文部委員会 第37号
- 発言数
- 78 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1952/06/20
会議録
○竹尾委員長 ただいまより会議を開きます。 まず文部行政に関して、菊池図書館運営委員長より委員外の発言を求められておりますので、これを許します。菊池義郎君。
○菊池義郎君 文部大臣の天野先生にお伺いいたしたいのでございますが、この独立後において、アメリカから押しつけられました日本の学制を、相当程度改革した方がいいと、われわれ確信しております。さしあたり大学の制度でございますが、教養学部が一年半、それから学部が二年半というわけで、まことに卒業生の実力が浅いという非難がごうごうとしてございます。昔のように、教養学部をとつてしまつて、—四年間をみつちり專門の勉強につぎ込むことにした方が一番いいという意見が非常に多いのでございます。そういう点について、文部大臣の御意向はどうでありましようか、お伺いをいたしたいと思います。
○天野国務大臣 私は、新学制は、大体において改めてはいけない。新学制の内容については、いろいろ検討を要することはありますが、制度そのものは、これを続けて行つた方がよいという考えでございます。一体、今大学につきまして、四年の大学をわけて考えることがよくないのであつて、四年は、一貫してこれを大学教育としてやれば、実力も十分養えるのではないかと思うのです。そのためには、教養学部だとか、そういうことがおかしいのであつて、教養といつても、別段学部ということでなく、教養学科なのですから、專門学の周辺的なことをやれば、それでよいと思うのです。広い意味では、今おつしやるように、專門学に入つても、ほんとうの專門学そのものの周辺的なこと、たとえば哲学なんかを一例にあげることを許されるなら、哲学史とかそういうようなことは周辺的のことで、だれでも知つていなければならないことなんです。そういうことをやりさえすれば、四年でもつて十分やれる。しかし、昨今しばしば実力が減つたとか減らぬとかいいますが、実力とは一体どういうことだということを、新しく考えてみることが必要だと思うのです。いろいろなことをたくさん知つているのが実力ということではなく、物の考え方、そういうものをはつきりつかんでいるところに、実力ということの中心を置いて行けば、今の制度でも十分やれる、私はこう考えておるものでございます。もちろん、日本の経済事情が許すならば、四年の大学というのは一つのリベラル・アーツの部門で、ほんとうの專門学はさらに進んでやるということも考えられますが、現在の日本のあらゆる事情を考慮すると、四年でもつて十分專門学をやらなければいけない。またそれは、やり方によつてやれる、そういう考えでございます。
○菊池義郎君 昔は、今の教養学部でやつているようなことは、大体高等学校でやつていたように考えております。それで、二箇年半ぐらい專門の学問をやりましても、高文の試験を受けますのにも、あるいは世の中へ出て会社、銀行で働きますのにも、どうも力が足りないという非難がございますが、こういう点について、どうお考えになりますか。
○天野国務大臣 今のお考えも、確かに一理あることでございまして、現在の高等学校というものの性格が、まだどうもはつきりしないものがある。だから、高等学校でいわゆる教養ということに力を注ぎ、大学に入れば、初めの一年ぐらいを專門学の周辺的なことをやつて、あと三年ぐらいを專門学に力を傾ければ、十分やれるのではないかという考えでございます。
○菊池義郎君 それからもう一つ、終戰前までは、義務教育の教科書が全国みな一定しておりましたが、最近では一定していないようである。これは要するに、アメリカが日本の軍国主義の再現を恐れまして、国民の思想の統一を妨げよう、そういうような考えから来たのではなかろうか、こう思つて、私はまことに不満に思うのでありますが、この際国民の思想の統一をするためにも、義務教育の教科書だけは、全国同一にした方がいいと思うのです。一百緩急あるときにおきまして、国民の思想がばらばらでありましては、どうも間に合わない。この点まことに重大な問題であると思いますが、どういう御意見でありましようか。この教科書を統一せられる御意向がございましようか、ございませんか。
○天野国務大臣 私は今の教科書に、決して満足しておるものではございません。けれども、それは思想の統一とかなんとかいうことではなくして、教科書が、第一に値段が高いとか、また内容も十分でないとかいうような点に不足を感じておるので、そういう点から国定教科書ということも考えられることでございますけれども、しかし、やはりこれを民間の事業として発達させるということの方が、結局よい教科書もできさるようになるのではないか。さしあたつては、いろいろ困ることもございますが、これをしんぼうして、うまく指導すれば、私は民間でりつぱな教科書もできて行くし、その際にも、検定制度というものは、これは私は、できるなら文部省においてする方が適当だと思つておりますが、とにかく検定制度というものがありますから、そう乱雑な教科書というものはできて来ないという考えでございます。
○菊池義郎君 私がお伺いするのは、それではなくして、甲の小学校、乙の小学校、丙の小学校、丁の小学校、おのおの別々の教科書を使つておりましては、片方でもつて教わつた生徒は、他の方で教わつたことがわからない。お互いにそういうわけで、知識が不平等になりやすいと思うのであります。そういう点について、どうお考えになりますか。
○天野国務大臣 教科書をつくる場合には、文部省に一定の基準が示してありますから、そうばらばらなものになるということはないと思うのです。その材料のとり方とか、そういうことはいろいろありますけれども、しかし、まつたくばらばらになるということはない。またある場合には、都市の学校といなかの学校などでは、教材とかそういうものについて、違つた方が適切だということもあるのであつて、全国何でも一様にしてしまわなければならぬということは、私はないと考えておるわけでございます。
○菊池義郎君 それから、近ごろ大学の騒動についてみましても、どうも文部省の監督権が薄弱であるように思われるのでありますが、これを監督権をもつと強化いたしまして、そうして文部省がどしどし大学のあらゆる問題に容喙し、関與し得るようにした方がいいと思うのでありますが、こういう点については、どうお考えになりますか。
○天野国務大臣 現在のままでよいかどうかということは、確かに疑問であろうと思います。私は、小学校に何事かが起つても、大学に何事かが起つても、いつも文部大臣がその責任を問われるのですけれども、法律上の権限からいえば、小学校は教育委員会の指導のもとにあるものであるし、大学も自治であつて、文部省がそれに干渉するということは、ほとんどできないというような事情にありますから、責任と権利とがつり合わぬという点はあるかもしれませんけれども、これは程度問題であつて、それならば文部省の力を非常に強くしたらそれでよいかというと、場合によると、それが強過ぎると、また非常な弊害を起すおそれがあると思うのです。でありますから、それは程度問題だというふうに自分は思つております。
○菊池義郎君 それから漢文の問題でありますが、天野先生はたしか漢文を奨励しておられたように新聞で拜見いたしましたが、漢文を中学校や高等学校に課するということは、いたずらにその方に力をそいでしまつて、学問を、ほんとうの勉強する機会が少くなつてしまう、時間が少くなつてしまうというようなおそれがあると思う。われわれは、学校でもつて一番苦しめられたのは漢文であります。あとに書いてある字を先に読み、先に書いてある字をあとに読み、ひつくり返し、ひつくり返し読まなければならぬ。実にたいへんなもので、これは私は全廃しまして、漢文を教えるならば、日本流に書き下して、たとえば大町桂月の論語を書いたように日本流に書き下してこれをどしどし日本式の文章にして教えた方が、一番簡單で手取り早いと思うのでありますが、こういう点をどうお考えになりますか。
