大橋敏雄
会議録に記録された「大橋敏雄」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 4,816 件
- 直近の所属会派
- 公明党・国民会議
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1967/04/27
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 社会保障・年金55 件
- 労働・賃金29 件
- 防衛1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 日本国有鉄道改革に関する特別委員会67 件・67%
- 社会労働委員会33 件・33%
※ 全 4,816 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第55回 衆議院 社会労働委員会 第6号
○大橋(敏)委員 いまのお説では、結局昭和電工鹿瀬工場にその問題がある、責任がある、このように理解されるわけでございますが、私がなぜこのようにその問題をくどく念を押すかというと、ふしぎなことが二つあるわけでございます。その前に、要するに国の結論、このような段階でまたもやあいまいになるのではないか、このように懸念している被害者はずいぶん多いと思うのであります。そこで私は、その点で二つの事柄をあげてみたいと思います。 その一つは、昭和四十一…
第55回 衆議院 社会労働委員会 第6号
○大橋(敏)委員 いまのお答えに関連しまして、国としてはいつごろその判定を下して発表するのか、大体の推測でけっこうでございますが……。
第55回 衆議院 社会労働委員会 第6号
○大橋(敏)委員 ただですら官庁行政は手間がかかる、このような批判をこうむっておるときでもございます。このような大事な問題をそう簡単に結論づけられるということも考えものではありますけれども、よくよく考えてみれば、この調査に当たったメンバーの方々というものは、いわゆる最高のスタッフが私は当たったものと思うのであります。したがいまして、他のものの意見というものはそんなに得られるものではない、かように思うのでありますが、いずれにいたしましても…
第55回 衆議院 社会労働委員会 第6号
○大橋(敏)委員 大体わかりましたが、いまの見舞い金のうちに十万円と三万円というようなお話がございましたが、生活保護費でまかなわれている方々に対してこれらの見舞い金は収入認定にならないのかどうかということです。
第55回 衆議院 社会労働委員会 第6号
○大橋(敏)委員 その点はそれでよろしいとしまして、先ほど話された内容と関連いたしますが、また新聞の一カ所を読ましていただきますと、「生存者二十一人は、週に一度新潟大医学部付属病院で治療、二人は後遺症のためのリハビリテーションをうけ、七人はしびれを訴えて仕事にもっけず、毎日ぶらぶらの生活をつづけているという。」こういうような記事を見まして、私は非常に胸が痛い思いでございますが、この水銀中毒にかかった方というのは大体病院に行って治療を受け…
第55回 衆議院 社会労働委員会 第6号
○大橋(敏)委員 私もその点を心配いたしまして、新潟の現地の医科大学の研究室のほうにその見解をただしてみました。そうしますと、その答えは、おそらくはこの病気にかかった人は、発病前のからだには回復しないのじゃないか、こういうことでありました。したがいまして、相当の見舞い金等をもらってみても、治療費等でほとんどなくなってみたりして、かわいそうなことですよ、こういうことでございましたので、どうかこういう点、よくよく理解された上で、強力な援護措…
第55回 衆議院 社会労働委員会 第6号
○大橋(敏)委員 いまの報告を聞いておりますと、昨日厚生省のほうからいただきました資料と合致しておりました。これで安心いたしましたが、まず重症心身障害児及び者、これを合計しまして一万九千三百人、そしてそのうち収容必要と見込まれる数が、一万六千五百人。この現状に対して、受け入れる施設というものは昭和四十一年末現在で、先ほど申されました二十三カ所、一千六百三十一床、こういう報告でございましたが、これから判断しますと、いわゆる収容に必要な数一…
第55回 衆議院 社会労働委員会 第6号
○大橋(敏)委員 いまのお話では七千九百床くらいの目標で、しかも四十五年を目標に計画を立てているということでございますが、七千九百床などということは、現在の要収容者の、必要と思われる人の約半分だ、これはたいへんなことだと思います。しかも五年がかりだという話でございます。 おそらくいま説明なさったのは私が持っている資料と同一のものでお話しなさったと思いますので、私の資料に基づいてお話をしますが、昭和四十二年の計画といたしまして国立は六百床…
