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自由民主党参議院
総発言数
3,954
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
直近の発言日
1967/09/08

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • ロッキード問題に関する調査特別委員会97 件・97%
  • 公職選挙法改正に関する特別委員会3 件・3%

※ 全 3,954 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,954 20 を表示
自由民主党文部大臣・通商産業大臣臨時代理1967/09/08

56参議院 地方行政委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) まあ私どもが考えておりますこの前の原案どおり出すかどうかは別としまして、この外国人学校の問題は、中学校とか、高等学校とか、大学のランクとか、そういうことにかかわりませず、一応、これは国際的な問題でございますので、文部大臣の直接の認可の対象にしようという原案を持っておったわけでございます。でございますから、かりに現に地方各都道府県におきまして認可しておる各種学校がございましても、これは新たなるこの外国人学校制度に…

自由民主党文部大臣・通商産業大臣臨時代理1967/09/08

56参議院 地方行政委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) その学校教育法を改正していくということについては、お説のとおりでございます。ただ、現段階におきまして、その圧力を加えることではなしに、私どもとしては、日本の教育制度というものがございますから、やはりこの日本の教育制度に混乱を来たさないように私は守る責任があると思いますので、その守るための何らかの方法はとってまいりたい。それが手段としまして、強権をもって発動するとか、そういうものであるかどうかは、私もまだ決定して…

自由民主党文部大臣・通商産業大臣臨時代理1967/09/08

56参議院 地方行政委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) 私はそういうことは考えておりませんけれども、そういうふうにとられたら、これは私の気持ちとは大いに違うということだけを申し上げておきます。

自由民主党文部大臣1967/09/04

56参議院 文教委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) この前にも御答弁申し上げましたように、人事に関しましては、やはり憲法十九条の精神にのっとりまして、思想的なことによって左右されるものでないということは全く私の——これは私だけでなしに、全教育行政に携わっている者の当然に守らなければならない責務だと思います。北海道の思想調査の問題が起こりましたが、この問題につきましては、この前の国会においてもお答えいたしましたように、私どものとりました手段としては、教育委員会及び…

自由民主党文部大臣1967/09/04

56参議院 文教委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) 私は、元来自分の持論といたしまして、教育職員については一般公務員と違いまして別個の給与体系があるべきではないか、その勤務の態様におきましてもわれわれはまた異なるものがあっていいんじゃないかということをずっと考えておりまして、今日もなお教育職員につきましては一般公務員と異なる給与体系があるべきであるという考えには間違いございません。

自由民主党文部大臣1967/09/04

56参議院 文教委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) 現下の教育上の一番大きな問題は、小学校の教師に適当な人を得ないということは、非常に大きな問題であろうかと思います。先般和歌山の一日内閣におきましても、この点につきまする質問がございました。特に小学校におきまして、現段階におきまして、これは世界的な傾向でございますけれども、だんだんと女子教員が大多数を占めてまいりまして、男子教員については魅力のある職種と申しますかになっていない、その傾向が非常にあると思います。こ…

自由民主党文部大臣1967/09/04

56参議院 文教委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) 現に三木立ての給与制度がございまして、私はこれが現段階で不適当であるとか、そういう問題について批判がましいことを言うのは私の責任の地位にある限りはできないのでございます。しかし、三木立てを含んだ意味におきまして、基本的に私は教員の給与制度というものは考え直さなければならないものではないかと思っております。

自由民主党文部大臣1967/09/04

56参議院 文教委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) 現に三本立てという給与制度がございまして、私はこれはおもしろくないからやめるということになれば、やはり代案を持たなければその批判はできないと思います。ですから、教育制度の基本について、それらを含めまして、全体として教員については給与体系がいかにあるべきかということを考究したい、こう考えておるのでございます。

自由民主党文部大臣1967/09/04

56参議院 文教委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) 必ずしも、それが原因になっていないと、否定はいたしません。

自由民主党文部大臣1967/09/04

56参議院 文教委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) しばしば、去る国会におきましても、私は教員の勤務の実態調査をいたしましたのは、その調査に基づきまして超過勤務問題を解決するというためにやったのだということを申し上げたわけです。四十三年度の予算編成にあたりましては、この問題を必ず解決するということを国会でもお約束してまいりました。ただ、私が申し上げておりますのは、超過勤務を解決するというのは、超過勤務を支給する形にするか、あるいは勤務の態様において、私は先ほど申…