○天野国務大臣 私は決して漢文をむやみに学生に教えようというわけではないので、そういう点において、私の考えが非常に誤解されていると思うのです。私はそうではなくて、高等学校を卒業しても、大学に行かない者が、かなりの度合いにあるのですが、そういう人が、高等学校を卒業しても、日本の文章が読めない。手近なことを言うならば、森鴎外はもちろんのこと、夏目漱石、もつと極端に言うならば武者小路氏の文章さえもよく読めぬ。こういうことになつては困る。それには、やはりある程度の漢字を知つているということが必要なんだ、これだけのことを言つておるのであります。決して、むずかしい漢文をみんなによく教え込もうという、高等学校につきましては、そういう積極的なことではございません。なおまた、高等学校でよすような人について、そういうことがいえると同時に、また将来非常に思想的なことなどに関與して行く者が、子供の時にまるつきりこういう漢文というようなものを知りませんと、将来思想的な研究というようなことには、非常な不便を来して来ると思うのです。そういう意味で、文部省が現にきめておる程度のことですが、そういうことをば、よく子供にやらせた方がよいという考えにすぎないのでございます。
○菊池義郎君 私は、漢字を廃止しようというわけではございませんで、漢文そのものを教えることがむずかし過ぎて頭を疲労させることがおびただしい。それだから廃止したらよい。教えるならば、日本流に書き下して教えるのがよくないかというふうに申し上げるのであります。どうも漢学者というものは、平易な言葉をわざわざむずかしくする。たとえば、権兵衛が種まきやからすがほじくる、三度に一度は追わずばなるまい。これを、権兵衛種をまけば、からすたちまち来りついばむ。三回にして一回、いずくんぞ追わざるを得べけんや、というように、たしか和田垣謙三博士の文に書いてありま。そういうふうにわざわざむずかしく言うのであります。平易にわかるものを、わざわざむずかしくして研究する必要はない。日本文に直して高等学校の生徒に教えればいいと考える。聞きますと、高等学校にも漢文を課するということであります。やはり原文のままの漢文を課するお考えでありますか。
○天野国務大臣 これは原文のままというのは——私の考えているところでは、随意科だと思つております。そういうものをやりたい者があつたときには、そういうものもやれるようにした方がいいということであります。従来は、これを非常に粗略にしてしまつて、やりたい者があつてもやれないようになつているのではないか。やりたい者があつた場合には、やれるようにした方がいいと思う。こういう点について、菊池さんはどうお考えになるか知りませんが、今、西洋思想というものは、ある意味において、非常に行詰まりに到達している。将来これを打破して行く一つの重要な契機は、東洋思想にある。ことに仏教の思想にある。子供の時から全然漢文というようなものを知らなかつたら、将来そういう大きな思想を日本が生み出すというようなことができなくなつてしまう。だから、今後もしそれをやろうと希望する者があるなら——しかもそれもきわめて簡単なことで、文部省のきめたことは、ごく簡単なものは、やりたいと思う者にはやれるようにした方がいいという考えであります。
○田中(啓)委員 関連質問でありますが、今菊池さんと文部大臣との質疑応答で、漢文に関するお考えは、両方ともわかりましたが、私は何分にも日本の隣に四億、五億という、いわゆる漢文系統の——今は時文と称するような書き方でありますが、そういう民族がおりまして、これと日本との関係というものは、文化の系統から申しましても、また今後つき合つて行く上から申しましても、何としても、向うがどういう言葉、文章でやつておるかということは、国民がなるべく理解できるということが、むしろいわゆる外国語と称されている英語とかその他の言葉よりも、大事ではなかろうか。今、どうも漢文をひつくり返して読むのはつらいというお話でありましたけれども、言葉の位置というものは、英語その他の系統の言葉とかわりはないので、しいて日本語にして読もうと思うから悪いので、あれは漢文だと思えば、何でもないわけなんです。でありますから、文部大臣の御見解はわかりましたが、なお今私が申すような見解に対して、どんなふうにお考えでございますか、あわせてこのことに関連をしてお伺いしておきたいと思います。
○天野国務大臣 私の今まで述べておることは、漢文といつても、実は国語なんです。私は国語として、日本の古典として、これを述べて来ているわけなんです。それも、ごく普通のことを、だれでもが常識的に知つているようなことを、子供が知ることがよいという、国語としての問題です。今田中さんのおつしやつたことは、これは中国の文学として、中国の事柄として考えて行こうということで、私はそれはまた別な立場から、これは英語とかフランス語などを習うと同じように、中国語を習つて、中国語に習熟して、今の時文でも何でも読めるようになるというのは、これはまた別の立場において非常に必要なことだと思つておるのでございます。それは、ただいま田中さんのおつしやつたように、あれをひつくり返して読んで行くことも、利益にはなりますが、それでは、今の時文などはなかなか読めないし、中国の文学などをほんとうに味わつて行くなら、それは中国語としてしつかりやらなければならぬ、それは日本にとつて非常に必要なことだという考えであります。 —————————————
○竹尾委員長 次に、教育委員会法等の一部を改正する法律案、及び教育委員会の委員の選挙の期日等の臨時特例に関する法律案の両案を一括して議題といたし、審議を進めます。質疑の通告があります。これを許します。首藤新八君。
○首藤委員 私は先日の委員会で、二、三質疑いたしたのでありますが、時間の都合上、実は御遠慮申し上げましたので、本日は、残された問題につきまして、質疑をいたしたいと存じます。 先般の委員会の場合にも申し上げたのでありますが、教育委員会法における期日の延期、これをすでに二回繰返しておるにもかかわらず、しかも昨年の国会におきましては、すでに一つの案をはつきり出して、そうして期日通りに実行するということになつておつたにもかかわらず、参議院側の反対によつて両院協議会が開かれ、そうしてまたもう一年ということになつておるのであります。しかるにそれからもすでに一年間を経過したにもかかわらず、またまた一年延期する。そうしてその理由は、大臣の説明によりますと、いたずらに都道府県に混乱をかもす、あるいは教育委員会制度が真にわが国の実情に適するためには、いろいろまだ検討の余地が残されているというようなことが、月並的にあげられております。しかし、これらの事情を検討してみますと、すでに延期に延期を重ねて、相当長い間時日がたつておるにもかかわらず、いまだにこれらの問題の解決ができないということは、何としても理解に苦しむのでありまして、何か他に原因があるのではないか。何らかこれ以外に、他に原因があることによつて、かように次から次に延期されるのではないかというふうに考えるのでありますが、この点について、文部当局は率直に御意見を披瀝いただきたい、かように考えます。
○天野国務大臣 たびたび延ばすということでございますが、しかし、日本が独立してからは、まだ日が浅いのでございまして、独立以前においては、こういう問題をほんとうに自由に考えるということができなかつたのです。だから、独立後こういうことを検討をして来ても、まだ十分な問題の解決に到達できない。それは、たとえば文部省に教育委員会制度協議会というものをつくつても、結論が出ない。そういう事情にございますし、ことに独立後いろいろ万事が複雑混乱するときに、この問題を今すぐにここに解決せねばならぬとは、私は思わない。一年延ばして、ゆつくり研究をして、そして社会も幾らかおちついたときに、この問題の結論を出してもおそくない、こういうのでございます。首藤委員からは、何かほかに原因があるのではないかというようなことでございますが、私自身は、何事にも、ほかの原因などということを考慮しないで、すべてやる考えでおりますので、決してそういうことはございません。
