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文部大臣参議院衆議院
総発言数
2,587
直近の所属会派
直近の役職
文部大臣
直近の発言日
1952/07/09

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文部委員会71 件・71%
  • 文教委員会28 件・28%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,587 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,587 20 を表示
文部大臣1952/07/09

13参議院 文部委員会 第48号

○国務大臣(天野貞祐君) そういう事態が起つたときには、仮にそういうときに自発的でなければいけない、どこまでも自発的ということを重んじようという考えなんです。

文部大臣1952/07/09

13参議院 文部委員会 第48号

○国務大臣(天野貞祐君) 今はそういう考えですが、仮に将来の仮定としてそういうことが起つたとしても、その際どこまでも自発的でないと困る、今学生が非常に徴兵ということを心配しておるけれども、併し将来仮にそういうことがあつても自発的になすべきものであると自分は個人として思つておるんだということであります。

文部大臣1952/07/09

13参議院 文部委員会 第48号

○国務大臣(天野貞祐君) 将来仮にそういうことが起つても、徴兵というようなことはよくない、自発的にやるのだ、そういう意見なんです。仮に将来そういうことが起ろうとも、自分はそういう最悪の場合を考えても、人間性の自由とか自発性とかいうことが尊重されて行くべきだ、こういう考えです。

文部大臣1952/07/04

13衆議院 文部委員会 第42号

○天野国務大臣 手落ちということは、ないと思つております。十分自分らの意のあるところは説明をいたしたのでございますから。けれども、私は、これを一年延期して研究するというのでありますからして、市町村まで絶対つくつてはいかぬという論ではございません。また必ずつくれという論でないことは、もちろんであります。だからして、絶対にここに相いれない意見の衝突というものを来しているとは思つておりません。私どもは、一年研究しようというのです。

文部大臣1952/07/04

13衆議院 文部委員会 第42号

○天野国務大臣 私は一年延ばすべきだといつて、すべての順序をふんだことが、延ばさない、今やるというのですから、そこに何も相違がないと決して言うわけではありません、相違は確かにあるのです。けれども、私は民主主義政治というのは、あらゆる論議を尽して、そうしてきまつたことには快く従うというのが、私は民主主義の政治だと思います。

文部大臣1952/07/04

13衆議院 文部委員会 第42号

○天野国務大臣 私はこれは一年延ばした方がよい、それを十分研究してからやつた方がよい、たとい市町村まで全部つくるとしても、同じ形のものを全部つくるということがはたしてよいかどうか。この教育委員会の問題というものは、まだ多くの問題を含んでいると思うのです。これを簡単にきめてしまうこともよくないという考えは、今もまだ少しもかわつておりません。だからして、そういうことをよく承知してもらうために、自分は自由党の方に十分話をし、総理にもよくお話を…

文部大臣1952/07/04

13衆議院 文部委員会 第42号

○天野国務大臣 私はそういうことを言つたことはございません。またその新聞を、自分は見ておりません。

文部大臣1952/07/04

13衆議院 文部委員会 第42号

○天野国務大臣 国会でもつてちやんとそういうふうにきまれば、私ども文部省としては、それが成り立つようにやるよりほかはない。

文部大臣1952/07/04

13衆議院 文部委員会 第42号

○天野国務大臣 どうしてもやらなければならない。われわれは国会をどこまでも尊重して行かなければならない。国会の決議に従つて行かなければならない。そうならば、国会でおきめになるならば、それはできると思つております。やりにくいということはもちろんでありますが、またできなければならぬ。

文部大臣1952/07/04

13衆議院 文部委員会 第42号

○天野国務大臣 それは詳しく予算のことを知つておられる大蔵大臣が、可能だと言われれば、私はそれを信ずるよりしかたがない。

文部大臣1952/07/04

13衆議院 文部委員会 第42号

○天野国務大臣 大蔵大臣がそれをやると言われると私は聞いております。それですから、それなら大蔵大臣がやるというならやる……。

文部大臣1952/07/04

13衆議院 文部委員会 第42号

○天野国務大臣 大臣としての自覚とか、人間としての自覚とか、そういうことについては、私考えております。大蔵大臣の言うことは、委員長が私に、大蔵大臣が予算のことは承認したと言われれば、この委員長の言葉を信頼して、私はそれでさしつかえないと思います。

