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文部大臣参議院衆議院
総発言数
2,587
直近の所属会派
直近の役職
文部大臣
直近の発言日
1951/03/31

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文部委員会71 件・71%
  • 文教委員会28 件・28%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,587 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,587 20 を表示
文部大臣1951/03/31

10衆議院 文部委員会 第22号

○天野国務大臣 私は、その場合に一番重要なことは、名前を農業学校とか工業学校とかするよりも、そういう学校の生徒が、たとえば中学校を出た場合に、行けるならば上の学校に行ける、それからまた高等学校を出て、そういう名前のついた学校でも、行けるならば上の学校に行く。要するにその子供を若いときに一つの袋小路に入れてしまわない、こういう点に、新教育の重点があると思うのです。だから、そういう点さえ保障されるならば、名前は私は工業学校とか農業学校とか言…

文部大臣1951/03/31

10衆議院 文部委員会 第22号

○天野国務大臣 その点は、笹森委員のおつしやることに、私は全然同感なんです。私は職業教育には賛成だけれども、ここに使いやすい人間をつくる、人間をただの一つの方便にするような、そういう考え方の職業教育には、私は反対だということは、衆議院の予算総会においても言明しておる通りでございます。だから、そういう人間として一生、いろいろな趣味を持ち、またいろいろなことに対して関心の持てるような人間、ただ一つの道具のようなそういう人間では困るという考え…

文部大臣1951/03/31

10衆議院 文部委員会 第22号

○天野国務大臣 私は教育刷新委員会以来、審議会においても、そういう論をして来た人間で、文部省としては、全体としてそういう私の方針に向つていると思います。けれども、その方針が少し行き過ぎたような形のために、この実業教育というものを振興しなければならないようになつて来ておるのです。だから今までは、もつぱらそういう方針に向つて行きますが、しかしそれが極端にならないようにということを、私はあらゆる機会において述べて参つておるのであります。ただ実…

文部大臣1951/03/31

10衆議院 文部委員会 第22号

○天野国務大臣 平衡交付金は、申すまでもなくひもをつけるわけに行かないのですから、それで私どもは、標準義務教育費の確保の法律案というものを、前の大臣のときからやつておるのですが、それがどうしても関係方面の了解を求め得られない。そこで新しい形にして——それがなぜ求められないかというその根本は、地方の財政に干渉をして、これだけは教育費に使えというようなことが、原理的にいけないということに、その重点があります。だから、私どもは方法をかえて、中…

文部大臣1951/03/31

10衆議院 文部委員会 第22号

○天野国務大臣 それはやはり先ほど申しました義務教育費の最低基準を確保するということと、同じことになつて来ると私は思うのですが、そういう点については、私は三つの方法があるように思つております。一つは、元通り半額国庫負担という制度を復活することである。第二は、第二の教育使節団が示唆しましたような学区の制度を設けること、第三番目は、従来のような標準義務教育費を確保するやり方を、もう少し形をかえて、中央から地方に命令するという形でない形を、今…

文部大臣1951/03/31

10衆議院 文部委員会 第22号

○天野国務大臣 これは法律に関係して来ますから、政府委員からお答えをさせます。

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) これは文化功労者年金法案というのは、文化勲章とは直接の関係がないのでございます。この文化に功労のあつた人たちに対して年金を出そう、併し文化勲章をもらわれた人がこの中に選び出されるということは当然であると思いますけれども、文化勲章とは別のこれは法案だと理解しております。

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) 私はやはり、学者で以てまだ研究もできる人々が、非常に生活も何もできなくなつてしまつているというような人もありますから、そういう人も含めて、一方ではその功績を顯わすと同時に、そういう意味も含めてこういう案を考えたわけでございます。

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) その点については政府委員にちよつと答えさせますから……。

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) 文化勲章を受けられた人が主となることと考えております。

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) そういう考えも持つておられる人があります。私はいろいろな人の意見を聞いて見たのですが、たくさんございます。そこで六十歳前で十分働けるかたは、まあそういう年をとつた、そうして学術上非常に功績もあり、又有力なかたのほうに譲るほうがいいのではないかというような意見も世間にはあります。そういうことも反映して来たものと思いますが、差当つて私は年齢のことはいずれ審議会を作りますから、そこの御意見に従いたいと思つております。

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) 個人としては私は六十五歳ぐらいまでの人はまだ働けるのですからして、ここに個人としての意見を述べろということですから個人としての意見を述べるのでありますが、片方ではこれは確かに表彰するという意味を持つておるのですが、と同時にそれが人の生活を助けて行く、そうして年をとつても有力な研究者もありますから、そういうかたにも研究してもらうという意味もありますから、私は六十五歳以上ぐらいの人がいいのではないかという私見は抱い…

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) 今矢嶋さんのおつしやつたことも確かに御尤もで、そういう論も非常にあります。これはいろんな人の意見を聞いて参考にしていますがございます。で、やはりこれは本筋から言えば、矢嶋さんの言われる通りでいいのですが、今の時勢が全然事情が変つて来ておるために、今私の考えるような考えも出て来るわけでございますが、併し本筋は矢嶋さんの言われる通りでございますから、私もよくその点を考えて間違いのないようにいたしたいと思います。

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) 勿論これは私の独断でやるのではなくして、文化に関係のある団体の首脳者とか、そういうような人たちの意見を聞いて、公平で且つ派閥的なことのないそういう人たちを選んで、絶対公平な一つの審査会を作りたいという考えであります。

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) その点は、やはりこれは初めの起りが文化勲章ということから起つて来た。今矢嶋さんも言われたような線で来たということ、そういう文化に功労がある人を顯彰するということから起つて来たのですから、そういう意味では、文化勲章を受けられた人が先ず第一に考えられなければならないという点から、文化勲章を受けた人が私は主になるものと考えております。

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) そこに、私が先ほどから申したのですが、この表面の原理的に言えば矢嶋さんの御議論の通りなんです。けれども先ほども申したように、今の時代というものが普通の時代ではなくして、インフレの時代においてはそこにただ表面からばかり考えられないものがあるというのが成瀬さんの御議論ではないかと思います。ここにそういう一つの簡単な原理で行かないものがある。それが私は今申すようにできるだけ公平な一つの審議会、委員会を作つて、そういう…

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) それは入りません。

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) 前文部大臣というものは、私はそうすると自分も関係して来るから困ることですが、それは必ずしも入つてはいかんという狭いのではないから、やはりそういう点は只今申しましたように中央の文化団体とか、そういうふうな人たちの意見を聞いてきめたらよいのだろうと思います。

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) 初めの点、つまり党派的とかそういうことについては山本委員のおつしやるような点を十分考慮いたすし、注意をいたします考えでございます。又文化ということの意義をきめておくことが必要であるということも、如何にも御尤もなことでありまして、文化という概念が一方では自然に対する文化という非常に広汎な意味もございますから、これはきめておかなければいけないと思いますが、私のここに理解する文化というのは、学術、芸術、思想、教育、宗…

文部大臣1951/03/29

10参議院 文部委員会 第30号

○国務大臣(天野貞祐君) 数につきましてははつきりした考えも、何人ということはございませんが、大体十人或いはそれより二、三名殖えるというようなことを考えております。