○首藤委員 終戰後の諸制度が、もろもろ改革になつた、そうしてそれがいいか悪いかわからぬその結果、こういうふうに延期されたということであります。むろんお説のごとく、終戰後の国内の制度は、非常に改革されたことはお説の通りであります。しかし、この問題以上に、もつと重大な改革が行われておることも、これもまた事実であります。特に文教の面におきましては、六・三制の確立等々、これよりももつと重大な改革が行われておる。しかるに、そういう問題は一気呵成に改革された。かような問題から比較すると、きわめて小さい問題、しかもまた教育委員会法そのものが、延期されない方が、むしろ常識的に考えて、日本の国情から考えて、妥当適切ではないかというふうに考えられるにもかかわらず、しいてかような非妥当性的な法案をいつまでも延ばすということに、われわれは大きな疑問を持つものでありまして、これはひとりわれわれのみならず、善良な国民の大多数はそういうふうな考えを持つておるのじやないかというふうな気持がいたすことを、特にこの機会に付言しておきたいと思うのであります。 さらに、先般来、この一年延期をめぐりまして、全国の市町村、特に町村でありますが、相当反対な——要するに延期に賛成でありますが、今年実行することに対して、反対の陳情が相当来ております。しかるに、この反対者の説をいろいろ聞いておりますと、一部の者から依頼されて、本心ではない。従つてそういう反対をいたしたのでありますが、今回この法案が実施されることに相なりますと、要するに町村長が職員の任命権を持つということがはつきりいたしますと、それだけで、むしろ反対しておつたところの町村長は、それならばけつこうだ、それならばこの時から実行してもらいたいという説に、はつきりかわつて来るのでありまして、そういつた意味からも、われわれは、全国の町村から参りますところの反対陳情というものが、とるに足らないところの意見だということを強調せざるを得ないのであります。特に、私は先般もお尋ねしたのでありますが、この法案によりますと、町村單位の組合と、それを基礎としたところの県の連合体がつくられる。もう一つは県單位の組合が組織される。いわゆるこの二つの組合ができてもいいことになつておりますが、この二つの組合の性格が異なるならば、ともかくでありますが、おそらく常織的に考えて職員組合の目的は、給與あるいは勤務條件、その他およそ勤務状態に対する折衝が主たる目的であると了解しております点から考えて、組合の性格は、さように違うものではないと思うのであります。それにもかかわらず、二つの組合を併立させるという点に思いをいたしますと、何かかわつた生格を持つものであるかというふうに考えられるのでありますが、そういつたかわつた生格を持つものであるかどうか、その点をお答え願いたいと思います。
○久保田政府委員 問題が二つあつたかと思います。第一の、市町村側が現に反対いたしております部分の問題でございますが、私どもが承知いたしておりますところでは、市町村側の反対は、自分たちはこの通り教育のことに十分力を盡しておるではないか、その上なお教育委員会を非常に細分の地域にまでつくる必要を自分たちは認めておらぬ。今、先生のお話ですと、任命権を自分たちが持つようになるのであればというお話があるように伺つたのでありますが、單位の委員会ができますと、任命権は單位の委員会に行つてしまうわけでありまして、一応市町村長は、直接自分たちがその問題に触れるという意味合いの問題は起つて参りませんので、少し話が食い違つておるように考えます。ただ、私どもが今伺つておりますところでは、県の委員会が処理しておる分野を、自分たちの單位の教育委員会で扱うようになるのであつて、自分たちの権限、市町村の限りにおいてある権限が別にとられてしまうものでないということの認識が、少し前よりはよくなつてわかつて来てその反対の陳情にも、そうした論拠が多少動いて来ておる事実があることは、私も承知しております。しかし、第二の組合の問題でありますが、私どもは一年の延期を今お願いしておるわけでありますが、この延期の世界をながめて見ますと、先生のおつしやるようにダブつた関係がそこに見えるのであります。これは性格の違いから来ておる問題では全然ございません。單位の組合は、結成後連合体をつくることができる。その連合体のメンバーとして県單位のものも入れるという規定がございます。そういうことから、いかにも重複した形が見えるわけでありますが、県單位の組合が認められる限りは、連合体は全然必要のないことに相なります。これは県との交渉ができるために、そういう団体が必要だということでありますから、連合体が認められる限りにおいては、県單位の問題ではありません。県單位のものが認められておれば、連合体は必要がないのでございます。ところが、現在は昨年来の審議の経過から見て、教育委員会のあり方が、どういう姿になるかわからぬ。それがきまつたときにきめようという形で、協議会の最後の結論ができ上つて、おりますために、そのままの考え方を一年延期し、その間において委員会の問題がきまるであろうから、そのきまる時期を考えて、一年ずらすという意味合いにおいて、それが併立という形が、この法案の延期の姿において出て来るというだけでありまして、この二つのものが必ずなければならぬ、また二つ必要だという、そういう考え方に立つておるわけでは全然ございません。
○首藤委員 同じ性格であるから、必ずしも二つつくる必要はないという御説はわかりましたが、私はこの機会にお尋ねしたいと思いますのは、現在のごとく県單位として、個々の直接加入をしておるところの団体がよいか、あるいはまた、市町村單位の個々の組合を結成して、これらの団体を構成分子としてでき上つたところの連合体がよいか。現在日教組に対しましては、いろいろの批判が行われておる。この日教組の批判の行われておるところの報道その他がどういうところに原因しておるか。これは人によつて解釈を異にすると思いますが、少くとも、市町村單位にいたしますれば、この対象とする教職員の数が非常に少くなつて参ります。従つてそれらの教職員に対するところの個性であるとか、あるいは行動であるとか、性格であるとか、地方にできますところの教員組合を詳細に把握いたしまして、適切な措置がただちにできるのではないか。そういうもとに置かれたところの教職員団体が集まつて連合体をつくる、ここに初めて私は妥当な教職員組合というものができ上るのではないかと考えるのでありますが、それにもかかわらず、文部省がこれと相反するような、法制上依然として延期させて存続するという点に、私は疑問を持つのであります。この点に対して、文部当局はどういうふうな考えを持つておるか、この点をお答え願いたいと思います。
○久保田政府委員 ただいまの御意見は、むしろまつたく同感でございます。その点において、全然私ども考え方をかえて来ておるわけではございませんが、先ほど来申し上げますように、昨年の協議会の趣旨が、教育委員会制度なり、また給與の負担の関係の問題なり、そうした問題が、いま少しく嚴格に、明確にきまる時期まで、この問題は保留したい、そのためにこの延期は認あるという形にきめられておるわけでありまして、その線を、私どもは少くともそのまま受取つておるにすぎません。決して文部省の組合に対する考え方が、昨年の提案とかわつておるわけではございませんで、むしろ協議会の御趣旨にそのままのつとつておるわけであります。
○首藤委員 しからば、そういうお考えでありますならば、いかに参議院の方の意向が県單位の組合を主張いたしましても、文部省は実情を把握されております責任当局でございますから、従いまして、そういう批判がありましても、断固所信に向つて邁進する。そうして、それに適するような法案を提案するという信念がなければならぬと思うのであります。ただ片一方で批判されると、これによつてみずからの信念をぐらつかせる。そういう方針は、断じて排しなければならぬと思うのであります。これに対して、どういうお考えを持つておるか、お伺いしたい。
○久保田政府委員 昨年の協議会の考え方が、どの程度に御理解をいただいておるか、私よくわかりませんが、昨年の協議会では、文部省の私どもが提案いたしておりますことを否定されたとは思つておりません。またそれがその意味においては通つておるわけでありますが、その問題を明確にきめるには、教育委員会が県單位にできるか、あるいは県單位だけにしてよいのか、そうした問題と、教員の給與の問題を市町村に下げるのかどうかという、組合等と必然的に関連して来る問題を決定しない前には、きめないでおくべきである。この問題をきめるには、少くともある程度の時間が必要であろうから、五月十日までは現状のまま置いて、五月十日までに解決すると同時にきめようという形になつておるものでございます。従つて、その問題がきまりませんままに、文部省の意思はこうでございますといつて、その点を強行するということは、その協議会のお考えに背馳するというために、私どもとしては控えておるわけでありまして文部省のそのままの考え方を押し通しますならば、前の経過通りの姿を出すべきであります。ところが、五月十日と期限を切つていただいたと同じように、まあ大臣の御説明のように、急速に委員会の問題にしろ、給與負担の問題にしろ、とりきめるわけには行かない、またきめない方がよろしいという考え方に立つて、ある期間の猶予を願いますと同じ意味において、この時間をそこに必要とするのでございます。こういう考え方に乘つかつて、文部省が全然考え方をかえて、またそうしたものとは無関係に進もうという意味ではございません。
