久保田豊
会議録に記録された「久保田豊」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 1,866 件
- 直近の所属会派
- 日本社会党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1959/12/11
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 社会保障・年金4 件
- 労働・賃金1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 商工委員会100 件・100%
※ 全 1,866 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) 送電工事は、私は、監督の契約をいたしております。工事については、この国に私は申し入れをいたしまして、私が仕様書を書きまして、それをこの国がもう一ぺんレビューいたしまして、それに基づきまして入札をいたしております。私もそういうふうに進めております。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) 電力部と申しますか、私どもは工場を二つ持っておりますし、それから電気関係の仕事をいたしております。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) そんな大きなものは作っておりません。修繕をいたしております。残念ながら、戦争前はそれくらいの力もあったかもしれませんけれども、戦争に負けて以来、残念ながらございません。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) その前の関係は、御承知のように、経過の説明で申し上げましたように、私は戦前関心を持って参っております。それから、戦争中も調査員などを出して、存じております。その今申しました二月の前後においては、ベトナムの人に接触したことがございます。それはその人の仲介で、こういう人が通商の協定か何かで来ているが会ってみないかということがございまして、お会いしたことがございます。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) そうです。そうでありまして、その当時、私が三十年の二月に参りましたとき、私は面会いたしております、その人に。その人は、いろいろな事業があるから、技術協力でやるのは非常におもしろいから、わが国に来たらいいだろうという、その人の勧めも承っております。そうして会いました。ちょっと申し上げますが、その方は長官ではございません。顧問か嘱託かでございまして、その後はもう今日、その後直ちに五、六カ月後に参りましたときは、その人…
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) そのとき、九月二日というのは私存じません。よくご存じだと思いますが、私、存じません。多分そうでございましたろう。そのとき、会いましたときは、技術協力について私を紹介した人たちが二、三人御列席でございました。それで、ベトナムにおいて知己がありますので、いろいろなベトナムの事業等について技術協力が、日本は貧乏だから金の方はむずかしいが、技術協力はできますという話を私はいたしました。当時、ダニム関係のことは、私は戦争中…
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) その通りでございます。この人はインドその他において私と、いろいろな手伝いをいたしてくれる人で、商売関係ではございません。そうして、この人はフランス語にたんのうでございますので、私は無理に一つフランス語の通訳として一緒に行ってくれということを頼んで、同行いたしております。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) それもございます。ということは、当時仲介をいたした人がそのころベトナムに行っておるから、あんたもいい機会だから来ないか、こういうお話がございましたので、これも一つのあれでございます。そのほか、私、先ほどから申し上げておる通り、非常に関心を持って、いつかは行こうということでありました。と同時に、またベトナムに寄って、知り合いであった人などがぜひいらっしゃいということでありましたので、いい機会だと思いまして、ちょうど…
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) お答えします。そうでございます。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) 回数は存じませんが、お調べが済んでおりますならば、その通りでございます。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) 三十年二月の話でございますか。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) 三十年二月には、私は案内人がおりませんので非常に困りまして、日本の大使館にたよっていきました。そしてトラン・バン・チェットという人は知らぬかと言ったら、あまり皆さんお知りでない。調べて下さい、こういう方でございますから連絡をとって下さいということでお願いをいたしまして、大使館で会ったかどうか存じませんが、私、役所であったことはたしか覚えております。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) 先ほども申し上げましたが、トラン・ベン・チェット氏の紹介で、計画委員会と申しますか、——どういう字を使うか知りませんが、計画庁の関係の方に、同じ役所のことで何人かお会いしました。しかし、これはただお会いしたけれども、私の目的を達するような方たちではございませんでした。従って、だんだん大使館の情報等を得ますと、関係大臣に会ったらよかろうというので、一番最初に申し上げました公共事業大臣、トラン・バン・メオ氏に面会を求…
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) そうではございません。そのときに参りましたのは、小長谷大使とは参っておりません。小長谷大使と同行いたしましたのは、先ほども申し上げました通り、大統領に面会いたしました二回だけでございます。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) 当時は松下光広はおりません。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) 当時は行っておりません。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) これは戦争前でございます。私、ベトナムで——当時の仏印でいろいろの調査をいたしておりました関係上、また、私だれかからの紹介で戦争前から会って知っております。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) そうでございます。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) サイゴンで会いました。
第33回 参議院 外務委員会 第16号
○参考人(久保田豊君) 会っておりません。