八代英太
会議録に記録された「八代英太」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 3,116 件
- 直近の所属会派
- 自由民主党
- 直近の役職
- 郵政大臣
- 直近の発言日
- 1984/08/02
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- デジタル行政30 件
- 社会保障・年金15 件
- 宇宙5 件
- 防衛1 件
- スタートアップ1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 総務委員会39 件・39%
- 予算委員会第二分科会21 件・21%
- 予算委員会14 件・14%
- 国会等の移転に関する特別委員会10 件・10%
- 内閣委員会8 件・8%
- 厚生労働委員会4 件・4%
※ 全 3,116 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第101回 参議院 内閣委員会 第20号
○前島英三郎君 そういう中でいろいろ細分化された議論がなされるでありましょうし、まだ、それが二十一世紀へ向けての新しい一つの教育体系として答申もされてくるだろうと思うんですけれども、今までいろいろ見直さなければならない教育の問題は幾つかあると思いますけれども、学校教育の再検討、家庭の営みの問題、あるいは学歴社会の是正、こういうことを挙げてみましても、じゃ一体六・三・三・四制を変えたところでどうなるのだろうかとか、あるいは今のようなやっぱ…
第101回 参議院 内閣委員会 第20号
○前島英三郎君 つまり、およそ八千人の児童生徒が訪問教育の対象になっておるということですね。同じ時点での養護学校在学者というのが、小中学部では約五万八千四百六十六人、これは養護学校校長会の昭和五十八年五月一日現在の調査の結果なんですけれども、その比率というのは、つまり訪問教育を受けている子供の比率は一三・七%、かなりの比重を占めているわけなんです、八千人という数は。 訪問教育について考えますときに二つの面があると思います。今、局長も言い…
第101回 参議院 内閣委員会 第20号
○前島英三郎君 確かにそうなんですね。それで、訪問教育につきまして文部省は昭和五十三年に「訪問教育の概要(試案)」というのを出しておりまして、これは各都道府県ともこの試案に沿って実施しているようでもございます。この試案によりますと、訪問教育は「養護学校等の施設を整備するまでの経過措置ではない。」と、こう述べているわけなんです。経過措置であるということになりますと、先ほど申し上げましたように、学籍を与えたものの不十分な教育しかやっていない…
第101回 参議院 内閣委員会 第20号
○前島英三郎君 それにしても、それはいつまでも試案であってはならないと思いますから、そろそろ結論を出すべきだというふうに思いますけれども、その訪問教育を担当する教員につきまして、五十二年度以前訪問指導という形でやっていた時期は非常勤の先生方に受け持っていただいたようですけれども、先ほどもちょっと局長が答弁されましたが、それからは、義務化後は在籍する養護学校等に所属する教員ということに切りかわったわけなんですけれども、この試案では訪問教育…
第101回 参議院 内閣委員会 第20号
○前島英三郎君 ちょっとよくわかりませんけれども、これは後でまたゆっくり伺うとしまして、訪問教育というものは、初めに申し上げましたように、積極的な面と、また不十分な教育に終わってしまうという危険な面と、常に二面性があることは否定できないと考えておりますけれども、一つには子供たちの教育には子供たちの一つの集団が必要だと私は常々思っているわけであります。同時に、教師にとっても教師集団が当然必要だというふうにも思います。訪問教育の場合はその集…
第101回 参議院 内閣委員会 第20号
○前島英三郎君 訪問教育の実践例としまして福島県の須賀川養護学校の事例をある本で読んだことがあるんですけれども、家庭ではなく施設での訪問教育なんですが、大変すばらしい報告だったと思います。中で私が特に印象に残りましたのは、介助について担当の先生が述べておられた点なんですけれども、そこは施設ですから病院も兼ねているわけなんですが、看護婦さんとか保母さんの日常的な介助が子供たちのために行われているわけです。これも一つの教育だと言うんです。何…
第101回 参議院 内閣委員会 第20号
○前島英三郎君 ここに「交流教育の実際Ⅲ ふれあいをもとめて」、これは昭和五十九年、文部省ですか、ことしですか、こういうのがあるんですけれども、これを見ますと、「心身障害児との交流活動を実践してきた小学校、中学校からは、「今まで見落としがちだった他人のよさに気がつくようになった。」とか、「保護者から、相手の立場を考えることのできる人間に育てるために、交流を継 続して行ってほしいという声が聞かれるようになった。」、また、「交流の実践を積み…
第101回 参議院 内閣委員会 第20号
○前島英三郎君 交流教育に関しまして、私はひところは実は大変疑問を抱いていたんです。これは統合教育に向けて移行すべきだというその論調に対して、それを何とかかわすというか、何とかお茶を濁すというか、そんなことのねらいを持って文部省が始めたのじゃなかろうか、こう最初は思っておった。多分一緒に行事をやるぐらいで、後はほとんど交流のないまま、それでも交流をしましたというようなことの一つの実績づくりの程度だろうと思っていましたけれども、今はその疑…
第101回 参議院 内閣委員会 第20号
○前島英三郎君 いろいろこうして交流教育を議論する中で明らかになってきたように、障害児教育の問題は決して障害児だけの問題ではないということなんです。それで、特殊教育の対象となっている児童生徒の数は全体の一%でありますから、つい百分の一の小さな問題だと考えられがちなんですけれども、私は決してそうじゃないと思うんです。九九%の子供たちは、一%の子供たちが同じ教室にいないということによって何を見失い、何を忘れてしまっているのか。子供たちばかり…