○首藤委員 市町村が教育委員会を個個に設置するのに反対の一番大きな原因として、経費の問題が相当取上げられておるように見ております。しかし、われわれの見るところによりますれば、市町村に教育委員会を構成することによつて、経費が多少いりましても、一面において、現在の日教組そのものを存続することによつて受ける国家的打撃の方が、はるかに大きいのではないかというふうな気持がいたしておるのであります。すなわち、最近における日教組の行動は、そのほとんどと申し上げても、私はあえて過言でないと思われるほど、社会的な指彈を受ける計画が非常に多いと思うのであります。今回の新潟におけるところの日教組大会におきましても、三日間を通じて、この日教組の最大の案件は何であつたか。自由労連脱退の問題であるとか、あるいは組織の防衛態勢であるとか、そういうものに主力が置かれておつて、本来の教育者として、本来の文化向上あるいはその他教育者として当然取上げなければならぬような問題は、ほとんど取上げられていないように聞いておるのであります。それのみならず、最近女教員の、あるいは人殺し、しかもばらばら事件であるとか、あるいはまた小学教員が交番所襲撃の指導者であつた、あるいはまた、今朝の新聞を拜見いたしますと、北海道のいなかでは、赤い教員が、すでにやめるということを声明しながらも、なおかつ在職しておる。このことによつて、兒童が四分の三は休校しておるというような報道もされておるのでありまして、今日の小学校教育あるいは中学校教育の現状を見た場合、善良な国民は、自分の子弟がこれらの教育でいいであろうかと、深いため息、と言うに言われない憂愁の気持を持つておるのではないか。それだからといつて小中は義務でありますから、どうしても学校にやらなければならぬ。そうして、学校にやつたあげくはどういうことになるであろうかという、子供に対するところの前途の憂慮というものは、これはおそらく想像できないほど深刻なものではなかろうかと考えるのであります。そうして、これらのものが、結局現在の組織、いわゆる何万という個々の教職員を一括して組合を結成いたしておる。そうしてその中には、好ましくない思想を持つておる者も相当あるのではないかというふうな気持が多分にあるのであります。おそらくこういう気持を抱く者は、私だけではなく、善良な国民の全部が、そういう深い関心を私は持つておると思う。特に倫理の問題でありますが、天野文部大臣は、先年田中文部大臣が大臣になられておつたときに、教職員がすわり込みをやつたという問題について「若き女性のために」という著書の中に、「さきごろ文部省に詰めかけた教育者諸君が大臣に対した態度なども、わたしなどには納得できません。田中文部大臣が誠実な信念の人であることは、社会の承認しているところだと思います。なぜもつと穏やかに相談的にやれぬものか。なぜそうすぐけんか腰にならねばならぬのか、わたしにはわからない。教員組合運動は、元来文教発展伸張を目ざすもので、單に教員の待遇改善のためのものだけではないはずです。文教を主宰する大臣に対して礼を盡さぬことは、決して社会における文教の位置、信用を高めるゆえんでなく、運動の主意に反すると思います。もと文部省と教員との関係は、資本家と労働者との関係とは違つて文部大臣は教員の労力を媒介として資本を蓄積しようとするものではないことはいうまでもありません。文部省は教員と同じ側に立つもの、文部省は教員を背景とし、教員は文部省を応援すべきです。敵視すべきではありません。」こういうことが天野文部大臣の著書に書いてありますが、まつたくこれは同感でありまして、おそらく私は、国民のほとんどが大臣と同じ気持を持つておるものと確信いたすものであります。しかるにもかかわらず、最近におけるところの日教組の組合活動は、これに反することがきわめて多い。しかも大臣が、この田中文部大臣のすわり込みに対してかような意見を発表されておるその天野文部大臣が、先般は深夜に日教組の面会強要を受けておる。あるいはまた、文教の府であるところの文部省に、二日も三日もすわり込み戰術をとられておる。こういうような事実を見ますと、まつたくわれわれは、今日こそかような制度を根本的に改革して、ほんとうに文教の責任を理解しておる教職員、そういう健全な団体を指導育成いたしまして、そうして文化向上の基礎を明確にしなければならぬという気持をますます深くするのでありまして、こういう点からも、この法案を断じて一日も延ばすべきでない、これを元の法案通り実行すべきであるという気持を強くいたすのでありますが、大臣はこの点に対していかようなお考えを持つておりますか、その点をお答え願いたいと思います。
○天野国務大臣 私はその自分の著書に書いてある考えを、今日でも少しもかえておりません。自分は、教員諸君の先端に立つておるものだという気持を持つでおるもので、別段考えはかわつておりませんが、しかし、日教組の諸君といつてみても、その背後におる教員諸君には、実にりつぱな方々が、日本の全国に実にたくさんおると私は思つております。そのりつぱな方々のおかげで、日本の教育もこれだけやつて来ている。実に報いられるところ少くして、しかも労が多いにもかかわらず、献身的にやつておられるところの諸君は、全国に実にたくさんおると私は思つております。でありますから、日本の義務教育に対して、何も失望いたしておりません。ただ、この法案のことにつきましては、先般来たびたび繰返して説明いたしておりますように、いろいろな人を集めて相談しても、教育委員会というものに対する考えがきまらないから、それで一年延期いたそうということは、従来しばしば述べた通りでございます。
○首藤委員 大臣が言われるように、全国には非常にたくさんのまじめな教職員がおることもまた事実であります。しかしながら、新聞紙その他の言論機関を通じて考えた場合、そういうまじめな人の影というものが、非常に薄くなつておりませぬか。そうして一部尖鋭分子、これらの行動が非常に大きく発表されておる。従つて、かようなまじめな教職員が、自分の主張が通らない。従つて、一方には組合がありながら、だんだん組合と離隔いたして、組合の行き方に精神的な反対を示して、組合がありながらも、組合と行動をともにできないというような、いわゆる離反的な空気が非常に濃厚ではないか。こういう点から考えましても、こういうまじめな教職員が集まつた団体、そうしてその団体を構成員とするところの連合体、これが最も適切ではないかというふうに私は解するのでありますが、こういう点について、なおかつ一年延期しなければならぬという根拠があるならば、それをお示し願いたいと思います。
○久保田政府委員 私が申し上げることも、ほとんど繰返すようなことになるかと思いますが、そういうふうに、日教組の動きなり、また現在のいろいろな批判なりといつたようなことも、今後そういう委員会の制度がどうあるか、また教員の給與をどうすべきかという決定をいたします面が、研究のデータとして考えられるということも、十分考慮しなければならぬと思います。そこで、そういう問題を十分考え合せながら考えるという意味において、先ほど来申されましたように、いろいろな人の研究を待つておりますけれども、まだ結論に到達できない、今急にこうだときめるのには、少し無理がありそうだから、少し時間をかしてましい、こう申しておるわけであります。
○首藤委員 いろいろ検討の余地が残されておつて、最後の結論に到達できないという御答弁に、実は私は不満を感ずるのであります。先ほど来申し上げましたように、終戰後幾多の改革が行われた。しかもこの問題の何倍かに匹敵するような大きな問題を、すでにそれぞれ解決されておるにもかかわらず、これらの問題に比しますると、まことに小さい問題であるこの問題が、どうしてそういうふうに次から次にと延期されなければ解決できないのか。繰返して申しますが、これがわれわれの文部当局に対する一番大きな疑問であります。そこで、私は先ほども申し上げましたごとく、率直に述べてもらいたいということを申し上げたのはこの点でありまして、今日かような問題をとやかく逡巡している時期ではない、一日も早く決行すべき時期に達しておると私は考えるのでありますが、なおかつ文部当局におきましては、これらの問題をどうしても検討しなければならぬという御意見を堅持されるかどうか、この点をお伺いしたい。
