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文部大臣参議院衆議院
総発言数
2,587
直近の所属会派
直近の役職
文部大臣
直近の発言日
1952/05/21

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文部委員会71 件・71%
  • 文教委員会28 件・28%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,587 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,587 20 を表示
文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国費大臣(天野貞祐君) 政府委員からお答えさして頂きます。

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) お説は誠に御尤もでございまして、私は一本に切替える考えでございます。

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) これは従来も私が関係する限りできろだけ民主的にやろうと思つているのですが、決して官僚的にやろうなんと思つておらないのです。それで民間のかたにも入つて頂き、それからこういうことに経験のある学識経験者というものも入れて、できるだけ民主的に構成して行こうと、そうして人数ももう少し殖やしたほうがいいという考えであります。ただ一人々々のここでどういう人をやるのだということはまだ申上げられるところになつておりませんけれども…

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) 私は従来といえども官僚が自分らの自由に一つ審議会を利用しようとか、そういう考えではないと思うのですが、一番のこの盲点と申しましようか、それはやはりよく意思が疎通しないという点にあつたと思うので。だから今後はよく民間団体の諸君にも了解を得てやるという方針で進めば、私は御了解が得られるのではないかと思います。従来でも決してそういう悪い考えを持つてやるのではないけれども、理解がよく届かないという点がいろいろあるという…

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) 私は今和田さんのおつしやつたことはいちいち御尤もだと思つております。そういう線でただ善意さえあればよいとは思つておりませんが、併し善意がなくちや駄目だということも和田さんの御承知の通りだと思うのでありまして、その善意で以て本当に民主的にやりたいと思つているのですが、併し行届かないことがあつたのではいけませんから、御注意によりまして、十分注意深く私もこれをやりたいと思つております。

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) これは文部事務当局は相当そういうことは研究もし、考えてもおるのですが、はつきりしたことをここでちやんと言う段階にならないものですから、おきめになるほうで非常にあいまいのようにお考えでしようけれども、何もせずしてこれは漫然と出すというようなことはあり得ないことでありまして、そういう下準備ということは私もほぼできておると考えておるのであります。

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) それは例えば大学院の問題などに、現在の定めでは、初めの二年やつた者は修士とする、三年すれば今度は博士になれるという、そういつたようなことが果してそれでいいものであるかどうか。或いは国立学校もたくさんできましたけれども、現在のままにしてどの学校でも皆同じ科目を作つて行くということになりますと、どれもこれもが貧弱なものになつてしまう。だからそんなことは何とか統合を……といつて学校をやめるのではないのですけれども、ど…

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) 私はどこを代表するというのでなしに、個人の資格においてすべてをお願いしたいと、実は私は教育刷新委員会というものができましたときに、これは御承知のようにアメリカから第一次の教育使節団が来て、それに応じて日本側委員というものが選定されて、それからあとにそれを母体としてできた委員会ですそのときに私は高等学校の校長をしておつたので、高等学校の校長という資格ではなく、個人の資格でありますが、そこに出て行つて非常に驚いたこ…

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) 私もこれは両方に理由があると思つております。けれども私はやはり常識的に考えますと、物を保存するということじやなしに、保管と保存と少し違うと思う。こちらは保存でなく保管なんですね。ただ置いておいて見せて、そうして国民一般の芸術心というものを高める、そこに力点が置かれておるという点は、私はむしろこちらがいいんじやないかと自分は思うのです自分は少しも文部省内に是非置かなければならんという、そういう考えでなく、こういう…

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) この美術館の何と言いましようか、目標とするところは、現在の美術品を展覧して、そうして只今申しましたように一般に見せる、そういう教育ということに力点を置いておるわけであります。後のことについては、政府委員からお答えさせて頂きます。

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) 文化財保護委員会は、私はこれを閣議において代表はいたしますけれども、全部そういうことは文化財保護委員長の責任においてすべてなさることです。

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) 第一の点につきましては、六三三四というシステムは、少くも六三の三というものは決して動かさない、こういう方針でござります。第二の点につきましては全然同感でございまして、十五人大体選ぶうち五人は実業界のかたがた、そうい広うく社会で活動しておるかたがた、そういう人を選ばなければならん、決して狭く教育界という考えを持たずに……。私は和田さんのお考えと全然同感で、その趣旨によつてやつて行こうと思います。

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) 私が教育と申しましたのは、それを選択する原理ではなくして、選択したものを世間に見せるというのが美術館の方針であります。

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) それは私の申上げ方が悪かつたので、今の問題になつたのは八三の三だからそういうことを申したのです。これは三を動かすということが審議会で出るかも知れませんが、これは諮問機関でございまして、きめるのは私のほうでございます、文部大臣でございますから……。

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) 三四というものも今のところ動かさない考えでおります。併しそれについて別段問題が出ておりませんので、今申さないのであります。

文部大臣1952/05/21

13参議院 内閣委員会 第26号

○国務大臣(天野貞祐君) この学制の根幹は動かさないという考えでございます。

文部大臣1952/05/16

13参議院 文部委員会 第34号

○国務大臣(天野貞祐君) 第一の点につきましては、私は閣僚の了解を得ましてあの法案を出すに至つたわけでございます。従つてあの法案の趣意は私がどこまでも主張しているのでございまして、たまたま自由党のほうで、党としてそれを承認されなかつたのですけれども、なおこれを承認してもらうように今日も実は或る閣僚と相談したりして、今後そういうようにできるだけ努力しようと考えている次第でございます。 第二の点については、事務的なことになつて来ますので、局…

文部大臣1952/05/16

13参議院 文部委員会 第34号

○国務大臣(天野貞祐君) 第一の点は、私はこういう席で別に答える性質のものでないと思つております。 第二の点は、今いろいろ相談しておるということより、はつきりといつ幾日までにどうということはお答えできないと思います。

文部大臣1952/05/16

13参議院 文部委員会 第34号

○国務大臣(天野貞祐君) これは御承知のように去年の両院協議会できまつたことですけれども、併し私どもはそれをどうかして今度提案したようにしたいと思つて、今までもやつて来たのです。だからその線ではどこまでもやる、又場合によれば今から遡るということも法律上できるのではないか。ただいつ幾日までに必ず解決すると、そういうことは私としてここで言明しかねるのであります。

文部大臣1952/05/16

13参議院 文部委員会 第34号

○国務大臣(天野貞祐君) 政党内閣なんですからして、党の意見というものはどこまでも尊重せにやならないという点もあるのです。文政府はそれを信じて出しても、立法府においてそれを承認せぬというのならこれも仕方がないのですが、併し自分はそうでなく、これは自分がそういう主義なんですから、それが徹底するように今いろいろ話合いをやつておる、こういうことでございます。