自由民主党文部大臣1967/09/04

56参議院 文教委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) もちろん、独自の給与体系をつくりますときには、これは人事院総裁もおられますが、人事院とも御相談してきめなければならぬ問題だと思っております。ただ、できないといういま断定をする段階にはないと思いますので、できないということが決定いたしますまでは両者について私は検討を進めておると、現段階においては申し上げるほかはないと思います。

自由民主党文部大臣1967/09/04

56参議院 文教委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) 現行の給与制度を基本的に改正しない限りは、鈴木委員のおっしゃるとおりだと思います。

自由民主党文部大臣1967/09/04

56参議院 文教委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) 現段階で私の立場としましてできるできぬということを論議する段階ではございませんけれども、現給与体系でまいります限りにおいては、私は超過勤務を考えなければならぬと思っております。

自由民主党文部大臣1967/09/04

56参議院 文教委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) 実はまあ全公務員に対して国務大臣として責任があるわけでございますが、特に私は七十万の教育職員のまあ代弁をする機会がほしいと思います。でございますから、いままで六人の閣僚会議でやっておりましたが、特にお願いをいたしまして、閣僚会議の中に入れていただくようにいたしました。これには当然に私は、閣僚会議で何らの処置をしなかったという場合、この責任は十分覚悟の上でなっておるつもりでございます。 ただ、私は総務副長官が言わ…

自由民主党文部大臣1967/09/04

56参議院 文教委員会 閉会後第1号

○国務大臣(剱木亨弘君) 小林委員の指摘するように、私は、いま教育上に一番大きな問題は、全部の教職員と行政を預かっておる私どもとの間に不信感があるということがきわめて残念な問題だと思います。少なくとも私自身は、これはやはり教員自身にもそういうことを要望したいのですが、教育者と、それからその行政を預かる者との間の不信感をできるだけ払拭して、手を握って日本の教育のために尽くすという形に持っていきたい、それでひとつ私のお答えとして御了承願いた…

自由民主党文部大臣1967/08/09

56参議院 決算委員会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 筑波の学園都市への移転計画につきましては大体八月の末日に一応の決定案を提出するという運びにいたしておりまして、その八月末日に一応の決定案を出すべく、ただいませっかく計画を立てつつあるのでございます。現在までの計画におきましてほぼ移転が可能もしくは予定として認められますのは、東京教育大学とそれから東京医科歯科大学の分室と申しますか、分室の建設と、それから図書館短期大学の移転、次に素粒子関係の研究所の設置でございま…

自由民主党文部大臣1967/08/09

56参議院 決算委員会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 御承知のように教育大学は現在の土地が狭隘でございますばかりではなしに、各学部が転在しておりますので、昭和三十七年ごろだったと思いますが、各部の話し合いで、どこか適当なところがあれば移転しようということで、土地を物色しておりました。たまたまこの筑波学園都市の問題が起こりまして、そこにどうかということを文部省は慫慂してまいっておるわけでございます。その後、学内のいろいろな事情でまとまりませんでしたが、いまお話にござ…

自由民主党文部大臣1967/08/09

56参議院 決算委員会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 大学からの条件で人文、社会、自然にわたりました均衡のとれた優秀な大学の設置を希望するということでございます。私どもとしましても、あそこは研究都市のいわば中心的存在になると思いますし、各研究機関の中にありまして、大学がその研究のいわば中心点の作用をいたすことになると思いますので、研究都市の大学として恥しくない総合制の大学にぜひしたい、こう考えておるわけでございます。

自由民主党文部大臣1967/08/09

56参議院 決算委員会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 建設の当初から、すべての学部を完全に建設するということは、これはいろいろ計画上の問題がございます。それからまた医学部につきましては、実は一応研究都市でやはり医学部の必要があると存じまして、ただいまのところ先ほど申し上げましたが医科歯科大学の分室を一応あそこにつくろうと、こう考えておるわけでございますが、今後、総合大学としていかなる学部をつくっていくかということにつきましては、具体的には大学当局とも十分相談をして…

自由民主党文部大臣1967/08/09

56参議院 決算委員会 第3号

○国務大臣(剱木亨弘君) 研究都市への移転計画につきましては、各省全般の問題でございますので、この三十日現在で一応各省の計画を持ち寄りまして、その結果において大体の国としましての全体的計画はなされると思います。その際において移転が決定いたしましたものについて、どういう計画で具体的な計画をもって実現するかということがきめられると存じますが、そういう意味におきまして、教育大学の移転につきましても、その計画の線に乗せまして必要な調査費その他に…