○久保田政府委員 これは見解の相違になるのかもしれませんが、この問題は非常に小さい問題ではないかという首藤委員のお話も、耳にふしぎに聞えるのでありまして、これは地方の教育行政を基本的にきめます大きな問題だと思つております。ことに、これは現行の姿で参りますと、県の場合にも、大きな都市の場合にも、みな一律に同じ性格の委員会をぜひ置けという形になつておりまして、これを私ども非常にまじめに考えまして、そう軽々にきめられる小さい問題とは思つておらぬのであります。少くとも文部省は、設置以来いろいろな意味での研究はいたして来ておりますし、現にまた、委員会で行つております内容、その成績といつたような意味合いのデータも盛んに集めておりますが、すでに御存じの通り、内閣でつくつてもらいましたこれに対する審議の意味のものも、文部省のそうした機関も、いずれも、ぜひこうあるべきである、こうすれば間違いないというような決定的な意見が出ておりませんほどに、非常にむずかしい。あるいはこうではあるまいか、この程度ではあるまいかといつた程度の議論が出ておるというにすぎないほど、まだ議論の余地があるのだというふうに見ておるのでありまして、こういうことは、制度の問題でありますから、機械的にやつてやれぬことはございませんが、それだけに慎重を期すべきではないかというほど、私どもは重大に考えておるのであります。
○首藤委員 慎重、むろんけつこうでありますが、慎重にも限度がありまして、すでに五大都市並びに六十二、三の市町村に実施されておる関係上、これらに対するところの一応のデータは、私はできておると思うのであります。いわんや、この委員会において、運用面に多少の欠陷がありといたしましても、現状の制度によるところの教育に対する不安の方が、はるかに多いのではないか。この際は、委員会の運用に対して、多少の欠陷がありましても、また経費の点に困難の点がありましても、国民全部が受けねばならぬところの義務教育を、将来独立国家、文化国家のほんとうの意味の発展をもたらすために、今日こそまじめな教育——まじめな教育というと、はなはだおかしな表現でありますが、真劍な教育をやることが、最も切実な問題だとわれわれは痛感いたしておるのであります。こういう点から考えましても、いたずらに右顧左眄することなく、大局に着眼されて、そうしてこの所信に邁進されんことを、私は特にお願い申しておきたいと思います。 なお、先ほど私は、日教組の制度と、それから現在教員として好ましくない教育者としてあるまじき行為が、ひんぴんとして行われておることを申し上げましたが、かつて天野文相が、教師の倫理綱領というものを発表する、発表せないというようなことが新聞に載つておりましたが、今日こそ、天野文相がかねて抱かれておるところの教師の倫理綱領をはつきりと発表されまして、そうして全国の教職員におもむくべき道をはつきり指示される。そうして終戰後とかく思想の混乱に乘ぜられて、非常に浮動しておりますところの教職員を、本来の姿に引きもどすということが、最も切実な問題ではないかと私は考えるのでありますが、文相は、かつて新聞に載つておりましたこの教師の倫理綱領というものを、この際出す御意思はありませんかどうか、お伺いしたい。
○天野国務大臣 教師の倫理綱領というのが、日教組でつくられたということは聞いておりますが、私は教師の倫理綱領というものを計画したことはございません。また、国民一般に示すものをつくろうといたしましたが、新聞紙に出たものは、私の出したものではございませんので、私の考えとは違つておるところもたくさんございます。この点については、自分でもよくその時期とか方法とかいうことを考慮いたしておる次第でございます。
○首藤委員 この教師の倫理綱領が、かつて新聞に載つたものが日教組のそれであるならば、いいのでありますが、しかし、先ほど申し上げました「若き女性のために」という天野文相の御意見は、先ほども申し上げましたごとく、国民のほとんどがこれに共鳴いたし、ぜひこの線で強力に進んでもらいたいという強い希望を持つことは、想像にかたくないのであります。しかも、現代のもろもろの事象は、これとは正反対的なことがあまりにも多過ぎることを、一般は非常に深憂いたしておるのでありますから、この際にこそ、そういうものを絶滅するような何らかの対策をお講じになる必要があると思うのでありますが、これに対して、どういう御意見を持つておるか、お聞かせ願いたい。
○天野国務大臣 今の首藤さんの御意見のような点、私はそれを承つておきたいと思います。
○田中(啓)委員 私はただいまの首藤委員からの御質問に関連いたしまして、質問をいたしたいと思います。また私本来の質問は、あらためていたしたいと存じます。 ただいま文部当局との質疑応答中にございました点で、特に私が明らかにしたいと思いますのは「教育委員会法等の一部を改正する法律案」こういう題目で、実は中身は二つになつておるわけであります。一つは教育委員会法であり、一つは教育公務員特例法の改正でありますが、主として特例法の改正の方について御質問したいと思います。特例法の改正の要点は、都道府県單位の職員団体を、一年間延期するということにあると思うのでございます。そこでまずお伺いしたいのは、本来地方公務員法におきまして、系統的な団体が認められておるにもかかわらず、別にいま一つ県單位の職員団体というものが法律で認められましたのは、多分昭和二十六年の特例法の改正の際に入つたもののように、私は承知をいたしておりますが、その前の政府の原案にはございましたか、ございませんでしたか、まずそれをお伺いしたい。
○久保田政府委員 政府の原案には、そういうものはございません。
○田中(啓)委員 しからば、一体こういうものがつけ加えられましたことは、私はまことに解釈するに苦しむのでございますが、これは何か理由があることでございましようか、これに対する文部当局の御見解をお伺いしたい。
○久保田政府委員 先ほど申しましたように、政府原案を、国会でそういう形に修正されているわけでございます。
○田中(啓)委員 それでは、理由は自分らにもわからぬ、かような文部当局の御見解であると、私ども承知してさしつかえございませんか。
○久保田政府委員 先ほど申しましたと同じことでございますが、これは委員会制度なり、それにからんだ問題がきまるまで、早急にきめることは無理だというふうに、その当時の理由を聞かされております。
○田中(啓)委員 次にお伺いいたしたいのは、ただいま、昨年ございました協議会において、教育委員会法の当時の現行法のままの実施について、結論が出なかつたので、そこでこの問題も一年延ばした、かようにおつしやいましたし、また聞きようによりましては、教育委員会の方で、少くとも現状でなお推移して行つたらよかろうというような意見であつたから、私どもはただそれに乘つかかつてこの改正案を出したので、他意はございませんというように、私には受取れたのでございます。教育委員会制度協議会のことをおさしになつたかと、私は承知するのでございますが、教育委員会制度協議会において、県單位職員団体のことについて、何かこの協議会がお触れになつたことがあるのでございますか、それをお伺いいたしたい。
○久保田政府委員 私が協議会と申しておりましたのは、両院協議会の意味でございまして、私の方の関係の協議会の意味では、この問題には触れておりません。
○田中(啓)委員 わかりました。 次に、いま一つお伺いいたしたいのは、大臣は過日本委員会における質疑応答の際の御答弁中に、一年延期の必要をみずからも感じたし、また要望もあつたから……。こういうことをおつしやつておりますが、要望というものは、どの辺からございましたか、もしおさしつかえがなければ、おつしやつていただきたいのでございますが、しいてこの席でお聞きしようとうことはございませんから、どうかおさしつかえなかつたら、御答弁を願いたいと思うのであります。
○天野国務大臣 私のやつている文政には、どこでお聞きになつていただいても、言えないようなことは一つもないつもりでやつております。なぜ一年延ばすかということについては、両院協議会の際に、昨年私はそこに出席いたしておりまして、これを制度のきまるまで現状のまま延ばそうということを、私はそのとき伺つたように思うのです。そういう御意見もあるからということでございます。
○田中(啓)委員 それでは、今の御答弁を伺いますと、要望もあつたからということは、両院協議会の要望だとお考えになつているわけでございますか。
○天野国務大臣 さようでございます。
