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民主社会党衆議院
総発言数
1,814
直近の所属会派
民主社会党
直近の役職
直近の発言日
1949/05/06

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 商工委員会71 件・71%
  • 科学技術振興対策特別委員会26 件・26%
  • 公職選挙法改正に関する調査特別委員会2 件・2%
  • 法務委員会1 件・1%

※ 全 1,814 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,814 20 を表示
緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 高橋証人に証言を求めますが、入院患者で死亡して行つた人の中で、恐らく死ぬ前にいろいろなことを言つて死んだのではないかと思うんです。それを遺憾として高橋証人は聽かれたと思います。たとえていえば、死んで行く人が吉村隊を怨むとか、或いは捕虜になつたために、即ち蒙古側の取扱いに対しそれを怨むとか、或いは戰爭に負けた原因を怨むとか、そういうふうなことを言つたのではないかと想像できるんですが、そういうことについて高橋証人は聞かれたこと…

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 比較的少なかつたということでありますが、その少なかつた中で、特に今記憶されるのは、その飢え死した、自分は遂に食うものがなくて飢え死するので残念だ。こういつたようなことを言つた。その外に記憶しておるところはありませんか。……なければ止むを得ないが、次に質問さして頂きます。高橋証人は医官として死体を解剖されたのでありますが、各捕虜收容所からアムラルトの捕虜病院に送られたのは、各收容所で亡くなつた人の死体のうちどういうものをあな…

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 その中の解剖に付するというのは、院長の判断によつて解剖にしたのですか。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 それではあなたの捕虜院院で死亡された人は全部解剖されたと思いますが、そのうち八〇%は肺結核であると言うが、あとの二〇%は大体どういうような病氣で死んでおりますか。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 分りましたが、発疹チフスというのは、相当これは各收容所で蔓延したことがあるのでしようか。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 それでは話が少し先に進みますが、これらの病人に対して、ソ連側の病院の手当というものは、例えば藥とか、或いはその他の怪我手術にしても、いろいろな点について手当は十分に行われておつたと、あなたは医官として考えられますか。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 次にもう一つ証言を願いたいのですが、千人余の人が死んで、それがすべて墓地に送られた。送るときには恐らく日本の兵隊がその死体を持つて墓地に行つたと思いますが、帰つて來た人達が、是非家族のために遺髪とか、或いは爪とか、そういうものを持つて帰ろうとしたけれども、蒙古側ではその慣習上、どうしてもそういうものを許可しなかつたということを聞いておるのですが、これについてあなたの知つておられるところを……

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 病院で先程の施設、藥物の点が証言がありましたが、あなたの良心的に考えられまして、ソ連の病院は全般の事情等を勘案して、十分盡すだけのことをしたという、あなたは印象を持つておりますか。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 もう一つ、病院で死ぬ前に……、先程の話は分りましたが、死ぬ前にきつと死期を予期した人達は、自分の家族に傳言するとか、或いは書置きをするとか、或いは手紙を託するということは必ずあつたと思うのですが、あなたの病院では日本に手紙を出すということを許可を受けたことがありますか。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 あなたはこちらに帰られて、ソ連から、相当の手紙が……葉書が、往復葉書で向うから來て、こつちから更に返事を出しておるということをお聞きになつておると思いますが、そういうことは全然あなたの收容病院にはなかつたのですね。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 小林証人に証言を求めますけれども、先程高橋証人が証言しましたが、死体を全部病院に送つて解剖に付した上で埋葬するのだというのが原則になつているそうでありますが、あなたの部隊で亡くなつた人は、その方針に基いて全部病院に送られたかどうか。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 議事進行について。次の証人を呼ぶことの動議を出します。 〔「賛成」と呼ぶ者あり〕

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 その間に永井証人及び高橋証人に証言を求めたいと考えます。永井証人に三点証言を求めます。 第一は、吉村隊長は年齢から言いましても、或いはその他の点から言いましても、永井証人よりは遥かに能力的にも劣つておるのじやないかと、私は少し言い過ぎかも知れませんが、そう考えるのですが、その吉村隊長が隊長としてある間に、而も大勢の隊員がおつた。七百人の隊員がおつた。その七百人の隊員が、僅か一人の隊長並びにそれを取巻く数人の参謀格がおつたか…

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 実は私は何故そういう質問をしたかについて、多少ここに補足的な説明をしたいと思いますが、昭和二十年の十一月の二十六日に、私のおりました奉天では戰慄すべき事件が起きたのであります。それは奉天におりました四十人ばかりの青年達が、戰後のあの混乱した思想の中にあつて、遂に意を決して決死隊を作つて、警察局と軍の司令部を手榴彈と拳銃を以て襲撃した事件があります。そうしてその四十何人の青年隊は刑を受けて、ソ連に送られたのでありますが、それ…

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 それではお伺いしますが、そうした蒙古側の吉村隊長に対する信頼の度が非常に強いということが一般隊員に分つておつて、從つて吉村隊長の権威に屈したのでなしに、蒙古側の権威にすべての隊員が屈したということでありますか。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 それでは次の点を質問いたしますが、永井証人がその後日本に帰られて、特に今回証人に呼ばれたのであります。その間吉村事件に各種の報道、或いは新聞等を御覽になつたと思いますが、具体的に申せば、一番よいのでありますけれども、これらの記事、報道等を御覽になりまして、誇張があると思われますか。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 もう一つお伺いいたしますが、四月の初めに「週間朝日」の週間放言の中では、吉村という人間は日本の社会には存在を許されないような人間だ、これは葬るべきだというような放言がされているのですが、永井証人の吉村隊長に対して、日本に帰つてから後、現在の心境から言つてあなたのお考えを聞かして頂きたいと思います。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 永井証人のはこれで終ります。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 高橋証人にお伺いいたしますが、あなたの病院での事情はよく分りましたが、この一点、捕虜病院におけるところの捕虜に対する給與、食事でございますね。食事は一体どういうふうな基準で支給されておつたか分つている範囲を全部述べて頂きたい。

緑風会1949/05/06

5参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第22号

○北條秀一君 馬の頭と脚という話がありますが、馬の脚の骨は相当な養分があることは御承知だと思います。骨をたいてそのエッキスを出すということはありましたか。