文部大臣1952/07/04

13衆議院 文部委員会 第42号

○天野国務大臣 私は一年延ばして研究した方がよい、教育委員会というものはいろいろな問題を持つているから、ひとり市町村につくるという問題だけでなく、いろいろな問題を持つているから、延ばす方がよいという考えなんです。そういう考えをどこまでも持つているのに、ここで延ばさないと言えば、その点においては相当反対であるけれども、国会でおきめになれば、私はそれに従う、こういうことを申し上げているのであります。

文部大臣1952/07/04

13衆議院 文部委員会 第42号

○天野国務大臣 私は、初めから言つているように、そういう点にいろいろな問題があるから一年延ばそう、けれども、国会が延ばさないとおきめになれば、それに従うよりほかはない、こう申し上げております。

文部大臣1952/06/20

13衆議院 文部委員会 第37号

○天野国務大臣 私は、新学制は、大体において改めてはいけない。新学制の内容については、いろいろ検討を要することはありますが、制度そのものは、これを続けて行つた方がよいという考えでございます。一体、今大学につきまして、四年の大学をわけて考えることがよくないのであつて、四年は、一貫してこれを大学教育としてやれば、実力も十分養えるのではないかと思うのです。そのためには、教養学部だとか、そういうことがおかしいのであつて、教養といつても、別段学部…

文部大臣1952/06/20

13衆議院 文部委員会 第37号

○天野国務大臣 今のお考えも、確かに一理あることでございまして、現在の高等学校というものの性格が、まだどうもはつきりしないものがある。だから、高等学校でいわゆる教養ということに力を注ぎ、大学に入れば、初めの一年ぐらいを專門学の周辺的なことをやつて、あと三年ぐらいを專門学に力を傾ければ、十分やれるのではないかという考えでございます。

文部大臣1952/06/20

13衆議院 文部委員会 第37号

○天野国務大臣 私は今の教科書に、決して満足しておるものではございません。けれども、それは思想の統一とかなんとかいうことではなくして、教科書が、第一に値段が高いとか、また内容も十分でないとかいうような点に不足を感じておるので、そういう点から国定教科書ということも考えられることでございますけれども、しかし、やはりこれを民間の事業として発達させるということの方が、結局よい教科書もできさるようになるのではないか。さしあたつては、いろいろ困るこ…

文部大臣1952/06/20

13衆議院 文部委員会 第37号

○天野国務大臣 教科書をつくる場合には、文部省に一定の基準が示してありますから、そうばらばらなものになるということはないと思うのです。その材料のとり方とか、そういうことはいろいろありますけれども、しかし、まつたくばらばらになるということはない。またある場合には、都市の学校といなかの学校などでは、教材とかそういうものについて、違つた方が適切だということもあるのであつて、全国何でも一様にしてしまわなければならぬということは、私はないと考えて…

文部大臣1952/06/20

13衆議院 文部委員会 第37号

○天野国務大臣 現在のままでよいかどうかということは、確かに疑問であろうと思います。私は、小学校に何事かが起つても、大学に何事かが起つても、いつも文部大臣がその責任を問われるのですけれども、法律上の権限からいえば、小学校は教育委員会の指導のもとにあるものであるし、大学も自治であつて、文部省がそれに干渉するということは、ほとんどできないというような事情にありますから、責任と権利とがつり合わぬという点はあるかもしれませんけれども、これは程度…

文部大臣1952/06/20

13衆議院 文部委員会 第37号

○天野国務大臣 私は決して漢文をむやみに学生に教えようというわけではないので、そういう点において、私の考えが非常に誤解されていると思うのです。私はそうではなくて、高等学校を卒業しても、大学に行かない者が、かなりの度合いにあるのですが、そういう人が、高等学校を卒業しても、日本の文章が読めない。手近なことを言うならば、森鴎外はもちろんのこと、夏目漱石、もつと極端に言うならば武者小路氏の文章さえもよく読めぬ。こういうことになつては困る。それに…