第55回 衆議院 社会労働委員会 第6号
○大橋(敏)委員 いまの説明ではほんとうは了解できませんけれども、それではまず四十二年の計画案に一応譲ったといたしましても、それは一体どの方面に設置される予定なのか、そのことをお尋ねいたします。
第55回 衆議院 社会労働委員会 第6号
○大橋(敏)委員 私が聞いているのは、その数じゃなくて、予定地域ですね。今度設置される国立が六百と公法人立が五百と、合計一千百という設置の案が出ているけれども、大体どのような地域に持っていかれるのか、これを聞いているのです。その案を聞いているのです。
第55回 衆議院 社会労働委員会 第6号
○大橋(敏)委員 何だかずいぶん時間がないようでございますので、あと一、二問で終わりたいと思います。 いまのお答えでは、ブロック的に考えられている。去年建てたところ以外のところに四十二年は持っていきたいというふうに聞こえたのですが、それにすれば、あと近畿と九州地方が残っておるようにも聞いております。できましたならば、その方面に全力をあげてそういう施設を建てていただきたい。これは希望でございます。 ではもう一間だけ、医療を必要とする重度精…
第55回 衆議院 社会労働委員会 第6号
○大橋(敏)委員 かような重症障害児をかかえたおとうさん、おかあさんの苦悩を思うとき、極力運用面に御配慮願って、弾力的な施設運営を要望しておきます。 それではきょうの質問は一応これで打ち切りたいと思いますが、実はまだ質問の内容は続きますので、この次の委員会まで保留させていただきたいと思います。
第55回 衆議院 石炭対策特別委員会 第4号
○大橋(敏)委員 質問に入ります前に一言ごあいさついたします。 私は公明党の大橋と申します。皆さまも御承知のとおり新兵でございますので、いろいろとお世話になるかと思いますが、よろしくお願いいたします。 労働大臣にお尋ねするわけでございますが、先般の所信表明の中で「閉山合理化に伴う新たな離職者の発生が予想されております。」冒頭にこのように仰せでございました。これは昨年の七月石炭鉱業の抜本的安定対策に関する答申が行なわれたことによって、今後…
第55回 衆議院 石炭対策特別委員会 第4号
○大橋(敏)委員 いまの説明で大体のアウトラインはつかめましたけれども、さらにお尋ねしたいことは、四十二年度の離職者総数が一万四百人というお話でありましたけれども、四十一年度から四十二年度に繰り越された未就職者の数はどのぐらいであるのですか。
第55回 衆議院 石炭対策特別委員会 第4号
○大橋(敏)委員 そうしますと、一万四百人と九千人で合計一万九千四百人というものがいわゆる四十二年度における再就職の促進目標といいますか、そのように理解してよろしいですか。
第55回 衆議院 石炭対策特別委員会 第4号
○大橋(敏)委員 もう一つお尋ねいたしますが、四十年度から四十一年度に繰り越された、いま言いました未就職者ですね、それがどれだけいたのか。また、四十一年から四十二年は、いま聞きましたように九千人ということでございます。さらに、これは見通しになりますけれども、四十二年度中、すなわち四十三年に繰り越されようと予想されている未就職者はどのくらいなのかということです。
第55回 衆議院 石炭対策特別委員会 第4号
○大橋(敏)委員 六千五百人というその数字が、四十年から四十一年度に繰り越される分と、四十二年から四十三年に繰り越される予想の分とが一致しているわけですね。 ではもう一つお尋ねいたしますが、一万九千四百人の再就職促進目標、その員数の内訳といいますか、それはどのようになっておるんですか。
第55回 衆議院 石炭対策特別委員会 第4号
○大橋(敏)委員 職安を通じて九千六百名ですか。
第55回 衆議院 石炭対策特別委員会 第4号
○大橋(敏)委員 私の調べたところでもやはりそのようになっておったんですが、そのうち九州関係が五千八百七十名と聞いたんですけれども、そのとおりでしょうか。
第55回 衆議院 石炭対策特別委員会 第4号
○大橋(敏)委員 先ほどの六千五百名のふしぎと一致した数の問題でございますが、四十年から四十一年度に繰り越されましたものが六千五百名、今度また六千五百を見込んでいるというのですけれども、いまのお話のとおりでございますから、計画された上でのものとは思いますけれども、案外四十一年が六千五百名だったから四十三年に繰り越される分もその程度くらいは残っていいんじゃないかという大まかな考えもあるんじゃないかという疑いを差しはさむのですけれども、そう…