○田中(啓)委員 これはそこまで伺つておけばよろしいことでございまして、両院協議会がどういう意思であつたかということは、別に幾らでも調べることができると思いますから、それまでにいたします。 次に、この際資料の要求をいたしたいと存じます。ただいま首藤委員からも、倫理綱領の話が出ました。そこで、文部省の方で何とかひとつ手に入れていただいて、日教組の諸君のつくられた倫理綱領というものを拝見いたしたいものだと思うのであります。なお、おそらく大会に、報告書のごときものが出ていると思うのでございます。日教組の新潟大会における本部のお出しになつた報告書を、ひとつ御配付願えれば——そういつたもの、すべてけつこうでございます。 次に、実は私ども文部大臣大野先生の崇高なる御人格と深い御識見には、常に敬服をいたしているのでございまして、せつかく国民全般がよるべき国民道徳の要領のごときものを御構想になつたということを、大分前に伺つたのであります。ところが、それはわれわれ実は非常に期待しておつたにかかわらず、目にもとまらぬうちに参議院の委員会あたりでむやみと論難され非難されて、何か抹殺されてしまつたような気がいたしまして、私は非常に残念に思つている。これは資料要求というわけではございませんけれども、私は天野先生から、ひとつぜひ書いたものがございましたならば、拜見をする機会を與えていただけませんか、お願いをいたしたいと思います。 以上が、資料の要求と申しますか、天野先生の御構想は、文部省に委員会として要求すべき筋のものかどうかわかりませんから、その辺はしかるべくお扱いを願つてけつこうでありますが、しかし、ぜひ拜見をいたしたいと存ずるわけであります。日教組の方の出しておられる大会の報告書並びに倫理綱領というものは、資料としてはつきり要求いたします。本来の私の質問の方は大分時間もたつておりますので、私はあらためて質問いたしたいと思います。
○小林(信)委員 大臣がおいでになりますので、ぜひお願いしたいことをお伺いいたします。文部省の本年度の予等を御審議なさいますときに、文部省としては、今問題になつております教育委員会を地方に設置するか設置しないかというようなことは、提案なさる御態度があるわけですから、当然これに要する予算とか費用とかいうようなものは、考慮されずに出されたと思うわけで、これは與党の方たちによつて了解されておるわけなんです。提案されるときに、すでにこの教育委員会につきましては、こういう態度でございますということを、自由党にお話申し上げて了解を得ておると思うのですが、その点は、大臣いかがでございますか。
○久保田政府委員 予算の内容のことは、ちようど予算をやります時期に、いずれこれにきまるかもしれぬから、これは予備金で済ますということにいたしております。
○小林(信)委員 そういたしますと、教育委員会を地方に設置する場合は、予備金で出してくれる、こういうふうなお話合いというわけですか。
○久保田政府委員 その通りでございます。
○小林(信)委員 大体、教育委員会を地方に設置する場合には、どれくらいの、選挙だとか、あるいはそれに対する——この教育委員会法から申し上げますと、今のところは支出しておらないようですが、「教育委員会に要する経費及びその所掌に係る経費は、国庫からこれを補助することができる。」というふうな建前があるのですが、そういうような問題につきましても支出し得られるような金額が、その予備費から出されるようになされてあつたのか、その額は大体どれくらいが一応の話合いになつておるか、お話願いたいと思います。
○久保田政府委員 金額の問題については、これは査定の問題がございますので、数学的にとりきめいたしておりませんが、あるいはそういうことにきまれば、そういう手当もしようという相談はいたしております。
○小林(信)委員 そうすると、大体今提案なさつておるような御意思はあつたが、さりとて、それがはたして今年度通るものでもない、ことによれば地方に教育委員会を設置しなければならぬかもしれないというふうな、文部省としても、しつかりした考えで本年度教育行政をやつて行くということのない、非常に態度あいまいな形で出て来た予算だ、こういうふうに受取れるわけです。こういうお話を聞きますと、ますます文部省というものは弱いものだ、教育行政に関する予算というものは、まことにあやふやなものだということが考えられるわけなんです。そこで久保田局長の所掌であるところの、この局の予算の内容を拜見いたしますと、中央教育審議会運営に必要な経費として百十万ですか、教育制度を改善するという内容で、これが計上されておるのです。しかもその中には、「なおわが国の諸事情に照らし検討を要する点が多々ある」こういうことがうたつてあるのでございますが、これはどういう内容を盛つておられるのか、この際お伺いいたします。
○久保田政府委員 この教育委員会のことも、当然にそのテーマの一つだと考えております。そのほか新制大学の問題にしろ、文部省にいろいろ審議会がありますが、その審議会でいろいろむずかしく悩んでおる問題がたくさんございます。それらの問題をすべてそうしたところに相談をかけようというつもりでおるわけでありまして、先ほど来、この予算がきまらぬがというお話でありますが、予算は昨年の十二月にきめております。なおこの審議会も、できればなるたけ早く発足してもらつて、一日も早く結論を得たいという意味から、予算の時期とそれらを考え合せまして、予備金の手当をしておることは、格別ふしぎではないと思つております。
○小林(信)委員 とにかくこうやつて予算を明示されて、そうして内容にこういうふうなことが書いてある以上は、これがやはり現政府並びに與党の教育行政の根本だと、国民としては見なければならぬわけなんですが、今の局長のお話では、こういうものは書いてあるけれども、しかし、もしそういうふうな事態が出た場合には、予備金等から出してもらうことができるんだというようなことでは、非常にあいまいな態度だというふうに批評しなければならぬのであります。ことに、今私の質問した点を考えてみますと、これは單に文部省だけが考える問題でなくて、実際日本全体の教育者、またこれに協力しておりますPTAの方たちも、独立したら、この教育制度というものは、ほんとうに日本の立場からして検討されるのではないかという期待を持つておるのでありまして、先ほど来、教員諸君の問題等につきましても、首藤先生あたりから、大分憂慮した御検討があつたのですが、こういう問題も、問題は單に今日行われておるその形だけの問題でなくして、日本の置かれておる占領下に強要されたところの教育制度、並びにそれに対するいろいろな方針というふうなものが、ここで日本人の手によつて、日本の立場からして検討されなければならない大事なときだと思うのです。先ほど来の話の中に、教育委員会の問題につきましては、延ばしに延ばして来た、こういうお話があつたのですが、われわれがこの教育委員会法を検討する際に、自由党め諸君は何と言つたか。この教育委員会制度というものは、向うから押しつけられたのだ、だから、この制度をただちに実施することはいけないので、なるべく向うに延ばしておいて、独立をしたら、この教育委員会制度等につきまても、ほんとうにわれわれ自身の立場で検討しなければならぬということを、すべての委員が言つたはずなんです。地方へ参りましても、自由党の諸君が、この教育委員会制度につきまして見解を述べる場合にも、独立したら、そこでもつて教育委員会制度も根本的に検討するということを言つておられたので、決して延ばしに延ばしたというふうな表現では、適当しておらぬ。ここにおいて初めてこの問題を検討しなければならぬ時期が来ておるのだというふうに、今までの過程からして私は推測しておりますので、先ほど来のいろいろな御意見は、さらに慎重に考えていただかなければならぬと思います。従つて、文部省から提案されました予算の中の「なおわが国の諸事情に照らし検討を要する点が多多ある」この中に、やはり教育委員会の問題も十分考慮されておる、そういう意味でこの予算というものは通つておると私は了解するのでありますが、文部省としても、今の御説明では、非常にあいまいな御答弁なんです。ここにしつかり根拠を置いて日本の教育を検討してもらわなければ、一般国民の期待するところを裏切る行為になると私は思うのであります。 さらにお伺いいたしますが、その次に教育委員会の運営指導に必要な経費というので、三百十万円というものが計上されておりまして、これは「教育委員会の円滑な運営を図るため」という名目で計上されておるわけなんですが、この三百十万円というものは、現在つくられておる教育委員会に対するところの円滑な運営をはかるための費用であると私は思うのです。しかし地方に教育委員会を設置する場合は、とてもこれでは足りないと思いますが、いかがでございますか。
○久保田政府委員 御指摘の通りでありまして、全部置くということになれば、その費用もあらためて要求いたします。また、なければ相ならぬものと心得ております。
○小林(信)委員 そうすると、これに対する費用は、もちろん現在のこの教育委員会法の中に、十一月一日から実施するということがうたつてあるのでありますから、計算もされておると思いますので、その数字等もお伺いしたいと思います。 それから、あわせまして、教科用図書の刊行に必要な経費もやはり含まれておるわけなんですが、これは検定権が各都道府県に移るというような法律の定めがあるわけで、そういたしますと、この費用等はこれでいいのか、これに該当する費用というものは、各府県に移つた場合には各府県で支出すべきものか、この点をあわせてお答え願いたい。