第101回 参議院 内閣委員会 第19号
○前島英三郎君 先日、二十六日の当委員会におきまして、二十三年前の古い本の記述でございますが、それから三年前に文部省が出したメモ、この二つを取り上げまして対比させていただきまして、そこはイントロの部分でございましたから、きょうゆっくりといろいろお話を伺っていきたいと思うんですが、そこに共通する文部省の考え方、つまり障害児が小中学校に来ると小中学校の教育に差し支えるから困るのだという一つの見解なんですけれども、これをお持ちいただきながらや…
第101回 参議院 内閣委員会 第19号
○前島英三郎君 つまり、障害児が一般の小中学校に来ると小中学校の教育に差し支えるから困るのだという障害者差別につながる考え方を若干問題にさせていただいたわけですけれども、高石初等中等教育局長の先日の答弁の速記録を念のため見てみたんですけれども、ちょっと納得できない部分がありますから、もう一回繰り返して質問をしてみたいと思うんです。 まず、昭和三十六年の本につきまして、私、先日も申し上げましたように、本の全体的な印象としましては、何とかし…
第101回 参議院 内閣委員会 第19号
○前島英三郎君 わかったようなわからぬような部分なんですけれども。 そこで、三年前のこのメモを順番にちょっと解説をしていただきたいとも思うんですけれども、その二十三年前のこの前御説明した本よりも、この三年前、この三年前というのはいわば国際障害者年の年で、完全参加と平等、障害を持っている人たちが積極的に社会の一員として参加していこうという、国連の決議に基づいた世界的な一つのきっかけの年であったわけですけれども、これはタイトルは、「障害の重…
第101回 参議院 内閣委員会 第19号
○前島英三郎君 それは箇条書きでも中身によって、箇条書きだからといって許されるものだというように私は思わないんです。ここにはいろいろな今までの経過の中での問題点というものが奥深いところにどろどろ漂っているだけに一つ一つクリアにしていかなければいけないというふうに思うんです。 私は、養護学校を否定しているわけじゃありませんで、本当に障害の重い子供にとって医療と教育ということは大切だと思っております。しかし、かねてから文部大臣が言っているよ…
第101回 参議院 内閣委員会 第19号
○前島英三郎君 ですから、そうした人間的な手助けをするとか行為というものは、物理的な部分でさらっと解決していくのじゃなくて、もっとやっぱりコミュニケーションとして育てるということになりますと、助けられる助けるということのお互いのそうした触れ合いがこれからの人間教育の中には大変重要になってくると私は思うんです。その中で、二の(二)の、その中の「(善意の手助けのみを当てにできない。)」というとらえ方、これの説明というのが私よくわからないんで…
第101回 参議院 内閣委員会 第19号
○前島英三郎君 大臣、もしお言葉がありますれば伺いたいと思うんですけれども、大臣は障害児についての教育をどのような感覚でお持ちになっておられるのか。
第101回 参議院 内閣委員会 第19号
○前島英三郎君 いずれにしましても、こうした内部資料にしましても、それでなくても統合教育推進諭と、それから分離教育推進諭、養護学校義務化に伴う問題点というのは、今日いろいろ語られている。語られている中で、一つのまた教育制度のこうした臨教審のようなものが出てくるわけですから、教育というのはその時代によって変えていかなきゃなりませんし、また一つの制度の中にがんじがらめに子供を縛りつけてはならない、こういうようなことを感ずるわけです。そういう…
第101回 参議院 内閣委員会 第19号
○前島英三郎君 余り信憑性がないんです、じゃないかなんというような感覚で。一つの統合教育、アメリカの場合、イギリスの場合と、こう判断されるのもちょっと困るんですけれども。 現状における特殊教育、小学校に在籍している児童生徒のパーセンテージというのを出してきても、これは比較するというのはまるで意味がないと私は思っているんです。日本は盲、聾、養護学校在学者は全学齢児童生徒の〇・四%なんですけれども、イギリスは約二%でと、こう書いているんです…
第101回 参議院 内閣委員会 第19号
○前島英三郎君 ですから、一遍に階段を五段も十段も上ることは難しいと思うんです、やはり部分的な形の中での統合。正式には西ドイツはドイツ連邦共和国というんですけれども、「西ドイツの障害児教育」という本も出ているんですが、その第一章第一節の「障害児教育の新しい構想」の文言の中では、「だからこの書は、従来有力であった障害児の学校的分離に反して、障害児と非障害児の学校的統合を主張している。」、こういう解釈をしているんです。障害児教育特別委員会と…
第101回 参議院 内閣委員会 第19号
○前島英三郎君 先ほど申し上げました、いわゆる統合教育を実施すると「多額の財政負担を強いられる。」という項目がありましたけれども、あれも私は間違いだと思います。例えば、西ドイツの例のような形で統合教育に向けて改革を進めようとするならば、五年とか十年とか中長期的な展望を立てて推進することになるわけでありますから、臨教審ができたとしても、入試の改善等はもっとテンポが速いかもしれませんが、教育制度の改革というものは大体において着手から完了まで…
第101回 参議院 内閣委員会 第19号
○前島英三郎君 障害者ということは、障害者という言葉にかわる言葉がないので障害者なんでありまして、実は障害者という言葉もよく突き詰めていきますといい言葉じゃないんです。でも、ほかにかわる言葉がない。しかし、それも非常にポピュラーになってくると何か愛着を覚えるわけです。しかし、障害児の教育でありながら、しかもそれを特殊教育というさらにとらえ方をしていきますと、何かやっぱり障害があるという上に、特殊な形の教育の中でその障害児は存在するのだと…