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文部大臣参議院衆議院
総発言数
2,587
直近の所属会派
直近の役職
文部大臣
直近の発言日
1950/10/13

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文部委員会71 件・71%
  • 文教委員会28 件・28%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,587 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,587 20 を表示
文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 そうではございません、憲法のある以上は、軍事的な行動をすべきものとは思いません。

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 今の御質問の初めは、前にはむしろ国家主義者を追放するようであつたのに、今はかえつてまた反対の方を追放するようなことになつておるのは、何か国策が一貫性を持たない、その点についてどうかという御質問ではなかつたかと思うのですが……。

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 しかしこの点については、私の答弁の限りでないと思つております。それはどうしてそういうことが起つて来たか、初めには共産主義者をむしろ歓迎するようなことがあり、現在はそれを追放するというような矛盾は、どうして起つて来たかということについては、私の答弁の限りでないということを思つております。 二番目に、学問の自由ということを言いながら、一方ではレツド・パージをするというのは、矛盾しておるのではないか、そういう御尋ねだと私は思う…

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 私は笹森さんの御質問に答えたつもりでおるのです。と申しますのは、戰前には共産党というものが禁止されていた。ところが日本が無條件降伏をしたら、今度は共産党というものが自由になつて来た、ところが今はまた共産党というものをいろいろな職場からしりぞけなければならぬという事態になつて来た。こういうのは、日本の歴史的な現実というものから起つていることであつて、政府が必ずしも自由にできない領域のことである。だから、私はこれはどこの責任…

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 ただいまの御質問のことは、非常に重要な点でございまして、私も法律專門家などにいろいろ尋ねておりますが、両論あつて、今のところまだ決定に至つておりません。しかしそう長く延ばすわけにも行きませんから、従来の基準通りにいたすか、あるいは幾らかの訂正を加えるかということはまだきまつておりませんが、しかし近くきめなければならぬと思つております。

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 笹森さんの御質問は、要するに学生で表面に出ているような者は、むしろおどらされているので、首謀者は背後におるのだ、その首謀者を逃がして、ただ表面に出ている者を罰して能事終れりとするのではいかぬ、そういう学生の将来についても、十分考えるところがなければならないという御意見と思います。それについて私がどう思うかという御質問かと思いますが、私も多年教育に従事して来た者として、ただ学生を退学させてしまえばそれでよいのだという考えで…

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 私はその点については、今までに実は申し上げたつもりでおります。私も文教をつかさどつている人間として、もちろん責任を感じております。だからしてこのことを、ただ起つたことをしずめるというのではなくして、将来こういうことが起らないように、さまざまなくふうをしておる。その一つはどうだというようなことまで、先ほど申し述べましたので、笹森さんの御質問に対しては、すでにその点は答えておるというつもりでございます。

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 実践という言葉は、非常にあいまいな概念であつて、小林さんのおつしやるのはどういうことでございましようか。要するに私は学生のあり方というものは、教授の指導を受けて、将来の社会人としての準備をしておるというのが学生のあり方だと思つております。その指導を受けておる人が、教授の指導のもとにいろいろな思想を研究する、これは当然よいことだと思う。どういう思想であつても、教授がこれを研究さすことが適当だと思つて研究することはよいと思い…

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 私は日本の文教の振興ということを、言葉だけで言う考えは少しもございません。総理もそういう考えではないと思います。微力でありますけれども、今大学の研究費も、日本の事情の許す限りにおいては、十分とは言えませんけれども、以前のほぼ倍ぐらいにしてもらう考えでおります。あるいは育英会費の増額とか、あるいはもつと基本的に、六・三制の確立とか、そういうようなことに対して、私は微力ではあるけれども、努力しておる考えであつて、ただ文教政策…

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 今度のことは、私はその後の社会情勢の変化というようなことから、当然この際やらなければならないということで、私がどこから制限を受けるわけでもなく、だれにさしずを受けるわけでもなく、これは私自身がやるべきことで、そのやり方については、これが一番いいという仕方でやります。従つて全責任は私が負うことでありますから、これについて何か不当なことが起るならば、すべて私の責任だという覚悟でやらなければならぬと思います。

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 その通りであります。

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 外部から起つて来ておるとは思いません。もし外部から起つて来て、私がそれを不当だと思うならば、私はやりません。一日もこの位置にはおりません。私がここにおつてやる以上は、それがいいと自分が思つておるのであります。自分がこの現実に処して——あなたとだから、少し哲学の言葉を使つても許していただきたいと思いますが、そういう歴史的の現実に処して、こうやるのが正しい。先ほどから繰返して言うように、不当な力が、日本の平穏なところに波瀾を…

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 今の問いが私にはつきりしないのですが、要するに私は大学と高等学校以下では、少し区別があつてもいいという考えをいだいているのです。本来ならば、大学もそうやるのが、あるいは日本の輿論かもしれませんけれども、私は大学は学問の自由を尊重するという意味から特別に扱おう、しかし高等学校以下については違つてもいいけれども、しかしさしあたりは大学に準じて事をやつて行くという考えでございます。

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 はなはだ申訳ないのですが、まだ聞いておりません。

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 私は詳しくその報告を受けておりませんけれども、大体伺つております。非常にそれは教職員として遺憾千万な話だということを考えて、今後どうかそういうことのないようにしていただきたいということを考えております。非常に遺憾千万な話だ、一体教員が自分の本分を忘れてそういうようなことをしておつたのでは、日本の前途というものは非常に心配な話だというふうに考えております。

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 若林委員のおつしやることは、一々ごもつともで、教員はそういうことがあつてはなりませんから、私の方としても、教育委員会と連絡して、そういうことのないように努めたいと考えております。

文部大臣1950/10/13

8衆議院 文部委員会 第8号

○天野国務大臣 そういたしたいと思つております。

文部大臣1950/10/05

8参議院 文部委員会 閉会後第6号

○国務大臣(天野貞祐君) 文部大臣の責任においていたします。

文部大臣1950/10/05

8参議院 文部委員会 閉会後第6号

○国務大臣(天野貞祐君) そう解釈いたしております。

文部大臣1950/10/05

8参議院 文部委員会 閉会後第6号

○国務大臣(天野貞祐君) そう解釈してよいと思います。