○久保田政府委員 これからの予算の数字は、まだここで申し上げるような固めたものを持つておりません。あるいは検定権が地方に移ることになるがという御心配でありますが、これはこの前の委員会でも御説明申し上げたと思いますが、教科書の検定権が文部省に一部残り、一部分が地方に移る、分割されるというような形が、私立学校法あるいは教育委員会法の規定だけをながめますと、一応そういうふうに受取れますが、それが教育基本法、学校教育法の建前、文部省設置法の建前から申しますと、地方にたまたま抽象的に移された、また分割された教科書の検定権が、いよいよ実施に入るための必要規定が一つ欠けておるわけでありまして、それに対する必要な規定を定める、その定めることによつて、その地方の検定権を実際上わけるような手段がいるわけであります。これは私どもが提案いたしております法案に申しておりますように、当分文部省に保留しておきたいという考え方をしておるわけであります。たまたま三月三十一日、用紙割当統制というような制度がなくなりまするために、その條文だけを読みますと、地方に自動的に移つて行くかのように見えますが、先ほど申したように、基本的な方法で縛つてありますために、実際は移つて参りません。たまたまこの法案ができませんと、非常に不体裁な形がそこに残るという段階がありますのと、将来そうした問題をどうするのか、態度が不明瞭でないかという欠点が残るわけであります。従つて、地方では、本年度の問題は、すでに検定の問題は終つておりますので、実質的な実害はございません。これは地方に今すぐ持つて行つて、地方で検定させる、従つてそれに伴う事務費というような問題は、本年の問題としては、実体はないのでございます。
○小林(信)委員 教科書検定の問題につきまして、局長が今御説明になつたのですが、もちろん今局長のお話になつた点からしましても、この問題になつておる法律が通らなければ、今のような御意見であつても、この問題は非常に混雑すると思う。私たちの考えておりました点は、局長の意見とは非常に違うところがあるのです。と申しますのは、第五十條の「教育委員会の権限に属する事務のうち、左に掲げるものは、都道府県委員会のみが、これを行う。」こういうきつい規定のもとに、検定権の問題につきましても規定してあるわけで、「文部大臣の定める基準に従い、都道府県内のすべての学校の教科用図書の検定を行うこと。」こういうふうに規定してあるのであります。これも私たちこの審議に当つたときに、こういうことがはたしていいか悪いかといつたときに、そのときには、速記等は避けまして、アメリカさんがおるうちは、ひとつこの点でがまんしてもらいたい。そうしてあとの方で、当分の間、用紙の割当制がなくなるまでは、文部大臣に権限を持たせておくんだというようなことで、すべて教育委員会の根本的なものは、やがてわれわれが独立したときに根本的に改革しなければならぬという意図が、やはりここにもあつたわけです。そういうようにわれわれは了承しておつたのですが、今の局長のお話を聞けば、法文に明示したものとはおよそ遠いもので、府県にこの検定権を移すというようなことは不可能なことだ、やはり何らかの形において文部大臣がこれを把握しておらなければならぬのだというように言われておりますが、しかし法文そのものから申しますと、私はやはりここでもつて、三月三十一日以降都道府県の教育委員会に検定権は移るべきだ、従つて、そのときにただちに文部大臣が、その定める基準と称するものを規定しなければならない。基準ができておるのかどうか。三月三十一日以降は、この法文から解釈するならば、都道府県に移るべきであると思うが、これが移されておるかどうか。移されたときに、都道府県に受入れ態勢が出ておるのかどうか、こういう点もお伺いいたします。
○久保田政府委員 先ほど申しましたように、地方にはまだ直接移つておりません。分割されておるという状態にあるというだけでございます。ことに「都道府県委員会のみ」という権限の書き方で、文部大臣にないというような御見解かとも存じますが、これは教育委員会の他の委員会との関連において、府県の教育委員会がという意味合いを示しておるわけでございます。
○小林(信)委員 それは、私もそういうふうに解釈します。地方教育委員会に権限がないという意味ですね。「のみ」ということがつけ加えられたのですが、しかし、ほかに文部大臣に権限があるということは、私は規定されてないと思う。ことに、用紙の割当制がなくなつたときには、検定権が文部大臣から移ると規定されておる以上、それがなくなつた以上は、文部大臣に検定権はない、こう考えるわけですが、何かはかにそういうことを裏書きするところの法律があるのですか。
○久保田政府委員 文部大臣が教科書検定の権限を持つておるという意味のことは、学校教育法の二十一條に「小学校においては、監督庁の検定若しくは認可を経た教科用図書又は監督庁において著作権を有する教科用図書を使用しなければならない。」とあります。この二十一條に「監督官庁」という言葉を出して来ておりまして、その二十一條の監督庁の説明を百六條でうたつておるわけでありますが、二十一條のここでいう監督庁は「当分の間、これを文部大臣とする。」こういうふうに持つて来ておるわけであります。それから文部省の設置法には、附則に、当分の間、文部大臣が検定を行うというふうにうたつてあります。
○小林(信)委員 責任は私たちにあることになりますので、私たちも強いことは申し上げられませんが、日本の法律というものは、そういうふうに官僚がつくるので、官僚がなかなか逃げ道をつくつておるということを、如実にここに現わしたわけであります。こういうことは、私たちは教育行政、教育立法である以上は、あつてはならない、ということを、私はいつも言つておるのですが、またここにもそういう問題が指摘されたわけなんです。それでは、この教育委員会に対するところの法律の権威というものは、あなたはどういうふうにお考えになるのですか。こんなものがつくつてあつても、ほかの方に根拠があつて、こんなものは空文にひとしいですよということを、あなたはここでもつて率直に言つたということになるのですが、それをあなたはどういうふうにお考えになるのですか。
○久保田政府委員 私はそうは考えておりませんで、事実上紙の統制がいつ解けるかという問題がはつきりしておらぬために、当分の間ということで條文に並べてあるわけでありまして、紙の統制の期間が明確であれば、期間的にこれを明示しておくべき筋合いのものであつた、それだけのことであろうと思います。
○小林(信)委員 私はそれは逃げ口上だと思うのです。いつその統制が解けるかわからぬから、従つて当分の間ということでもつて表現してある、しかしやはり権限は文部大臣に置くのだ、ということに結局なるわけなんですが、そういうことだつたら、こういう法律をなぜつくつたかという責任問題になるわけなんです。そういうあいまいなことは決して了解すべき問題ではない。事実私は、局長と同じ意見なんです。教科書の検定権を今地方の教育委員会に渡したらどうなるか、先ほど来いろいろな御意見がありまして、教育委員会を地方に設置することを至当だというふうにお考えになつておる方たちがありますが、この問題から考えましても、私は非常に危險だと思うのです。今日の段階におきましては、府県單位の教育委員会が、今日まで四年間も経過しておりながら、ここへ教科書の検定権を移したらどういうことになるか。父兄の方たちは、教科書が高くなつて困る、もつと安くする方法はないかというようなことから、いろいろなことを聞いて来て、最近は図書をつくる会社が学校の先生方を東京に呼んで来て、ごちそうなんかして、そうしていい教科書をつくるということよりも、自分のところの教科書を、饗応等によつて指定するように工作しておるというようなことが言われておる。文部大臣にも、この点についていろいろなところから御意見が来ておると思います。これが文部省だからまだいい。私は文部省を信用しておる。自由党よりも、野党の方が今のところは信用しておる。文部大臣にこの権限をになつてもらつておれば、まだこれ以上悪い教科書が、しかも高い教科書が出て来ることはないと思いますが、都道府県の教育委員会に渡したら、全体とは言わぬでしようけれども、そういう弊害がまた再び私は出て来ると思うのです。だから、やはり政府が提案しておりますように、教科書の問題も当分の間私は大臣がその、検定権を握つておいていただきたい、こういうふりに考えるものであります。その説明の仕方につきましては、まことに遺憾な点があるのですが——おそらく私どもは、何か考えがあつて御答弁なさつておると思うのですが、そういうふうに率直にこの際申し上げて、こういう重大問題をこの法案が持つておることを、一般に了解してもらわなければならぬところだと思うのです。 そこで、またもとへもどりまして、地方教育委員会の選挙をここでいたしますと、それに対する選挙の費用がどれくらいかかるか。それから、先ほど私が質問したのですが、数は御説明なかつたのですが、どれくらい——この教育委員会の運営に対し指導し、助言するためにいろいろも文部省としても費用を出さなければならぬと思うのですが、そういつたものを区別して、どれくらいの費用がかかるか、ひとつお話していただきたいと思います。
