佐藤三郎
会議録に記録された「佐藤三郎」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 437 件
- 直近の所属会派
- —
- 直近の役職
- 会計検査院長
- 直近の発言日
- 1965/03/09
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 住宅・不動産1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 決算委員会94 件・94%
- 予算委員会6 件・6%
※ 全 437 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第48回 参議院 決算委員会首都高速道路公団に関する小委員会 第2号
○説明員(佐藤三郎君) ことしの一月ごろと記憶しております。
第48回 参議院 決算委員会首都高速道路公団に関する小委員会 第2号
○説明員(佐藤三郎君) いままでの例、ちょっと私記憶ないのですが、こういう場合には事態の説明をまず決算委員会に申し上げるときに、こういう事態があるということを最初に前もって申し上げるのが筋かと考えます。
第48回 参議院 決算委員会首都高速道路公団に関する小委員会 第2号
○説明員(佐藤三郎君) はい。
第48回 衆議院 大蔵委員会 第14号
○佐藤(三)政府委員 行政管理庁という役所は、御承知のとおり政府部内の行政連隊改善ということを目的といたしまして、監察をいたしておる立場にございますので、われわれ会計関係の担当者は、もちろん他省を監察するという立場にございますので、もっぱら公正、能率的にやるように心がけておりますし、また出先にもそのように申しておるわけでございます。いま申されたような事例は私初めて伺いますので、もしそういうことがあるとすれば十分調査して措置したい、こうい…
第48回 衆議院 大蔵委員会 第14号
○佐藤(三)政府委員 いま先生御指摘のとおりでございまして、会計のほうの関係、それから業務のほうもそうでございますが、出先にはブロックごとに管区の局員が契約のほうの担当官、それから物品管理官にもなっておりますし、また業務のほうの指導もしております。そういった関係で、そのほうの指導監督が十分でなかったという点があろうかと存じますが、そういう点は管区の局長会議もございますし、あるいは会計関係の総務課長会議もございますので、その際十分に中央か…
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) 佐藤三郎であります。カラカンダ九十九地区においては、今年の九月一日現在に一万三百六十一名、うち第一梯団二千五百名、第二梯団千七百七十六名、第三梯団千六百名、第四梯団千九百名、計七千七百七十六名、残留人員二千五百八十五名であります。二千五百八十六名は、元支那において兵団長隅田雷四郎三十九師団に及びます戰犯の刑を受け、残る人員は全部今年の六月から同收容所において約五十日間軍法会議が開かれまして処罰を受けたのであります。…
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) 東満総省省長五十子健吉です。五十の子と書きます。それから元満州国海城県の副県長をやつてやられました大沼幹三郎であります。それから名前ははつきり分りませんが、井上、私が会いましたが、この方は海城の警察署長をやつておられました。それから高井、この方も海城県の協和会の事務局長をやつておりました。それから加藤という方です、この方も海城県の商工公会の事務局長をやつておりました。それから名前ははつきり分りませんが、終戰当時ハル…
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) いいえ。これは今年の六月から約五十日間において、当收容所並びに九十九地区收容所全体に五十日間のうちに始まりましたのです。これは個人調査でありまして、私が見る目では一方的裁判と、そういうふうに思われますが、これを日本人が非常にいがみ合つたような生活を送りまして、大体日本人の委員をやつておられる某、その男が、この兵隊は大体支那において相当乱雑なことをやつた。そういうことを言いまして、これを何とか軍事裁判にかけてやろうと…
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) 来る途中にチタン附近において鉄道の枕木の運搬をやつておる仕事を見て来ました。人員の数は大体二十四、五名と思います。それからチタンに来るまでにアクモレンスクという所がありますが、その附近でもトロツコの作業をやつておりました。その外ナホトカまで来る間には、ナホトカの附近で、約五十キロばかり手前でやはりそういつたような雑役をやつておる兵隊がありましたが、それだけであります。
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) 作業状況としましては、私がおりました第八收容所は炭鉱が、第八收容所だけで五つの炭鉱を持つておりました。大体人員が千三百六十一名おりましたのですが、そのうちの大体三分の二は五ヶ所の炭鉱作業に行つておりました。その余りの人間は建築隊並びに鉄道作業隊或いは大工仕事とか、或いは左官の方とか、或いは若干の者は営内の壊れた修理の方をやつておりました。
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) 衛生部でございます。
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) いいえ、そうではありません。大体中国の中支の東陽という所がありますが、三十九師団が滿洲へ移動したわけです。その移動は九十日に亘つて夜間行軍を続けて、新京の手前の公主嶺という所がありますが、あそこに着いて三日目に終戰になつたのであります。
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) そうです。
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) それは昭和二十年の十月二十六日から大体一年半というものは作業へ行つて、作業の成績が悪かつた場合は一週間に二回乃至三回は八時間の労働をして帰つて来ても、又行つて仕事をして来いと言われて、四時間乃至五時間仕事をやつたことがたびたびありました。
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) それは日本新聞によつて私は一度眼を通しております。
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) 二千五百八十五名、私は丁度千七百七十五名の第三梯団に入りまして、第四梯団か第三梯団でナホトカに着いたあとでございました。
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) そうです。それは全くその通りです。
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) 正式の軍法会議でした。
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) 裁判官が九名来ました。
第7回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第5号
○証人(佐藤三郎君) それは大体カラガンダは主として三十九師団が来ましたが、その間一年乃至二年は転属又はよそから入つて来る、そういう関係で、今残つている二千何ぼという者は……。うのは……。