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文部大臣参議院衆議院
総発言数
2,587
直近の所属会派
直近の役職
文部大臣
直近の発言日
1950/11/24

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文部委員会71 件・71%
  • 文教委員会28 件・28%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,587 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,587 20 を表示
文部大臣1950/11/24

9衆議院 文部委員会 第1号

○天野国務大臣 始めに若林委員が、人間の生活にとつて宗教心が非常に必要だということを述べられましたが、私もその点はまつたく同感でございます。成立宗教のどれに帰依するかということではなくして、何らかの意味において、われわれが絶対者の支配とか、歴史に現れているところの真理性の勝利とか、そういうことに対する確信を強く持つているということは、これは生きて行く者にとつてすべて必要だと思います。けれども、私は、それはただちにいずれかの成立宗教に帰依…

文部大臣1950/11/24

9衆議院 文部委員会 第1号

○天野国務大臣 若林委員のおつしやられることも、結局私と大差ないかと思います。要するに、人間としてりつぱであるために、何らかの意味においてわれわれが真理を信ずるとか、道を信ずるとか、要するに、正しいことでなければ社会には通用せぬのだ、そういう信念を持つた人間をつくろうという御趣旨のようでありまして、それでしたら、まことにけつこうなことである、私たちもどうかそういうように甘を折りたいと思います。ただいまも申しましたように、アメリカの軍隊の…

文部大臣1950/11/24

9衆議院 文部委員会 第1号

○天野国務大臣 私はまず、道謹の頽廃というようなことが言われて今の時代はまるでだめのような正論が社会に満ちておりますが、私は必ずしもそうは考えておらない、社会はやはり進歩すると思うのです。この戦争を契機としてやはりわれわれの社会も進歩したと私は思つております。だから、今の時代がまるで前よりも悪くなつた時代だというようには、私は考えないのですけれども、しかし一面においては、やはり戦争の影響として、戦後の頽廃というようなものも、これを認めな…

文部大臣1950/11/24

9衆議院 文部委員会 第1号

○天野国務大臣 何か道徳綱領というようなことを私が述べますと、そうするとすぐに、それは勅語類のものだ——類には違いありませんが、しかし教育勅語というような道徳の基準を並べておくものに対する十分な否定的な反省を経て、そうして私はここに一つの教育要領、道徳要領というものを考えようと思うので、直接にそのまねをしようとか、そういうものではない。しかし何かの意味で、みんながひとつ自分からそれによつて励んで行こうというようなものを、何かくふうするこ…

文部大臣1950/11/24

9衆議院 文部委員会 第1号

○天野国務大臣 一体この社会科というのは、私は従来の修身といわれたものの内容を持つべきものだと思つております。従来の修身というのは、ややもすると個人道徳にとどまつたのですが、日本の社会で最も欠けているものは、社会道徳だと思うので、そういう個人道徳というものを含んだ社会道徳というものをよく教え込む、子供によく知らせるという、そういう意味で、社会科というものがもつと使命を十分果さなければならないのではないかという考えを抱いております。社会道…

文部大臣1950/11/24

9衆議院 文部委員会 第1号

○天野国務大臣 学校の宗教教育ということにつきましては、教育基本法をつくりましたときに、私もその特別委員の一人であつて、当時普通の公立の学校では成立宗教を教えないのだから、ああいう項目はいらないのではないかという論が非常にあつたのです。そのときに、私は、あれはあつた方がいい、宗教的情操を養つて行くという意味において、そういうものが必要だ。少くとも学校において、お前のところのおやじさんはキリスト教だとか、仏教だとか、その他の宗教だ、迷信だ…

文部大臣1950/11/24

9衆議院 文部委員会 第1号

○天野国務大臣 問題は法律に関係していますから、事務当局からお話いたさせます。

文部大臣1950/11/24

9衆議院 文部委員会 第1号

○天野国務大臣 私から補足させていただきますが、そういうように、学校で正課に呼んでお聞きするということはできませんが、学校には学友会とか校友会というものがあつたり、キリスト教研究会というものがあつたりして、正課以外にそこで招いて聞くことは少しもさしつかえありません。私も圓谷君の議論に同感でございます。そういうことは正課ではできませんけれども、ほかの方法でできます。

文部大臣1950/11/18

8参議院 文部委員会 閉会後第13号

○国務大臣(天野貞祐君) 只今委員長が仰せられましたことについて、先ず国旗と国歌のことから私の考えを申述べます。私は專ら小学校の子供などについて感じたことなのですが、今のように打ち捨てておくというと、子供が全く故郷のない人間、いわゆる無籍者になつてしまう慮れがありはしないか。国旗のない国というものもなく、国歌のない国もないのに、それがいわば停止されてしまつているような形であるということは、非常に国民の教育上遺憾なことではないか。我々は国…

文部大臣1950/11/18

8参議院 文部委員会 閉会後第13号

○国務大臣(天野貞祐君) 高良議員の、日本の将来を憂えられて、この道義というものを本当に確立することによつて、日本というものを本当の意味での文化国家にしようという御熱情に対しては、私も全く同感で、深く敬意を表するものでございます。一体私は学校教育のことについてのみ今は述べましたけれども、決してただ教場にのみとどまるというのではなくして、それがやはり国家を建設して行く、廻り遠いようであるけれども根抵ではないかという考えで、今暫く学校教育の…