○久保田政府委員 私どものきわめてずさんな程度の概算は持つておりますが、選挙法の改正なんかとからんで明白な数字を出すところまで行つておりません。私どもが今持つております概算では、選挙費用が大体四十億(「予備費は三十億しかないよ」と呼ぶ者あり)設置後の費用が二十一億という計算を持つております。ただ、これはまだもちろん概算的に立てておる数字であります。
○小林(信)委員 そこではつきり文部省の態度がわかつたと思うのです。遠慮することはない。これほど重大な問題を起しておるときですから、私は率直に言つてもらいたいと思うのですが、予備費三十億しかないところへ、その三十億より以上のものが出していただけるということが約束してあるというような、そんな無責任なことを言うべきじやないと思うのです。やはりこの予算案を提出したときに、教育委員会というものは町村に設置しないという建前でもつて與党の了解を得るなり、政府全体の意向でつくられておると思うのです。そうすると、もしそういう費用がかかる場合には、予備費から支出することになつておりますと、そんな権威のない御答弁は、私はこの際避けるべきだと思うのです。さらに、各町村の委員会等の運営につきましては、相当政府は財源的な裏づけをもつて、の運営を助長してやらなければならぬと思うのですが、その費用二十何位というようなお話があつたのですが、これをいかにして支出するか、非常に問題だと思うのです。先ほど、たといそういう費用がかかつても、今一方において教員組合が與えておるところの障害をなくした方がよいというような御見解ですが、私はさらにお伺いいたします点は、町村に教育委員会を設置した場合に、大体最低限度教育委員の五名のほかに、教育長だとか、事務局長だとか、あるいはそのほかこの規定にありますような職員というものが必要だと思うのですが、最低限度どれくらいの人間が必要で、最低限度どれくらいな経費が町村としてかかるか、この際お伺いいたします。
○久保田政府委員 委員会の構成は、必ずしも強制的に何々においてどういう形でということになつておりませんから、明確な数字をここで今出すことは困難かと思いますが、大体ある程度の市を基準に置いて委員が五人、職員が六人というようなものを置きまして、大体百四、五十万というものを予定したいと思つております。
○小林(信)委員 今そこでもつて、さつきゆうに頭を集めて概算したようなもので、まことに私たちとしては、聞きまして遺憾なところがあるのですが、今のお話からしても、自由党の諸君もよくおわかりだと思うのです。町村長の方々が反対しておるのは、だれかにそそのかされてというようなことでない、義務教育費国庫負担法の問題につきましても、教職員の立場と町村長の立場では、相反しておるわけなんです。意見が背馳しておる。こういうふうに、教育の問題について意見が対立しておる中で、少しぐらいのそそのかしでもつて、全国の町村長会が町村に設置することに対して反対だということを言いつこない。やはりこういう経理の面を考えるとこういうものが出て、教員の人事だとか給與のことについて、はたして町村が責任を負うことが、日本の教育をよくするかどうかというような深い見解に立つて、私は町村長の方たちは反対しておると思うのです。まして今のように十何人もでもつて一町村が——あるいは、これが一部組合で構成されることも可能なんですが、そういうことができた場合に、非常にこれは町村としましても、ありがた迷惑になると思うのですが、それよりも、今の段階でもつてそういう構成メンバ一で、職員の人たちの給與あるいは身分のことにいろいろと関係をつくつて、ほんとうに日本の教育を発展させることができるかどうかというと、私は遺憾ながらまだ教職員の方たちも、戰後ほんとうに信念のある立場に立つて教育をしておる段階でないと思う。非常に重大な段階だと思うのです。そういう場合に、人事等の問題で、あいつは少しうまくないからどこかへおつぱらつてしまえとか、あそこの教員をひとつひつこ抜いて来いというようなことをされたら、現在におきましても、なかなか人事交流の問題では、一つの県單位というような形でやつておつてもうまく行かないときに、これは日本の教育を混乱させ、破壊させること以外に私はないと思うのです。これらにつきまして、いろいろ御意見があると思いますが、私の考え方では、今つくるべきでない、やはり文部省の意向を尊重いたしまして、私はこの際それが実現されるように期待するものであります。 最後に、大臣にお伺いいたしますが、先ほどちよつとほかの委員から日教組の問題が云々されまして、これに対する対策として、職員団体も町村單位にすることがよいというようなお考えが述べられたのですが、私としましては、これらに対するお考えが、教員諸君のそういう困難な中から自分のあるべき姿を真に発見して、その信念を他に曲げさせられることなく強く行く、こういうような強い道義的な勇気というものを根底にしたところの教育者を、私たちはつくつて行かなければならないと思います。今のところ、一部幹部がさしずするために、地方のそういうことにあまり関係のない教員諸君も動かされて、日本の教育が害されておる、だからこれに対して、組合を県單位のものから町村單位にして行け、そうしたらそういうことがなくなるだろうというような、何か労働組合法から考えれば、非常に矛盾したことですが、そういうこともあえてして、そうして教育者を擁護して行くということが、ほんとうによい教育者をつくることになるかどうか、これは非常に重大な問題ですが、大臣の御見解を伺いたいと思います。
○天野国務大臣 この点については、やはり利害関係が非常にむずかしいと思つております。必ずしも片方だけが絶対何でもよいのだというようには、なかなか考えられない。こういう点にもいろいろな問題があるから、それで私どもは、なお一年延ばして研究しようとしておるわけでございます。
○小林(信)委員 大臣のおつしやることは、もう幾度もお伺いしたわけですが、先ほど、新潟県におきまして、三日間開かれた日教組の問題につきまして、いろいろ御意見があつたのですが、その中に、世界自由労連を脱退するという意向が出たことは、先ほども述べられた通りです。自由労連を脱退する意向が絶対であつたというお話ですが、しかし、三分の二以上がこれを否定した。日教組の掲げております現在の思想内容というものから考えれば、およそ逆な形になるわけです。それが三分の二以上の反対者があつて、これが通らなかつたというようなことを考えますときに、あながち日教組が日本の教育を害しておる、そう一概に断定してはならないと思います。自由労連脱退等の問題につきまして、そういう意向が出たことにつきましては、文部省としてはどういうふうな御見解を持つておりますか、お伺いいたします。
○天野国務大臣 今非常に御発言が方方にあつて、小林さんのおつしやることがはつきり聞き取れませんでしたけれども、大体私が了解したところによりますと、新聞でちよつと見ただけでありまして、はつきりしませんから、ここで今どうこうということは、ちよつと申し上げかねるということを申し上げておきます。 〔「散会々々」「何を言うのだ、まだ一ぱい質問があるじやないか」と呼び、その他発言する者あり〕
○竹尾委員長 御静粛に願います。
○小林(信)委員 大分紛糾して参つたようですから、心臓の弱い者はいずれあとにいたしまして、この際私は質問を一応保留いたしますが、委員長にお願いいたしますことは、やはり予算等の問題もありますから、大蔵大臣、それから地財委等の委員長あたりも呼んでいただいて、この問題をもう少し究明していただきたい。これだけお願いいたしまして終ります。
○竹尾委員長 あと質疑の通告者が五名ございますが、この委員室は午後一時から使うことになつておりますので残つておる方々の質疑は次会に讓ることにいたしまして本日はこれにて散会いたします。 午後少日時五十四分散会