留生活中非常にあなた方を優遇したというように、あなたは証言されておるのでありますが、私の集めたいろんな資料によりますれば、ソ連には百二十五の俘虜收容所があつた。その俘虜の死んだ者のパーセンテージが非常に多い。二十万九千三百人くらいの戰時捕虜のうち、五万一千三百三十二人が栄養失調及び伝染病のために死亡した。そういうような報告がありまして、その死亡率は二四・五%に達し…

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 死亡率が多かつた。しかも百人ならばその四分の一に達するほど死亡者があつた。それからまたノルマという制度のために、虚弱の者でも強健な者と同様に働かねばならなかつた。それぞれ苦力のりように、奴隷的な、非常に苛酷な労働に従事しなければならなかつた。従つて食糧も惡かつた、栄養失調のために死んだ、あるいは苛酷な労働のために死んだ。あるいは寒いときには適当な設備がなかつたために、凍死した者が多かつた、こういうようなことは聞かなかつたか。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 あなたは説明するのに横の方に行つて、質問の焦点を巧みに避けてしまうが、顧みて他を言うというのではなく、あつたかなかつたかという質問に対して、直截な答弁をしてください。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 そういうことはなかつたのですね。(「なかつたように記憶していると言つているじやないか」と呼ぶ者あり)黙つておれ。お前に聞いているのつじやない。 そこで、あなたはいろいろなことを言つておるが、内藤委員が指摘をしたように、善意な証言でないように思う。非常にでつち上げたようなことがたくさんあると思う。あなたは真実のことを言つておらぬように思うのです。 それではもう一つ——これはあとでだんだんと聞きますが、日本新聞にいろいろ記事があ…

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 日本新聞が、一方的な共産党に都合のいいような記事は掲載し転載するが、ほんとうの日本共産党というものが、きわめて暴戻な無軌道なる行動をしておるという記事は掲載されなかつたのですか。証人、どうです。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 共産党に便宜なような記事は日本新聞に掲載されておつたが、共産党に関して不利益なようなことは、それがたとい実際日本にあつても、そういうことは記載されなかつたのですね。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 よろしい。真実を伝えるのが日本新聞の使命であるなら、日本にはこういうようなことがあつた。昨年の夏に平事件と、いうものがあつた。あるいは広島に製鋼事件というものがあつた。福島に列車転覆事件というものがある。あるいはまた無人電車、いわゆる人民電車事件というものがある。あるいはまた三鷹事件というものがあつた。そういうことに関する記事が、日本新聞に掲載されましたか。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 ただいま証人は、日本新聞は真実なることを掲載するというが、こういうような天下周知の、世界的に伝えられ報道された大事件に関しては少しも掲載することはなかつたけれども、たとえば伊藤律氏の声明であるとか、あるいはまた徳田球一氏の論文であるとか、先ほど委員長が写真を提示してあなたに質問したように、そういうようなものは多く掲載されたということは否定しないですね。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 あなたは收容所におきまして、あるいは議長になつたとか、あるいは日本新聞という最も権威のある新聞の宣伝部長になつたというようなことで、各收容所を旅行した、あるいは支配したというようなことを、参議院の存外同胞引揚問題に関する特別委員会で証言しておるのでありまするが、そういう点から申しましても、密告、つまりスパイのような、同胞が同胞を売るようなことはなかつたのですか。たとえば反フアシスト委員会の委員というようなものは、われわれ同胞…

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 全然ないというのですか。それならば、たとえば作業に行つた、ところがそれがノルマに達しなかつた、からだの加減が惡かつたか、あるいは毎日の労働のため疲労して、どうしてもノルマに達しなかつた。ところが帰つてから、あのやつは反動だ、あれはサボつた、そうして四〇%ぐらいしか仕事をしないのだ、あれらのためにわれわれは非常な迷惑をこうむるのだ。またあるいはあやまつてけがをした者に対して、労働の過激のためにけがをしたということを日本に帰つて…

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 それから食糧の問題ですが、たとえば栄養失調のために非常に衰弱して、自分のキヤンプあるいは寝床から便所にも行けないという者も狩り立てて、強制労働に従事せしめたという証言もあつたのでありまするが、あなたはそういうことは聞いたことがありませんか。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 あなたの收容されておるところに、どれほどの病院がありましたか。そしてそこに医者が何人おつて、看護婦が何人おつたですか。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 四、五名の医者といつたのは、医者のほかの助手、たとえば代診する者とか、医者の免許のない、医者という職業に従事するほんとうの資格のない者を加えて四、五名というのですか。また医者だけが四、五名おつたのですか。先ほどあなたの言つた病院においては。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 その四、五名いる病院のある收容所には、日本人は何名ぐらい收容されておりますか。何千人ぐらいおつたのですか。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 死亡した者の遺骨とか、そういうものを日本に持つて来ることを許されたか。あるいはあなたの收容された分所においてどれだけの死亡者があつたか。そうしてそれらの死亡者は、あるいは今日においても、いつ行つても墓を掘れば発掘できる。そしてそういうものの遺骨を持つて来ることができるか。そういうことの点に関して、詳細にあなたの見聞したところを証言してください。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 そうすると、遺骨とかあるいは埋葬の状態に対してはどうですか。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 大体証人にいろいろ聞いても、ほとんど真相をつかむことが困難と思います。あまりこれは質問しても無意義と思いますが、ただ最後に聞きたいことは、あなたは共産党員でありますが、徳田要請問題が参議院の在外同胞引揚問題に関する特別委員会で調査されることになつた。あるいはまた……、(「問題がはずれておる」と呼ぶ者あり)だまつておれ、はずれておらぬ。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 それでこの衆議院の考査委員会で徳田問題、あるいは日本共産党の在外同胞引揚妨害問題に関して審査するということに関して、そういうことが新聞に掲載され、あるいはそういうことをお聞きになつてから後、共産党の本部に参りましたか。共産党の本部に参つて、そして共産党といろいろあなたは申合せし、あるいはいろいろな尋問や、そういうことを相談したことがありますか。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○安部委員 徳田要請問題に関しては、何かお話はありませんでしたか、どういうことを述べるかというような……。