文部大臣1950/11/18

8参議院 文部委員会 閉会後第13号

○国務大臣(天野貞祐君) 私は国家を重視するからといつて、従来の国家主義に戻ろうという考えではございません。従来の国家主義というものは、いわゆる世界主義と矛盾したものだと思うのです。けれど私の唱える国家を重要に考えるというのは、それが即ち世界史的な考え方なのであります。併し国家をただの私は社会として考えて行くというのじやなくして、高良委員のお言葉によれば、恐らく民族的な国家という考えだろうと思います。けれども、そうなるというと非常に従来…

文部大臣1950/11/18

8参議院 文部委員会 閉会後第13号

○国務大臣(天野貞祐君) 平和運動が何も悪いわけではありませんけれども、平和運動がややもすると名前のよいために利用される、悪用されるというような危險があるといつて、今御指摘のようなことが起つておるのではないかと思いますが、そういう点については、私共の方でもよく考えて、みだりに純真な平和運動を圧迫するとかいうようなことはしていないつもりでありますが、そういうことがないように気をつけたいと思います。けれども又それをなさるかたのほうにおいても…

文部大臣1950/11/18

8参議院 文部委員会 閉会後第13号

○国務大臣(天野貞祐君) 文部省はいろいろな教育行政のことをやるからといつても、そういう教育行政をやつて行くのには、教育の理念というものを主眼とする。私は教育の理念というものを何も文部省で持たないで、ただ事務的なことをやるというふうには考えません。それでは日本の教育はよく行われないという考えでございます。

文部大臣1950/11/18

8参議院 文部委員会 閉会後第13号

○国務大臣(天野貞祐君) この国旗を掲げず、国歌を歌わないということは、自明のことで、全部どこでもやつていないので、例外を除けば別に調査しなくても、どこでも歌つてないけれども、これは歌わなければいけないということではない、そういう考えなんです。だからそういうことが望ましいといつたようなことも、国旗をどこでどれだけ立てるか、国歌をどれだけ歌つておるかということは調べなくても分つていることだと思います。

文部大臣1950/11/18

8参議院 文部委員会 閉会後第13号

○国務大臣(天野貞祐君) 只今述べたことで盡きておると思います。あとは見解の違いということに帰着すると思います。

文部大臣1950/11/18

8参議院 文部委員会 閉会後第13号

○国務大臣(天野貞祐君) 私はこの点について岩間さんも誤解されておりはしないかと思う。一つは、私は国旗を立て、国歌を歌うということは望ましいと言いましたけれども、この修身科に代るものとか、或いは道徳基準とか道徳要綱とかいうものは、これを文部省で、こういうものを作るといつて発表したことは一度もないのであつて、自分は教育委員会の席でそういうような考えが向いて来ているということを述べて、皆さんの意見を聞いておるのであります。現に意見を聞いてお…

文部大臣1950/11/18

8参議院 文部委員会 閉会後第13号

○国務大臣(天野貞祐君) 私は国旗に対して悪いほうばかりあると言つたのじやないのですから、どうかその点をお考え頂きたい。国旗に対して日本の文化創造というような喜びの面もある。併し悪い面もあるという両面があるということを申したので、悪い面ばかり言つたのではございません。 それから又、次の岩間さんの言われたようなことは、先ほど岩間さんの言われた、文部省は行政事務さえやつておればいいというのとは、私は何か相容れないものがあるように思つておる。…

文部大臣1950/11/18

8参議院 文部委員会 閉会後第13号

○国務大臣(天野貞祐君) 私は決してこの教育予算というものを軽視しておるものではございません。自分は実に力が足りなくして、不十分でありますけれども、自分としては教育の財政というものには全力を注ぎ、又教員諸君の待遇をよくするということにも、自分は全力を注ごうと考えておるもので、決していわゆる空疎な観念的な思想を抱いておるものではないと考えております。

文部大臣1950/11/18

8参議院 文部委員会 閉会後第13号

○国務大臣(天野貞祐君) 荒木さんのおつしやることは、如何にも御尤もで、そういう疑念がおありになるということも私はよく分ることでございます。ただ併し私などから言うと、なぜ天皇を、君と天皇は別だとか、強いてそんなに荒木さんが詮索をなさらなくてもいいんじやないでしようか。もつと我我は素直に、君と言えば天皇なんです。天皇と君とは違うとか、私はそこに非常に御詮索に過ぎるようなものがある。我々がもつと素直な平たい気持でいいんじやないかということで…

文部大臣1950/11/18

8参議院 文部委員会 閉会後第13号

○国務大臣(天野貞祐君) それは荒木さんの御意見ですから私は承つて置きますが、併し君臣といえば天皇と臣下ということと同じなんです。だから天皇は象徴だが、君は象徴じやないというような御説明は、私はどうも承服できない。けれどもこれを歌うことがまだ自分たちの気持としてどうかという御疑念を持たれるということは、私によく分るのです。ただ天皇と君は別だという論は、自分には了解できない。